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2017/11/10

和漢三才圖會第四十一 水禽類 鴈(かり・がん)〔ガン〕


Gan

かり    𪂢並同

がん    大者曰鴻

【音岸】

      蒼者曰野鵞

      梵書曰僧婆

ヱン    【和名加利】

 

本綱鴈有四德寒則自北而南熱則自南而北其信也飛

則有序而前鳴後和其禮也失偶不再配其節也夜則羣

宿而一奴巡警晝則蘆以避繒繳其智也而捕者豢之

爲媒以誘其類是則一愚矣南來時瘠瘦不可食北嚮時

乃肥故宜取之

△按禽經云𩾝【和大留加利】〕以水言自北而南𩿪【加閉留加利】以山

 言自南北古者稱爲陽鳥實陰鳥也【漢蘇武鴈足繫帛書以通信矣因有

 鴈書鴈使之稱】 古今秋風に初かりがねそ聞ゆなる誰か玉章をかけてきぬらむ友則

 所謂鴈金者鴈之鳴也萬葉集多用此三字然又詠鴈

 鳴者今者來鳴沼則似自爲鴈之名遂用鴈金二字失

 本意矣今俗別四種

――――――――――――――――――――――

眞鴈 蒼黑而胸腹有白黑斑其觜白脚黃其肉脂多美

白腹 卽真鴈未長而腹白無斑故名【或曰腹白】其肉軟極美

鴈金 大如白腹鴈而全體蒼黑額白眼邊黃嘴赤而細

 其脚黃也稀捕之其肉稍劣

白鴈 全體白而翅翮黑觜與脚赤色其肉脂少

 凡中秋白鴈先來而鴈金次之真鴈又次之遲仲春真

 鴈先歸而三四月白鴈歸【真鴈遲來速歸】俱雌雄相竝爲行列

 如失偶則唯一羽來徃爾凡夜止宿中毎更換居謂之

 打更

 

 

かり    「」、「𪂢」、並びに同じ。

がん    大なる者を「鴻(ひしくひ)」と曰ふ。

【音、「岸」。】

      蒼き者を「野鵞(やが)」と曰ふ。

      梵書に「僧婆(さうさ)」と曰ふ。

ヱン    【和名、「加利」。】

 

「本綱」、鴈に、四の德、有り。寒なるときは、則ち、北よりして南す。熱きときは、則ち、南よりして北するは、其れ、「信」なり。飛ぶときは、則ち、序(しだい)有りて、前に鳴けば、後に和す。其れ、「禮」なり。偶〔(つれあひ)〕を失へば、再び配さず。其れ、「節」なり。夜は、則ち、羣(むら)がり宿(とま)りて、一つの奴〔(やつ)〕、巡-警(ばんをす)る。晝は、則ち、蘆(あし)を(くは)へて、以つて、繒繳〔(さうじやく)〕を避く。其れ、「智」なり。而〔れども〕、捕(とら)へるは〔→へる者は〕、之れを豢〔(やしな)ひ〕、媒(をとり)と爲す。以つて其の類を誘(さそ)ふ。是れ、則ち、一つの愚なり。南へ來たる時、瘠-瘦(やせ)て食ふべからず、北へ嚮(むか)ふ時は、乃〔(すなは)ち〕、肥〔(こ)ゆ〕る。故に宜しく之れを取るべし。

△按ずるに、「禽經」に云はく、『「𩾝〔(かん)〕」【「和大留加利(わたるかり)」。】〕は、水を以つて言ひ、北よりして南す。「𩿪〔(せき)〕」【「加閉留加利(かへるかり)」。】は、山を以つて言ひ、南よりして北す。古〔(いにしへ)〕は稱して陽鳥と爲〔るも〕、實は陰鳥なり【漢の蘇武、鴈の足に帛書を繫(つな)ぎて、以つて信(たより)を通ず。因りて「鴈書」「鴈使」の稱、有り。】。』〔と〕。

