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2017/12/24

老媼茶話巻之七 冨永金左衞門

 

    冨永金左衞門

 

 戸田流の兵法(ひやうはう)達人冨永金左衞門といふ浪人あり。江戸麻布近所西久保榎坂の上に住しける。彼が借屋、何かは不知(しらず)、夜々來て、かの金左衞門をなやましける程に、冨永、心に思ひけるは、

『是、人間の所爲にて、なし。然(しか)らば、狐狸か猫またなどの化ものの類(たぐひ)成(なる)べし。』

とこゝろ得、ころは、寛文十一年亥正月十五日の夜の事とかや、常の寢道具(ねだうぐ)を己(おの)が伏したる樣に拵(こしらへ)、其身は片隅に身をちゞめ、

『今やおそし。』

と待居(まちゐ)たるに、かの化物、あやまたず、早(はや)、三更も過(すぎ)、五更に及ぶ頃也、戸の明(あく)音もなく、家内へ來(きた)るを、物陰より見てあれば、兩眼(りやうめ)、月日のごとくにて、形(カタチ)、何とも見分ねども、形、すざましき風情也。

 然(しか)るに、寢道具の上を、とんづ、はねづ、とち狂ふ處を、とくと、うかゞひすまして、金左衞門、飛懸(とびかか)り、切(きり)ける。

 手ごたへす。

 扨、化もの、深手を負(おひ)て竹すの子のしたへ逃(にげ)るを追(おひ)かけて、切(きり)ければ、なんなく、二の太刀にて切留(きりとめ)て、心もとへ深深(ふかぶか)と脇差を突立(つきたて)、燈をかゝげ、正體を見てあれば、幾とせ經(へ)たるふる狸なり。

 いまだ、夜中の事なれば、隣家の家主(いへぬし)等、周章して罷出(まかりいで)、始終の事を尋ぬるに、

「かやうかやう。」

と語りける。

 家主を初(はじめ)、相借屋(あひじやくや)のものども、聞(きき)て、

「さりとは。御手柄被成(なられ)たるもの哉(かな)。流石、御侍ほどある。」

とて、口々に讃美(サンビ)しけるゆへ、冨永、興にや乘(じやう)じけん、翌十六日の朝、おもての入口に狸をぶらさげて、往返(わうへん)の諸人に見せけるほどに、往來の人々、足を留(とどめ)て群集(ぐんじゆ)し、評判するやうは、

「今時、此(この)どさめく市中に、何とて狸のすむべきぞや。是は定(さだめ)て椛町(かうぢまち)より、かい來ての謀(はかりごと)成(なる)べし。」

などゝ、口々に惡口、申(まうし)ける。

 脇にて是を聞(きけ)ば、箱根山にはあらねどもせき心(ごころ)也、まして、冨永、心底おもひやられければ、朝五過には、其狸、取入(とりいれ)にけり。

 此(この)事の批判、過半はうその樣に世上の取(とり)ざた成(なり)ければ、却(かへつ)て、冨永、惡名を流し、近付(ちかづき)等(ら)にも逢難(あひがた)くやおもひけん、

「住居を替(かへ)ん。」

とて、こなたかなたと迷ひしが、其行先は不知(しらざる)なり。

 されば、此事、その邊のたゞしきものに尋ぬれば、

「いかにも其義、慥成(たしかなる)事にて、證據には、今まで金左衞門居たる借屋をば、たれ有(あり)て借(か)る人も無之(これなし)。能々(よくよく)おもへば、かの狸、其借屋に住所して、夜々(よるよる)、出(いで)て、人をなやましける。」

と、なり。

 扨、又、金左衞門は近代の名譽の手がらの樣に思へども、正道を疑ふ世の中なれば、終(つゐ)に身上(しんしやう)の妨(サマタ)げと成(なり)けり。

 

[やぶちゃん注:「冨永金左衞門」不詳。「冨」は底本の用字。

「戸田流の兵法」小学館「大辞泉」には、『剣術の一派。前田利家の家臣戸田越後綱義を祖とする』とし、三省堂「大辞林」では、『剣・小太刀・居合術などの一派。祖は天正』(一五七三年~一五九二年)『の頃の人戸田清玄吉方』とある。

「江戸麻布近所西久保榎坂」「江戸麻布近所西久保榎坂」現在の東京都港区麻布台の飯倉交差点付近。(グーグル・マップ・データ)。

「寛文十一年亥正月十五日」一六七一年二月二十四日。

「三更」現在の午後十一時又は午前零時からの二時間。子の刻。

「五更」現在の午前三時又は午前四時からの二時間。寅の刻。暁から曙。

「とんづ、はねづ」底本は「とんすはねす」。右に編者注で『飛づ跳つ』とある。

とち狂ふ處を、とくと、うかゞひすまして、金左衞門、飛懸(とびかか)り、切(きり)ける。

「竹すの子のしたへ」「竹簀の子の下へ」。

「心もとへ」獣ならば、心の臓のあると思しい辺りへ。

「どさめく」「さめく」は「騒がしく音を立てる・騒ぐ」で、「ど」は強調の接頭語と採った。

「椛町」現在の東京都千代田区麹町。麹町通りは、この当時は番町の旗本屋敷の消費生活を支える商業地として繁栄していたから、こうした獣類(表向きは殺生禁断であったが、薬食いと称して獣類の肉も食された)も扱っていたのであろう。

「かい來て」ママ。「買ひ來て」。

「箱根山にはあらねどもせき心(ごころ)也」箱根山の越すに越されぬ関所ではないが、心に蟠って堰(せ)く厭な思いがするに決まっているし。

「まして、冨永、心底おもひやられければ」他人(近隣の家主らか)がという形を採っているが、それが却って文脈を不安定にしてしまい、意味がとりにくくなってしまっている。

「朝五」午前八時頃。]

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