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2017/12/17

柳田國男「一目小僧その他」 附やぶちゃん注 橋姫(10) /橋姫~了

 

 傳説の解釋は面白いものだが同時に中々むづかしく、一寸自分等の手の屆かぬ色々の學問が入用である。此場合に先づ考へて見ねばならぬのはネタミと云ふ日木語の古い意味である。中世以後の學者には一箇の日本語に一箇の漢語を堅く結び附けて、漢字で日本文を書く便宜を圖つたが、其宛字の不當であつた例は此ばかりでは無い。ネタミも嫉又は妬の字に定めてしまつてから後は、終に男女の情のみを意味するやうに變化したが、最初は憤り嫌ひ又は不承知などをも意味して居たらしいことは、倭訓栞などを見ても凡そ疑が無い。而して何故に此類の氣質ある神を橋の邊に祭つたかと言ふと、敵であれ鬼であれ外から遣つて來る有害な者に對して、十分に其特色を發揮して貰ひたい爲であつた。街道の中でも坂とか橋とかは殊に避けて外を通ることの出來ぬ地點である故に、人間の武士が切處として爰で防戰をしたと同じく、境を守るべき神をも坂又は橋の一端に奉安したのである。しかも一方に於ては境の内に住む人民が出て行く時には何等の障碍の無いやうに、土地の者は平生の崇敬を怠らたかつたので、そこで橋姫と云ふ神が怒れば人の命を取り、悦べば世に稀なる財寶を與へると云ふやうな、兩面所極端の性質を具へて居るやうに考へられるに至つたのである。又二つの山の高さを爭ふと云ふ類の話は、別に相應の原因があるので逢橋と猿橋と互に競ふと云ふなども、ネタミと云ふ處から此へ結合したのかと思ふが、信濃の恨山で同じ程た二つの小山の間を通る路に、此神の信仰が遺つて居るなどは、卽ちもと境を守る一が男女の二柱であつた一の證據である。箱根の二子山で昔の路がわざわざあの中間を通つて居た如く、境の通路には男神女神などの名を以て、二つの丘又は岩のある例は、水陸共に極めて多く、其或ものは之に由つて地名を「たけくらべ」などゝも謂つて居る。蓋し此の如き路を造つた昔の人の考は至つて簡單であつた。卽ち男と女と二人列んで居る處は、最も他人を近寄せたくない處である故に、卽ち古い意味に於ける「人ねたき」境である故に、若し其男女が神靈であつたならぱ、必ず偉い力を以て侵入者を突き飛ばすであらうと信じたからである。東山往來と云ふ古い本を見るに、足利時代に於ても此信仰の痕跡が尚存し、夫婦又は親族の者二人竝び立つ中間を通るのは最も忌むべきことで、人が通るを人別れ、犬が通るを犬別れと謂つて共に凶事とするとある。つまり此思想に基づいて、橋にも男女の二神を祭つたのが橋姫の最初で、男女であるが故に同時に安産と小兒の健康とを禱ることにもなつたのである。ゴンムの『英國土俗起原』やフレヱザーの『黃金の枝』などを見ると、外國には近い頃まで、此神靈を製造する爲に橋や境で若い男女を殺戮した例が少なくない。日本では僅かに古い古い世の風俗の名殘を、かの長柄の橋柱系統の傳説の中に留めて居るが、其は此序を以て話し得るほど手輕な問題では無いから略して置く。近世の風習としては、新たに架けた橋の渡初めに、美しい女を盛裝させて、其夫が是に附添ひ橋姫の社に參詣することが、伊勢の宇治橋などにあつたと、皇大神宮參詣順路圖會には見えて居る。橋姫の根源を解説するには、尚進んでこの渡初めの問題に立入つて見ねばならぬのである。

 

 自分は傳説を愛せらるゝ人々に勸告する。傳説は其片言隻語と雖も大切に保存しなければ忽ち無用の囈事になつてしまふ。故に之を人に語る場合には誇張してはならぬ。修飾してはならぬ。殊に變更に至つては罪惡である。我々の祖先の墓を拜すると同じ心持ちを以て、祖先の思想信仰の斷片をも尊敬せねばたらぬ。此趣旨の下に成るたけ多くの傳説の蒐集せられんことを切望する。

