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2017/11/16

江戸川乱歩 孤島の鬼(46) 狂える悪魔

 

   狂える悪魔

 

 それからまた、地獄めぐりの悩ましい旅がはじまった。カニの生肉に餓えをしのぎ、洞窟の天井から滴り落ちるわずかの清水に渇を癒(いや)して、何十時間、私たちは果てしもしらぬ旅をつづけた。そのあいだの苦痛、恐怖いろいろあれど、あまり管々しければすべて省く。

[やぶちゃん注:「管々しけれ」「くだくだしけれ」。]

 地底には夜も昼もなかったけれど、私たちは疲労に耐えられなくなると、岩の床に横たわって眠った。その幾度目かの眠りから眼覚めたとき、徳さんがとんきょうに叫び立てた。

「紐がある。紐がある。お前さんたちが見失ったという麻縄は、これじゃないかね」

 私たちは思いがけぬ吉報に狂喜して、徳さんのそばへ這い寄ってさぐってみると、確かに麻縄だ。それでは、私たちはもう入口まぢかにきているのであろうか。

「違うよ、これは僕たちが使った麻縄ではないよ。蓑浦君、君はどう思う。僕たちのはこんなに太くなかったね」

 道雄が不審そうに言った。いわれてみると、なるほど私たちの使用した麻縄ではなさそうだ。

「すると僕たちのほかにも、誰かしるべの紐を使って、この穴へはいったものがあるのだろうか」

[そうとしか考えられないね。しかも、僕たちのあとからだ。なぜといって、僕たちがはいったときには、あの井戸の入口に、こんな麻縄なんて括りつけてなかったからね」

 私たちのあとを追って、この地底にきたのは、全体何者だろう。敵か味方か。だが、丈五郎夫妻は土蔵にとじこめられている。あとはかたわ者ばかりだ。ああ、もしや先日船出した諸戸屋敷の使用人たちが帰ってきて、古井戸の入口に気づいたのではあるまいか。

「ともかくも、この縄を伝って、行けるところまで行って見ようじゃないか」

 道雄の意見に従って、私たちはその縄をしるべにして、どこまでも歩いて行った。

 やっぱり、何者かが地底へ入りこんでいたのだ。一時間も歩くと、前方がボンヤリと明るくなってきた。曲りくねった壁に反射してくるロウソクの光だ。

 私たちはポケットのナイフを握りしめて、足音の反響を気にしながら、ソロソロと進んで行った。一と曲りするごとにその明るさが増す。

 ついに最後の曲り角に達した。その岩角の向こうがわに、はだかロウソクがゆらいでいる。吉か凶か、私は足がすくんで、もはや前進する力がなかった。

 そのとき、突然、岩の向こうがわから異様な叫び声が聞こえてきた。よく聞くと、単なる叫

び声ではない。歌だ。文句も節もめちゃめちゃの、かつて聞いたこともない兇暴な歌だ。それが、洞窟に反響して、異様なけだものの叫び声とも聞こえたのだ。思いがけぬ場所で、この不思議な歌声を聞いて、私はゾッと身の毛もよだつ思いがした。

「丈五郎だよ」

 先頭に立った道雄が、ソツと岩角を覗いて、びっくりして首を引っこめると、低い声で私たちに報告した。

 土蔵にとじこめておいたはずの丈五郎が、どうしてここへきたか、なぜ妙な歌を歌っているのか、私はさっぱりわけがわからなかった。

 歌の調子はますます雪いよいよ兇暴になって行く。そして、歌の伴奏のようチャリンチヤリンと、冴え返った金属の音が聞こえてくる。

 道雄が又ソッと岩角から覗いていたが、やがて、

「丈五郎は気が違っているのだ。無理もないよ。見たまえ、あの光景を」

 と言いながら、ずんずん岩の向こうがわへ歩いて行く。気ちがいと聞いて、私たちも彼のあとに従った。

 ああ、そのとき私たちの眼の前にひらけた、世にも不思議な光景を、私はいつまでも忘れることができない。

 醜い佝僂おやじが、赤いロウソクの光に半面を照らされて、歌とも叫びともつかぬことをわめきながら、気ちがい踊りを踊っている。その足もとは銀杏(いちょう)の落葉のように、一面の金色だ。

 丈五郎は洞窟の片隅にある幾つかの甕(かめ)の中から、両手につかみ出しては、踊り狂いながら、キラキラとそれを落とす。落とすに従って、金色の雨はチャリンチャリンと微妙な音を立てる。

 丈五郎は私たちの先廻りをして、幸運にも地底の財宝を探り当てたのだ。しるべの縄を失わなかった彼は、私たちのように同じ道をどうどうめぐりすることなく、案外早く目的の場所に達することができたのであろう。だが、それは彼にとって悲しい幸運であった。驚くべき黄金の山が、ついに彼を気ちがいにしてしまったのだから。

 私たちは駈け寄って、彼の肩をたたき、正気づけようとしたが、丈五郎はうつろな眼で私たちを見るばかり、敵意さえも失って、わけのわからぬ歌を歌いつづけている。

「わかった、蓑浦君。僕たちのしるべの麻縄を切ったのは、このおやじだったのだ。やつはそうして僕たちを路に迷わせておいて、自分の別のしるべ縄で、ここまでやってきたのだよ」

 道雄がそこに気づいて叫んだ。

「だが、丈五郎がここへきているとすると、諸戸屋敷に残しておいたかたわたちが心配だね。もしやひどい目に合わされているんじゃないだろうか」

 その実、私は恋人秀ちゃんの安否を気づかっていたのだ。

「もう、この麻縄があるんだから、そとへ出るのはわけはない。ともかく一度様子を見に帰ろう」

 道雄の指図で、気ちがいおやじの見張番には徳さんを残しておいて、私たちはしるべの縄を伝って、走るように出口に向かった。

 

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