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2017/12/07

ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) フウイヌム 不思議なヤーフ (2) / 不思議なヤーフ~了

 

五章

 

 〔私と主人とは〕それから後も何度も會つて、いろんな話をしました。私はヨーロツパのことについて、商業のこと、工業のこと、學術のことなど、知つてゐることを全部話してやりました。

[やぶちゃん注:実は、現行版では、この段落に改行せずに、

   *

しかし、この國には権力、政府、戦争、法律、刑罰などゝいう言葉がまるでないのです。ですから、こんなことを説明するには、私は大へん弱りました。

   *

という、前段の末尾部分が続いている。ところが、原稿ではここに校正記号があるものの、それは不思議な記号で、次の段落を以下へ持って行け、という指示にしか見えないものなのである。則ち、前の、

「一たいこの國には權力、政府、戰爭、法律刑罰、などといふ言葉が〔は〕〔まるで〕ないのです。ですから、こんなことを説明するには私は大変弱りました。しかし、主人は素晴らしく頭がよいので、私の話を〔も〕だんだん分つてくれました。

を、次の「あるとき、私はこんなことを主人に話しました。」に繋げろ、というのである。しかし、そこには「五章」として分断する段の冒頭が入ることになり、そんなことをすると、文脈が大いに変調してしまって、少なくとも構成上の流れが、理解出来なってしまうのである。思うに、この「フウイヌム」に入ってから、異様に現行版での訳文のカットが多いのを見ても、恐らくは、編集者から、もう、出版上の残りの字数が厳しく制限されて、民喜は、苦渋の激しい短縮を迫られていたのではないかと、私は推理する。そうしたディレンマがこうした仕儀として表われているのであるまいか? と私は深く疑うのである。

 あるとき、私はイギリス主人にこん→こんなことを主人に〕〔云〕ひました。

 「今、イギリス 〔と〕フランス〔は〕長い 長い戰爭をしてゐるのです〔これは〕〔とても長い戰爭で〕〔、〕この戰爭が終るまでには、百万人のヤーフが殺されるでせう」

[やぶちゃん注:作品内時制は「一七一〇年」であるから、これはスペイン王位の継承者を巡ってヨーロッパ諸国間で行われた「スペイン継承戦争」(一七〇一年~一七一四年)である。詳しくはウィキの「スペイン継承戦争」を参照されたい。]

 すると主人は、「一たい國と國とが戰爭をするのは、どういふ譯な〔原因による〕のかと、たづねました。

 そこで、私は次のやうに説明して答へました。

 「それは戰爭をする〔の〕原因なら澤山あります〔が〕だが主なものだけを云つてみませう。まづ王さまの野心です。王樣は、自分の〔もつてゐる〕領地や、人民だけで滿足しません。いつも他人のものを欲しがるのです。第二ばん〔番〕目の原因は〔、〕政府〔の人たち〕が腐敗くさつてゐることです。彼等は自分 で政治に失敗して〔おい〕て、それを誤魔化すために、わざと戰爭をおこすのです。〔します。〕

 さうかと思へば、ほんの一寸した意見の喰ひちがひから戰爭になります。たとへば、肉がパンである〔の〕か、パンが肉であるのかとい〔つ〕た問題、口笛を吹くのが、いいことかわるいことか、手紙は大切にするのがよいか、それとも火にくべてしまつた方がよいとか、上衣の色には何色が一番よいか、黑か、白か〔、〕赤か、或はまた、上衣の仕立は、長いのがよいか短いのがよいか、汚ないのがいいか、淸潔なのがいいか、そのほか、まあ、こんな馬鹿馬鹿しい爭ひから、何百万といふ人間が殺されるのです。〔しかもそれに〕この意見のちがいから起る戰爭ほど、馬鹿馬鹿しければ馬鹿馬鹿しほど〔気ちがひじみて〕、むごたらしいものはありません。

 時には、二人の王さまが、よその國の領土をほしがつて、戰爭をはじめる場合もあります。〔また〕時には、ある王が、よその國の王から攻められはすまいかと取越苦勞をして、かへつてこちらから戰爭をはじめることもあります。相手が強すぎて戰爭になることもあれば、相手が弱すぎてなることもあります。

 また、人民が餓ゑたり病氣して、國が衰へて乱れてゐる場合には、その國を攻めて行つて〔戰爭しても〕いいよと■ とされて〔ことになつて〕ゐます。

 また〔、〕ある王さまが、ほかの王さま〔を〕〔たよつて〕助けてもらつた〔やつた〕とします、助けてやつた〔その〕〔その〕王さまは今度は〔ついでに〕 かへつて〔その〔相手の→相手の囗〕に攻めて行つて、 相手助けてやつた手さ〔きを今度は殺したり、追つぱらつても、それはなかなか立派なことだと〔、〕されてゐます。〕

 そ〔こ〕で軍人といふ商賣はいち一番→いちばん〕立派な商賣だと考へられて〔されて〕ゐます。つまり彼等〔これ〕は自分に何の害も加へ〔罪もない〕相手〔連中〕を、出來るだけ澤山、平氣で殺すためにやとはれてゐるヤーフなのです。」

[やぶちゃん注:ここのガリヴァーの大事な戦争(国家)批判の台詞は現行版では、

   *

「戦争の原因ならたくさんありますが、主なものだけを言ってみましょう。まず、王様の野心です。王様は、自分の持っている領地や、人民だけで満足しません。いつも他人のものを欲しがるのです。第二番目の原因は政府の人たちが腐っていることです。彼等は自分で政治に失敗しておいて、それをごまかすために、わざと戦争を起すのです。