 「古今」

   秋風に

     初かりがねぞ

    聞ゆなる

      誰〔(た)〕が玉章〔(たまづさ)〕を

         かけてきぬらむ

               友則

所謂、「鴈金〔(かりがね)〕」とは「鴈之鳴〔(かりが〕ね)」なり。「萬葉集」に多く、此の三字を用ふ。然れども、又、『鴈鳴者今者來鳴沼(かりがねはいまはきなきぬ)』と詠ずるときは、則ち、自〔(おのづか)〕ら、鴈の名と爲(す)るに似たり。遂に「鴈金」の二字を用ひて、本意を失ふ。今、俗、四種を別〔(わか)〕つ。

――――――――――――――――――――――

眞鴈(まがん) 蒼黑にして、胸・腹に白黑の斑(まだら)有り。其の觜、白く、脚、黃。其の肉、脂〔(あぶら)〕多く、美なり。

白腹(しろはら) 卽ち、真鴈の未だ長ぜずして、腹、白く、斑、無し。故に名づく【或いは「腹白」と曰ふ。】。其の肉、軟かにして極めて美なり。

鴈金(かりがね) 大いさ、「白腹鴈」のごとくにして、全體、蒼黑。額、白く、眼の邊り、黃。嘴、赤くして細く、其の脚、黃なり。稀れに之れを捕ふる。其の肉、稍〔(やや)〕劣れり。

白鴈(はくがん) 全體、白くして、翅翮〔(うかく)〕、黑く、觜と脚と、赤色。其の肉、脂、少くなし。

凡そ、中秋、「白鴈」、先づ來つて、「鴈金」、之れに次ぐ。「真鴈」、又、之れに次ぎて遲し。仲春、「真鴈」、先づ歸りて、三、四月に、「白鴈」、歸る【「真鴈」は、遲く來りて、速く歸る。】俱に、雌雄、相ひ竝びて行列を爲す。如〔(も)〕し、偶〔(つれあひ)〕を失へば、則ち、唯だ一羽、來徃するのみ。凡そ、夜、止-宿(とま)るの中〔(うち)〕、更〔(かう)〕毎〔(ごと)〕に居を換(かゆ)る。之れを「打更(だかう)」と謂ふ。

 

[やぶちゃん注:広義のガン(「鴈」「雁」)は鳥綱 Aves Carinatae 亜綱Neornithes 下綱Neognathae 小綱カモ目 Anseriformesカモ科 Anatidaeガン亜科 Anserinae の水鳥の中で、カモ(カモ目 Anseriformesカモ亜目 Anseresカモ科 Anatidae の仲間、或いはマガモ属 Anas)より大きく、ハクチョウ(カモ科Anserinae亜科Cygnus属の六種及びCoscoroba 属の一種の全七種)より小さい種群を総称する

 

「鴻(ひしくひ)」カモ科マガン属ヒシクイ Anser fabalis

「野鵞(やが)」「野生の鵞鳥(がちょう)」の意。言わずもがなであるが、そもそもがガチョウは野生の雁を飼いならして家禽化したものである。

「梵書」この場合は、広義の漢訳したインドの仏典の意。

「僧婆(さうさ)」単なるサンスクリット語の「雁」の漢訳かと思ったが、個人サイト「三蔵法師~苦難の西域への旅」の『四十二、「僧婆(ハンサ)に纏わる話」』には「ハンサ」という僧集団(或いは地名? 寺?)に纏わる雁絡みの説話が載る。是非、参照されたい。

「信」儒教に於けるそれは「言明を違(たが)えぬこと・真実を告げること・約束を守ること・誠実であること」を意味するから、寒き時節には北から南し、暑き時節には南から北へ渡るのは天然自然の理(約束)に適(かな)い、それを誠実に実行して止まず、その季節の推移を人に告げて過(あやま)たぬことを象徴すると言えよう。

