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2017/12/19

進化論講話 丘淺次郎 藪野直史附注 第七章 生存競爭(5) 五 生物相互の複雜な關係 / 第七章 生存競爭~了

 

     五 生物相互の複雜な關係

 

 この章に於て種々の生存競爭の有樣を論ずるに當つて、いつもも成るべく理窟だけを明瞭に示すために、出來るだけ簡單に考へたが、自然界はなかなかかやうな單純なものでなく、生物相互の間だけにも極めて複雜な關係があるもの故、次の章で自然淘汰のことを尚詳しく説く前に、少しこのことを述べて置かねばならぬ。

 英國スタッフォードシャヤーにあるダーウィンの親戚の持地面の中に、まだ一度も耕作をせぬ廣い野原があつたが、或るとき垣を造つてその中一部を圍み、中に樅(もみ)の樹を植ゑた所、その後二十五年許を過ぎて調べて見たのに、元々全く同樣であつた處でも、今は垣の内と外とは植物・動物ともに非常な相違で、垣の外には生えぬ植物が、著しいものだけでも十二種許垣の内に繁茂し、隨つて昆蟲類も大に違へば、之を食ひに來る鳥類も違つて、垣の中には六種類許も來るが、垣の外には全く別の種類が二三種來るばかりであつた。

[やぶちゃん注:「スタッフォードシャヤー」Staffordshire。イングランドのウェスト・ミッドランズに位置する州(カウンティ:州庁所在地はスタッフォード)。ここ(グーグル・マップ・データ)。窯業で知られ、製作されるボーンチャイナはリモージュ磁器によく似ているとされる。因みに、ダーウィンはシュロップシャー州(Shropshire)シュルーズベリー(Shrewsbury)。ここ(グーグル・マップ・データ)。]

 またサレーの或る村にも廣い野原があるが、近傍の岡の上に二三本樅の大木があるだけで、樹木といつては他に一本も生えて居なかつた。然るに、或るとき單に垣を造つてその一部を圍んだのに、それより十年も過ぎぬ中に、垣の内には一面に樅の木が生えて壓し合うばかりに生長した。この樅の木は蒔いたのでも植えたのでもないから、全く近邊の大木から散つて落ちた種子より生じたに違ひないが、若しさうとしたならば、垣の外にも落ちて生えぬ筈はないと思つて、ダーウィンが善く調べて見た所が、實際野原一面に芽が生えて居て、たゞ常に牛に食はれるために生長が出來ぬだけであつた。大本の一本から凡そ一町許[やぶちゃん注:百九メートル。]離れた處で三尺四方だけ地面を丁寧に檢査したのに、その中に三十二本も樅の芽生(めばえ)があつて、試にその一本を取つて見ると、幹の切口に年輪が二十六もあることを發見した。卽ち樅の種子が飛んで來て落ちることは垣の内も外も相違はないが、垣の外では絶えず牛が來て若い芽を尋ね求めて食ふから、生長が出來ぬので、この木などは每年芽を出し每年牛に食ひ取られて、二十六年も經たのである。して見れば、垣の内に斯く盛に樅の生えたのも決して不思議なことではない。

[やぶちゃん注:「サレー」イングランドの南東部に位置する、ロンドン近郊のサリー州(Surrey)か。(グーグル・マップ・データ)。ウィキの「サリイングランド)によれば、『マグナ・カルタで知られるラニーミード、ジョナサン・スウィフトのパトロンであったウィリアム・テンプルが造り上げた庭園ムア・パークなどがあ』り、『ロンドンへの通勤圏で、「豊かで中流の人の住む場所」というイメージを抱く人が多い。たとえば、『ハリー・ポッター』の主人公の家(伯父・伯母の家、ダーズリー家)はサリーの瀟洒な住宅街にあるという設定になっている』とある。]

 斯くの如く樹木の出來るか出來ぬかは、牛馬の有無によつて定まることがあるが、牛馬の有無はまた昆蟲の有無によつて定まるやうな場合がある。南アメリカパラグワイ地方では、嘗て牛馬などが野生になつたことがない。一體、南アメリカではどこでも野生の牛馬が非常に蔓延つて居るのに、こゝばかりに居ないのは、奇態なやうであるが、或る學者等の調によると、この地には牛馬の幼兒の臍へ卵を生み附けて之を斃す一種の蠅が居るによるといふことである。倂しこの蠅には何か之を害する敵があるに違ひない。例へば之に寄生する昆蟲があつて、常に幾らかづく之を殺して居る位のことは必ずある。それ故若しパラグワイで或る食蟲鳥類が減じたらば、この寄生昆蟲が盛に殖え、寄生昆蟲が殖えたらば、この蠅が著しく減じ、蠅が減じたらば牛馬はその害を免れて野生となり、繁殖することも出來るであらう。而して牛馬が殖えれば先づ植物に影響を及ぼし、隨つて昆蟲類・鳥類にも變化の起ることは前の例で述べた通りであるから、また更に牛馬の盛衰に關係を生じて來る。

[やぶちゃん注:これは双翅(ハエ)目短角(ハエ)亜目ハエ下目 Muscoidea 上科イエバエ科イエバエ亜科サシバエ族サシバエ属 Stomoxys の一種ではなかろうかと思われる。この蠅であるかどうかは不詳ながら、「株式会社ゼンシン」公式サイト内の増井博明の森林紀行エッセイパラグアイ - 北東部編に、「ウラ(体に卵を産み付けるハエ)に刺されたこと」という記載があり、これは牛どころか、人間にも卵を生むという恐るべき叙述が出る。

