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2017/12/21

原民喜 畫集 (全十五篇恣意的カップリング正字化版)

 

[やぶちゃん注:前半の「畫集」六篇はそれぞれ、

「はつ夏」「氣鬱」「祈り」の三篇が昭和二三(一九四八)年五月号『晩夏』(季刊・足利書院)の初出

「夜」「死について」「冬」の三篇が昭和二三(一九四八)年五月号『晩夏』(季刊・足利書院)に初出

であり、

後半九篇の「畫集」の初出は昭和二三(一九四八)年七月号『高原』

である。これらは諸作品集や全集で永く分離されて配され、青土社版全集(一九七八年刊)でも、著者自身の分類により、第Ⅱ巻の「美しき死の岸に」に收録されている。しかし、原民喜自身の遺志とはいえ、私はこれらは、作品としては当然、一緒に読まれるべきものであると考えている。それは先行する一つの星に 原民喜で述べているので参照されたい

 本十五篇は、私の偏愛する詩群で、昭和一九(一九四四)年に糖尿病と肺結核のために死去した亡き妻貞恵の幻影により添った珠玉の透明な、被爆後の詩篇である。なお、「故園」に出る母ムメの死は昭和一一(一九三六)年九月(尿毒症のため)である。

 本篇は既に青土社版全集をもとに私がずっと以前に電子化した原民喜全詩集(やぶちゃん版)に収録(漢字新字)し、また、カテゴリ「原民喜」でも単品で全十五篇を新字で注を附して公開しているが、今回、私の彼の原稿電子化での作業によって認識し得た確信から、漢字を概ね、正字化して示す。再度、青土社全集と校合したことは言うまでもない。

 以下、簡単に注を附す。

 「祈り」の前書はポイント落ちであるが、今回は同ポイントで示した。

 「死について」は自筆原稿復元を私が既に電子化しているので参照されたい。また、原民喜には本詩篇を冒頭に置いた(表記は散文詩形式ではなく、分かち書きに変更されている)別な随想「死についてがある(リンク先は私の電子化したもの)。

 「記憶」の「ギドレニイの繪」とはバロック期のボローニャ派に属したイタリアの画家グイド・レーニ(Guido Reni 一五七五年~一六四二年)の代表作である、ローマはクイリナーレの丘に建つパラヴィチーニ=ロスピリオージ宮殿の天井画L'Aurora(アウローラ:一六一二年~一六一四年)のこと。ウィキの「グイド・レーニ」によれば、『この作品は「アウローラ」(曙)と通称されているが、画面の中心的位置を占めるのは黄金の馬車に乗ったアポロンであり、主題は「アウローラ(曙)に導かれるアポロンの馬車」と解すべきであろう。アポロンの周囲をめぐって輪舞する女性たちはホラ(「時」の擬人像、英語の"hour"の語源)である』とある。ウィキの同画の画像をリンクしておく。

 同じく「記憶」の「忍冬」は「ニンドウ」とも読むが、ここは「すひかづら(すいかずら)」(吸い葛)と訓じたい。マツムシソウ目スイカズラ科スイカズラ属スイカズラ Lonicera japonica。冬場を耐え忍ぶ強い耐寒性に由来する。

 同じく「記憶」の「虔しい」は「つつましい」と訓ずる。

 同じく「記憶」の「頑に」は「かたくなに」と訓ずる。

 「眞晝」の「縺れて」は「もつれて」と読む。「貌」は「かほ(かお)」と訓じたい。

 「露」「パセチツク」パセティック(pathetic)。哀れを誘うさま、或いは、感動的なさま。

 本篇を二十六三女アリスに捧げる――【2017年12月21日 藪野直史】]

 

 

 畫集

 

 

   はつ夏

 

 ゆきずりにみる人の身ぶりのうちから そのひとの昔がみえてくる。垣間みた あやめの花が をさない日の幻となる。胸をふたぐといふのではない、いつのまにかつみかさなつたものが おのれのうちにくるめいてゐる。藤の花の咲く空、とびかふ燕。

 

 

   氣鬱

 

 母よ、あなたの胎内に僕がゐたとき、あなたを駭かせたといふ近隣の火災が、あのときのおどろきが僕にはまだ殘つてゐる。(そんな古いことを語るあなたの記憶のなかに溶込まうとした僕ももう昔の僕になつてしまつたが)母よ、地上に生き殘つていつも脅やかされとほしてゐるこの心臟には、なにかやはりただならぬ氣鬱が波打つてゐる。

 

 

   祈り

 

    私は夏の數日を、その家の留守をあづか

   つてゐた。廣い家ではなかつたが、ひとり

   暮しには閑寂で、宿なしの私には珍しく氣

   分が落着いてきた。ある夜ふけ、窓から月

   が差し、……すると、お前と暮してゐた昔

   どほりの家かとおもへた。

 