「序(しだい)」長幼・順列の序(秩序)。

「禮」前を飛んで行き先を正しく先導する者たちが後続の仲間が正しく続いているかどうかを確認するために鳴くと、過たず後の者たちが一人残らずそれに答えて和して鳴くのは、人を思いやることを核心とする儒教の中心思想である「仁」の体現化であるところの「礼」(原義は伝統的に必ず例外なしに守らねばならない信仰上の習慣や制度の意。後に長幼・上下の関係に於いて守るべき人倫の一つに平易に具体化された)の象徴と言える。

「偶〔(つれあひ)〕」読みは私の当て訓。配偶者。

「再び配さず」二度と配偶者を持とうとはせず、独り、「やもめ」として生きる。

「節」自分の信念を守り続ける節操。操(みさお)。

「一つの奴〔(やつ)〕」この「奴」は二人称代名詞で、目下或いは同等以下の者を気軽に親しんで言う「あいつ」の感じ。

「巡-警(ばんをす)る」夜警の不寝番をする。

「繒繳〔(さうじやく)〕」「矰繳」とも書き、これらで「いぐるみ」とも当て訓する。「いぐるみ」とは「射(い)包(くる)み」の意で、矢に糸をつけて鳥を射る猟具の名称。主に現に翼を広げて羽ばたいて飛んでいる鳥を捕らえるための仕掛けで、矢に網や長い糸が付随しており、矢が鳥に当たると、それが鳥に絡みついて飛翔を妨げるようにしたものである。ここで不寝番の雁が「蘆(あし)を(くは)へて」いるのは、放たれた「いぐるみ」の矢を、嘴で銜えた硬く太い蘆=葦(よし:単子葉植物綱イネ目イネ科ダンチク亜科ヨシ属ヨシ Phragmites australis:同種の真っ直ぐに伸びる茎は木化して、それなりに硬度を持つことから、古来、軽くて丈夫な棒材として葦簀(よしず)や藁葺材、葦笛等に活用される)で、跳ね飛ばすためである。確かにそれは巧妙にして正統な「智」と言える。

「捕(とら)へるは〔へる者は〕」以下の文脈に自然に繋げるために、訓読の私の補正案を示した

「豢〔(やしな)ひ〕」「豢」は「養」に同じい。

「媒(をとり)」囮(おとり)。

「是れ、則ち、一つの愚なり」私はこの手の、本質総論を掲げておいて、最後に特異点の個別例外を挙げて引き倒す論理が、一番嫌いである。それをしたり顔に言うなら、人間の無節操何でもありの確信犯の裏切りなど、雁の爪の垢を煎じて飲ませても永遠に治るまいよ。

「禽經」既注であるが、再掲する。春秋時代の師曠(しこ)の撰になるとされる鳥獣事典であるが、偽書と推定されている。全七巻。

𩾝〔(かん)〕」後の割注によって種ではなく、「和大留加利(わたるかり)」=「(南へ)渡って来る雁」である。

因みに、鵲(カンジャク)だと、古くはスズメ目カラス科カササギ属カササギ Pica pica を指した(現代中国語でカササギは「喜鵲」)。

「水を以つて言ひ」「山を以つて言ひ」孰れも私には不詳。東洋文庫訳は『水によって言い』『山によって言い』とあるだけで全く以って訳になっていない。「水や山に人間には判らない言語(鳴き声)で話しかけて正確な南北の方位を知り」の謂いか? 識者の御教授を乞う。

𩿪〔(せき)〕」同じく後の割注によって種ではなく「加閉留加利(かへるかり)」=「(北へ)帰って行く雁」である。音は「シャク」もある。調べてみると、この漢字は本来は「小さな雀」を意味する。