       (大正七年一月、女學世界)

[やぶちゃん注:前段との以下の一行空けは原典のママ。

「切處」「せつしよ(せっしょ)」で「節所・殺所」などとも書く。山道や河川などの通行困難な所。難所。

「人ねたき」この場合は、対象である男女の睦まじく並びいるところというのは、他者(「人」)から見て、如何にも羨ましく、我慢出来ぬほどに憎くらしい、という意味であろう。

「ゴンムの『英國土俗起原』」不詳。作者も著作も判らぬ。識者の御教授を乞う。

「フレヱザーの『黃金の枝』」イギリスの社会人類学者ジェームズ・ジョージ・フレイザー(Sir James George Frazer 一八五四年~一九四一年)の名著The Golden Bough: a Study in Magic and Religion, 1st edition(「金枝篇:呪術と宗教の研究」。一八九〇年刊)。

「長柄の橋柱」淀川に架かっていた旧長柄橋の人柱伝承。ウィキの「長柄橋によれば、『これは南北朝期にはすでに東国方面まで知られていたもので』、「神道集」『には次のような説話が記されている』。『むかし長柄橋を架設するとき、工事が難渋して困惑しきった橋奉行らが、雉の鳴声を聞きながら相談していると、一人の男が妻と』、二、三『歳の子供を連れて通りかかり、材木に腰掛けて休息しながら、「袴の綻びを白布でつづった人をこの橋の人柱にしたらうまくいくだろう」とふとつぶやいた。ところがその男自身の袴がそのとおりだったため、たちまち男は橋奉行らに捕らえられて人柱にされてしまった。それを悲しんだ妻は「ものいへば父はながらの橋柱 なかずば雉もとらえざらまし」という歌を残して淀川に身を投じてしまった』。『この説話は大坂地方の人々の間に広く語り継がれ、若干変形した形で近世の随筆類に散見されることとなった。よく知られたものに、以下のようなものがある』。『推古天皇の時代(飛鳥時代)、長柄橋の架橋は難工事で、人柱を立てることになった。垂水(現在の吹田市付近)の長者・巌氏(いわうじ)に相談したところ、巌氏は「袴(はかま)に継ぎのある人を人柱にしなさい」と答えた。しかし皮肉にも、巌氏自身が継ぎのある袴をはいていたため、巌氏が人柱にされた』。『巌氏の娘は父親が人柱になったショックで口をきかなくなった。北河内に嫁いだが、一言も口を利かないので実家に帰されることになった。夫とともに垂水に向かっている途中、禁野の里(現在の枚方市付近)にさしかかると』、『一羽の雉が声を上げて飛び立ったので、夫は雉を射止めた。それを見た巌氏の娘は「ものいわじ父は長柄の人柱 鳴かずば雉も射られざらまし」と詠んだ』。『妻が口をきけるようになったことを喜んだ夫は、雉を手厚く葬って北河内に引き返し、以後仲良く暮らした』。『現在の大阪市淀川区東三国に、古代長柄橋の人柱碑が残っている。長柄人柱伝説は、「長柄の人柱」や「雉も鳴かずば撃たれまい」という「口は災いのもと」という意味のことわざの由来とされている』とある。サイト「大阪再発見!」の長柄の橋柱も参照されたい。なお、あなたは、人柱など、遠い遠い昔の話だと思ってはいないか? 私の明治6年横浜弁天橋の人柱をお読みあれ!

「殊に變更に至つては罪惡である」柳田國男よ、一言、あんたに言っておきたいことがある。貴方は、ある時期、折口信夫とともに性的な意味を持った民俗学解釈は避けようと密約したことはなかったかね? 南方熊楠先生があれほど快刀乱麻に性を語ってすこぶる腑に落ちるのに、あなたがた二人の官学民俗学は如何にもお行儀よく、いやらしさがまるでない。そうした姿勢が、「罪惡」だったとは、あなたは、思わんかね!?!]

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