 もつと輕く もつと靜かに、たとへば倦みつかれた心から新しいのぞみのひらかれてくるやうに 何氣なく疊のうへに坐り、さしてくる月の光を。

 

 

   

 

 荒れ野を叫びながら逃げまどつてゐたときも、追ひつめられて息がと絶えさうになつたときも、綠色の星と凍てついてしまつたときも、お前は睡つてゐた 睡つてゐた おほらかな嘆きのやうに。

 

 

   死について

 

 お前が凍てついた手で 最後のマツチを擦つたとき、焰はパッと透明な球體をつくり 淸らかな優しい死の床が浮かび上つた。

 誰かが死にかかつてゐる 誰かが死にかかつてゐると お前の頰の薔薇は呟いた。小さな かなしい アンデルセンの娘よ。

 僕が死の淵にかがやく星にみいつてゐるとき、いつも浮かんでくるのはその幻だ。

 

 

   

 

 いま朝が立ちかへつた。見捨てられた宇宙へ、叫びとなつて突立つてゆく 針よ 眞靑な裸身の。

 

 

   落日

 

 湖のうへに、赤い秋の落日があつた。ほんとに、なごやかな一日であつたし、あんな、たつぷりした入日を見たことはないと、お前も云つた。いつまでも、あの日輪のすがたは殘つた、紙の上に、心の上に、そして、お前が死んでからは、はつきりと夢の中に。

 

 

   故園

 

 土藏の跡の石に圍まれた菜園、ここは一段と高く、とぼしい綠を風に晒してゐる。わたしはさまざまなことをおもひだす。薄暗い土藏の小さな窓から灰かに見えてゐた杏の花。母と死別れた秋、藏の白い壁をくつきりと照らしてゐた月。ふるさとの庭は年老いて愁も深かつたが……。ふしぎな朝の夢のなかでは、ずしんと崩壞した刹那の家のありさまが見えてくるのだ。

 

 

   記憶

 

 もしも一人の男がこの世から懸絶したところに、うら若い妻をつれて、そこで夢のやうな暮しをつづけたとしたら、男の魂のなかにたち還つてくるのは、恐らく幼ない日の記憶ばかりだらう。そして、その男の幼兒のやうな暮しが、ひつそりとすぎ去つたとき、もう彼の妻はこの世にゐなかつたとしても、男の魂のなかに栖むのは妻の面影ばかりだらう。彼はまだ頑に呆然と待ち望んでゐる、滿目蕭條たる己の晩年に、美しい記憶以上の記憶が甦つてくる奇蹟を。

 

 

   植物園

 

 はげしく搖れる樹の下で、少年の瞳は、雲の裂け目にあつた。かき曇る天をながれてゆく龍よ……。

 その頃、太陽はギドレニイの繪さながらに、植物園の上を走つてゐた。忍冬、柊、木犀、そんなひつそりとした樹木が白い徑に竝んでゐて、その徑を步いてゐるとき、野薔薇の花蔭から幻の少女はこちらを覗いてゐた。樹の根には、しづかな埋葬の圖があつた。色どり華やかな饗宴や、虔しい野らの祈りも、殆どすべての幻があそこにはあつたやうだ。それは一册の畫集のやうに今も懷しく私のなかに埋れてゐる。

 

 

   黑すみれ

 

 體のすみずみまで、もう過ぎ去つた、お前の病苦がじかに感じられて、睡れない一夜がすぎると、砂埃のたつ生温かい日がやつて來た。かういふ日である、何か考へながら、何も云はず、力ないまつげのかげに、熱い眼がみひらかれてゐたのは。

 

 

   眞晝

 

 うつとりとお前の一日がすぎてゆくほとりで、何の不安もなく伸びてゐたものがある。それは小さな筍が竹になる日だつた。そよ風とやはらかい陽ざしのなかに、縺れてほほゑむ貌は病んでゐたが。

 

 

   

 

 キラキラと光りながれるものが淚をさそふなら、闇にうかぶ露が幻でないなら、おもひつめた、パセチツクな眼よ。

 

 

   部屋

 

 小さな部屋から外へ出て行くと坂を下りたところに白い空がひろがつてゐる。あの空のむかふから私の肩をささへてゐるものがある。ぐつたりと私を疲れさせたり、不意に心をときめかすものが。

 私の小さな部屋にはマツチ箱ほどの机があり、その机にむかつてペンをもつてゐる。ペンをもつてゐる私をささへてゐるものは向に見える空だ。

 

 

   一つの星に

 

 わたしが望みを見うしなつて暗がりの部屋に橫たはつてゐるとき、どうしてお前は感じとつたのか。この窓のすき間に、あたかも小さな靈魂のごとく滑りおりて憩らつてゐた、稀れなる星よ。

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