「漢の蘇武、鴈の足に帛書を繫(つな)ぎて、以つて信(たより)を通ず。因りて「鴈書」「鴈使」の稱、有り」「十八史略」などで知られる、前漢の忠臣で、匈奴へ使者として行き、囚われの身となってしまった蘇武(紀元前一四〇年?~紀元前六〇年)に関する故事に基づく謂い。「雁書」(がんしょ=雁信(がんしん))及び「雁使」(がんし・かりのつかひ=かりの玉章(たまづさ))は孰れも以下の故事に基づく「手紙」を指す異名。蘇武は匈奴に恭順せず、岩窟に食物も与えられずにうち捨てられたが、雪を齧り、漢の符節(使節であることの印章)の飾りに附いていた毛を食べて生き長らえたという。やがて、蘇武は北海(現在のバイカル湖)の畔りに移され、「牡の羊が乳を出したら帰してやる」と言われた。彼はそこでも、野鼠の穴を掘り、草の実を食っては命を繫いだ。一方、その後の漢の匈奴派兵で窮地に陥り、部下の命と引き換えに投降して匈奴に帰順していた元漢の将軍であった李陵はこの蘇武に逢いに行き、「人生は、朝霧のようにはかなく消える。そんなに自分を苦しめてどうなさるおつもりか」と説得したが、蘇武は拒む。その後、漢の武帝が亡くなって昭帝が即位、匈奴と和親して使節を派遣した。その使者に対して匈奴は、蘇武は既に死んだ旨を告げたが、その時、漢の使者は、つい先ごろ、皇帝が皇城の上林苑で狩を催した際、一羽の雁を射落としたが、その雁の足には書簡が結ばれてあり、それはまさにかの蘇武からのものであったことを述べ(実際には蘇武と一緒の使節の一員で同じく抑留されていた常恵が生存を伝えた)てその虚偽を指弾、ここに漸く、蘇武の帰還が実現した。彼の抑留生活は実に十九年に及び、帰国してみると(紀元前八六年)、母は亡くなっており、愛する妻も既に他家に嫁いでいたという(以上はウィキの「蘇武」その他を参考にした)。

「秋風に初かりがねぞ聞ゆなる誰〔(た)〕が玉章〔(たまづさ)〕をかけてきぬらむ」「古今和歌集」「巻第四 秋歌上」にある紀友則の一首(二〇七番歌)、

 

  是貞親王(これさだのみこ)の歌合の歌

秋風に初雁(はつかり)が音(ね)ぞ聞(きこ)ゆなる誰(た)が玉章(たまづさ)を掛けけて來ぬらむ

 

前書の「是貞親王(これさだのみこ)の歌合」は現在、寛平(かんぴょう)五(八九三)年九月以前に行われた歌合せと時期下限が確認されてある。

 

「鴈之鳴〔(かりが〕ね)」なり。「萬葉集」に多く、此の三字を用ふ」「此の三字」とは読みを振ってあるので、記号でごちゃごちゃしているが、「鴈之鳴」の三字文字列を指す。この文字列に限ってならば、検索システムでは六件がヒットする。ある記載では、「万葉集」には雁を詠んだ歌は六十数首あるとある。

「鴈鳴者今者來鳴沼(かりがねはいまはきなきぬ)」「万葉集」の「巻第十」の「秋の雜歌(ざふか)」の「黃葉(もみち)を詠める四十一首」の中の詠者不詳の一首(二一八三番歌)、

 

(原文)

鴈鳴者 今者來鳴沼 吾待之 黃葉早繼 待者辛苦母

(訓読)

雁がねは 今は來(き)鳴きぬ 吾が待ちし 黃葉(もみち)早(はや)繼げ 待てば苦しも

 

下の句の「待者」は多く「待たば」と未然形接続の接続助詞「ば」の仮定条件で訓読するケースが多いが、私は中西進氏の説である恒時条件(已然形接続:「雁は来た、来た時は、何時も必ず、例外なく、即座に紅葉を見せてお呉れよ! 紅葉を待つのはとても苦しいから!」)で詠んでこその感懐であると信ずる。