   《引用開始》

 周囲には、牧場が非常に多く、牛にはブヨやハエが無数と言っていいくらいにたかり、周囲をブンブン飛んでいる。そして、牛の肉の中に卵を産みつけ、卵からかえったウジが肉の中を動きまわるウラという名のハエがいた。牛の表面の皮が盛り上がっているとウラがいて太い血管のようで、中には血を流している牛もいた。このウラが人間にも卵を産み付け、地元の人はだいたいが、そのウラに卵を産みつけられ、その個所が膿んでくると膿を押しだして、膿とともにウジも一緒にでてくるのであった。

 同僚が、首の後ろをさされ、膿んできたので押してやると膿とともにウジが一緒に出てきた。その後、その場所が痛痒く、彼はそれでしばらく苦しんだ。帰国した後も、かなりの期間痛痒かったようだ。私も左肩の上の方をさされ、膿んできた。痛みが相当強く、自分で、押すと膿と一緒にウジがでてきた。私も帰国後も数か月という長い間、痛みを感じていた。

   《引用終了》

とある。なお、以上の例は次の段の頭で「ダーウィンの著書に出て居る例」とあるが、これは発見し次第、情報を追加する。]

 以上は執れもダーウィンの著書に出て居る例であるが、尚一つ方々へ引合(ひきあひ)に出される有名な例がある。誰も知る通り、植物に種子の生ずるのは、花の咲いて居る間に雄蘂から出た花粉が、風或は蟲の媒介により雌蘂の柱頭に達するに基づくことであるが、ダーウィンの實驗によると、「おらんだげんげ」の種子の生ずるのは全く地蜂が來て媒介するによることで、蜂の來ぬやうに網でも被せて置けば、幾ら花が咲いても種子は一粒も出來ぬ。然るに地蜂の習性を特に調べた學者の説によると、この蜂は大部分野鼠に食はれるさうである。而して鼠は素より猫の餌である故、若し一地方に猫が減じたらば鼠が殖え、鼠が殖えたならば地蜂が減じ、隨つて「おらんだげんげ」の種子の産額も減ずる譯になる。猫と「おらんだげんげ」の如き草とは、一寸考へると全く無關係で、一方に如何なる盛衰があつても、他の方へは少しも影響を及ぼすことはないやうであるが、斯く順を追うて見ると、その間には間接ながら大關係があるといはねばならぬ。自然界に於ける生物相互の關係は實に如何なる邊に存するか、到底想像することは出來ぬ。

[やぶちゃん注:「おらんだげんげ」既出既注であるが、再掲しておく。お馴染みのマメ目マメ科シャジクソウ属Trifolium 亜属Trifoliastrum 節シロツメクサ Trifolium repens の別称。「クローバー」のこと。漢字表記は「白詰草」であるが、これは弘化三(一八四六)年 のこと、『オランダから献上されたガラス製品の包装に緩衝材として詰められていたことに由来する』。『日本においては明治時代以降、家畜の飼料用として導入されたものが野生化した帰化植物』であると、ウィキの「シロツメクサ」にある。]

 こゝに一つ特に注意して置くべきは、以上の例は皆生物相互の間には意外の所に關係のあるを示すだけのもので、決して自然界は斯く簡單なものではないといふことである。これらの例は多少生物間の複雜な關係を示す積りで掲げたのではあるが、自然界の複雜な有樣は素より我々が萬分の一も寫すことの出來ぬ位で、これらの例を以て自然の現象を幾分か完全に畫いたものと見倣しては大間違である。とかく我々は物の原因結果の理窟を考へるときに、自然界の複雜なことを忘れ、一つの原因からはたゞ一通りの結果を生じ、一つの結果の生ずるにはたゞ一通りの原因よりないやうに思ひ誤り易いもので、或る現象の一の原因に考へ當れば、直にそれを以て唯一の原因の如くに思ひ、また或る現象より生ずる一の結果を推し考へれば直にそれを以てたゞ一の結果の如くに思ふ傾がある。然るに實際の自然界に於ては、同時に無數の事件が竝び進行し、多數の原因が複雜に相關係しながら、同じく複雜な種々の結果を生じて居るから、なかなか一度には明瞭に考へられぬ。我々が通常物の原因結果を考へる具合は、恰も一本の鏈[やぶちゃん注:「くさり」。「鎖」に同じい。]を二節づゝ先へ先へと探る如くに、たゞ一筋の線を賴(たよ)つて進むが、自然界の實際に於ける原因結果の複雜な有樣は、強いて物に譬へれば、鏈帷子[やぶちゃん注:「くさりかたびら」。]を幾重も重ねて綴じ合せたやうなもの故、その積りで考へぬと非常な誤に陷るやも知れぬ。最後に擧げた例の如きも理窟からいへば無論斯くなければならぬが、之は複雜な自然界から他のものを悉く除き去つて、たゞ猫と鼠と蜂と「おらんだげんげ」とだけを殘して置いた如くに想像して、その間の關係を論じたまでのこと故、實際は決して斯く單純に行くものではない。この例を掲げたのは、たゞ世人は通常生物相互の間に複雜な間接の關係のあることに氣が附かずに居るが、この種の關係は何處にも存するといふことを示すために過ぎぬ。

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