「眞鴈(まがん)」本邦で見かけるのはカモ科マガン属マガン Anser albifrons frontalis。カナダ・アラスカ州・シベリア東部で繁殖し、冬季になると、アメリカ合衆国・大韓民国・中国・日本(主に石川県・新潟県・宮城県)・メキシコなどへ南下して越冬する。全長は六十五~八十六センチメートルで、翼開長は百三十五から百六十五センチメートルに達し、上面の羽衣は羽毛の外縁(羽縁)が淡い暗褐色を呈し、後部に向かうにつれて、黒みが強くなっている。腹部には不明瞭な黒い横縞が入り、尾羽の基部を被う羽毛(上尾筒・下尾筒と称する)は白い。額から嘴にかけて、白い斑紋が入っている。嘴はピンクや橙色で、後肢は橙色。なお、幼鳥は額の白い斑紋や黒い横縞は入っていない。参照したウィキの「マガンによれば、『種小名albifronsは「額が白い、前頭が白い」の意で』ある、とある。

「白腹(しろはら)」良安の解説で腑に落ちる。但し、現行和名にはカモ科コクガン(黒雁)属シロハラネズミガン(白腹鼠雁)Branta bernicla hrota という腹が白い種がいることは言い添えておく。

「鴈金(かりがね)」マガン属カリガネ Anser erythropus。ユーラシア中北部や北欧に広汎に棲息する。ウィキの「カリガネ」によれば、『夏季にロシア北部やスカンジナビア半島で繁殖し、冬季にインド、中華人民共和国(黄河、長江)、日本、ヨーロッパ東部、カスピ海や黒海沿岸域などへ南下し越冬する』とあり、『日本には冬季に越冬のため主に伊豆沼』(宮城県登米(とめ)市及び栗原市に跨る沼。(グーグル・マップ・データ))『に少数飛来する(冬鳥)』とある。全長五十三~六十六センチメートル、翼開長は百二十~百三十五センチメートルで、体重は二キログラム。『全身の羽衣は暗褐色』であるが、『額から頭頂にかけての羽衣は白い』。『腹部に不規則な黒い横縞が入』り、『尾羽基部を被う』上尾筒・下尾筒の羽毛は白い』。『翼が長く、静止時には翼の先端が尾羽よりも後方に突出する』。『眼瞼は黄色』、『嘴は小型で短く』、色はピンク色を呈する。後肢は橙色。但し、『幼鳥は額の白色部や、腹面の横縞がない』とある。私は幸いにも冬の伊豆沼で見たことがある。

「白鴈(はくがん)」本邦で稀にみられるのは、マガン属ハクガン Anser caerulescens hyperboreusウィキの「ハクガンによれば、カナダ北部やアラスカ州・ウランゲリ島・シベリア東部で繁殖し、冬季になると、北アメリカ大陸西部へ南下し、越冬する。『日本には越冬のためごくまれに飛来(冬鳥)する』とある。全長六十六~八十四センチメートル、翼開長百三十二~百六十五センチメートルで、『頭部から頸部の羽衣は白い』。但し、『胴体や翼の羽衣が白く初列風切が黒い個体(白色型)』、『胴体や翼の羽衣が淡青灰色や暗青灰色の個体(青色型)』、また、『上面の羽衣が青灰色で下面の羽衣が白い個体(中間型)もいる』とある。

「翅翮〔(うかく)〕」鳥の翼全体のことを指しているようだ。

「中秋」狭義には陰暦八月十五日。広義には文字通り「秋の真ん中」で陰暦の八月全体を指す。狭義のそれは今年(二〇一七年)は十月四日であった。来年は九月二十四日である。

「仲春」陰暦二月。

『夜、止-宿(とま)るの中〔(うち)〕、更〔(かう)〕毎〔(ごと)〕に居を換(かゆ)る。之れを「打更(だかう)」と謂ふ』夜、群れで葦間などに身を寄せて宿った際には、更(一夜の夜の時間帯を五等分して初更(午後八時から十時までの二時間)・二更・三更・四更・五更(午前四暗から午前六時)の「五更」に分けた夜限定の時間単位)が変わるごとに、それぞれの居場所を交換する、というのである。そんなことを実際にするかどうかは知らないが、捕食動物からの危険性を平等に分担するという点では「信」「禮」「節」「智」の「四德」を持った鳥としては相応しい行動と言える。なお、本来の「打更」とは、その一更ごとに夜回りが拍子木た銅鑼(どら)を鳴らして、時を知らせたことを指す。]

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