 そうかとおもえば、ほんのちょっとした意見の食い違いから戦争になります。たとえば肉がパンであるのか、パンが肉であるのかといった問題、口笛を吹くのが、いゝことか悪いことか、手紙は大切にするのがよいか、それとも火にくべてしまった方がよいかとか、上衣の色には何色が一番よいか、黒か白か赤か、或はまた、上衣の仕立ては、長いのがよいか短いのがよいか、汚いのがいゝか、清潔なのがいゝか、そのほか、まあ、こんな馬鹿馬鹿しい争いから、何百万という人間が殺されるのです。しかも、この意見の違いから起る戦争ほど気狂じみてむごたらしいものはありません。

 ときには、二人の王様が、よその国の領土を欲しがって、戦争をはじめる場合もあります。またときには、ある王様が、よその国の王から攻められはすまいかと、取越苦労をして、かえってこちらから戦争をはじめることもあります。相手が強すぎて戦争になることもあれば、相手が弱すぎてなることもあります。また、人民が餓えたり病気して国が衰えて乱れている場合には、その国を攻めて行って戦争してもいゝことになっています。

 そこで、軍人という商売が一番立派な商売だとされています。つまり、これは何の罪もない連中を、できるだけたくさん、平気で殺すために、やとわれているヤーフなのです。」

   *

となっている。]

 すると主人〔は〕、私の話を開いて、かう申し〔云ひ〕ました。

「成程、お前が戰爭について、〔お前の〕言ふことをきいてみると、お前が〔いふ、その〕理性ききめ〔はたらき〕といふものもよくわかる。だが、〔それにしても〕お前たちの〔その〕恥かしい行ひは、實際には〔まあ〕危險が少なくて、とにかくくて、まあいのではないか、→い方だらう。〕幸で 幸だ。お前たちの口は、顏に平たくくつついてるから、いくら〔兩方が〕嚙みあつて〔みて〕も、大した傷にはならないし、足の爪も短かくて軟いから、まあこの國のヤーフ一匹で、お前の國のヤーフ十匹ぐらゐは追拂ふことができるだらう。だから、戰場で仆れたといふ死者の数だつて、お前が云ふは大袈裟なことを云つて〔る〕だけだらう。」

 主人がこんな、ものを知らぬことを〔無智なことを云ふので、私は思はず首を振つて笑ひました。私は軍事について■■〔少しは〕知つてゐ〔ました〕ので、大砲とか小銃とか、彈丸、火藥、劍、軍艦、それから、攻擊、砲擊、追擊、破壞、など、さういふ事柄をいろいろ説明してやりました。そして、

 「私は〔わが囗〕の軍隊が〔、〕百人からの敵を圍んで、これを一ぺんに〔、〕木葉みじんに吹き飛ばしてしまふところも〔、〕見たことがあります。また、数百人の人が〔、〕船と一しよに吹き上げられるのも見ました。雲の間から屍体がバラバラ降つて來るのを見て、多くの人は万才と叫んでゐました」

 こんな風に私はもつともつと喋らうとしてゐると、主人がいきなり

 「默れ」

 と云ひました。怒鳴→云ひました。〕

 「成程、ヤーフの性質を知つてゐる者〔〔の〕こと〕なら、今お前が言つたやうな、行〔こと→行〕をしさうなことはわかる〔ことはわかる〕〔そんな忌はしいことも〔やり〕さうだ。〕〔それは〕ヤーフの智惠と力が、その悪心と一緒になれば、〔それは〕できるだらうことだらう。」

 彼は私の話を聞いて、非常に心が乱されました。〔、〕、そして、私の種族を前より〔もつと〕もつと嫌ふのでした。もしこんな ことを 忌はしいこおを毎日耳に聞かされゐれば、慣れてしまつて、嫌らしさを感じなくなるだらうと、彼は考へました。

 それにしても、〔自分が〕理性はあるといつてゐる〔その〕動物が、あ〔そ〕んな恐ろしい極悪の事 行ひをするのなら、これは野獸よりもつと 恐ろしいことではないか、してみると、人間は、理性のかはりに、何か生れつき、悪を増す〔し〕つのらしてゆくやうな性質を持つてゐるのではあるまいか、と主人はひとりで、思いろいろ思ひふけりました。

[やぶちゃん注:以上の段落は、全体に斜線が引かれてあり、現行版でもカットされてしまっている。

 この次の箇所には行間に、一行増しの校正記号があってそこに「六章」とし、「たのしい家」という柱が入れてあって、「一行アキ」とまで書きながら、「一行アキ」以外は抹消されてある。現行版も続いており、実際の現行版の「三、楽しい家庭」はもうすぐなので、続けて電子化しておく。]

 主人は戰爭の話はもう聞きあきてしまひました。それで今度は金錢の話をしてやりましたが、〔これも〕〔主人は〕私の言ふ意味がなかなかのみこめないやうでした。

 「ヤーフといふものは、この貴、お金といふものを澤山溜めてゐさへすれば、綺麗な着物、立派な家、おいしい肉や飮みもの、その他、なんでも欲しいものが買へるのです。そして、〔ヤーフの國では〕なにもかも、お金の力なので次第なのですから、ヤーフどもは、いくら使つても使ひ足つたとか、いくら貯めてももうこれでいいと思ふことはありません。

 〔お金〕のためには、ヤーフどもは〔絶えず〕お互に相手を傷つけあふことをくりかへします。金持は貧乏人を働かせて、らくな暮をしてゐますが、その数は貧乏人の千分の一ぐらゐしかゐません。〔だから〕多くのヤーフは毎日毎日、安い賃銀で働いて、みじめな暮しをつづけてゐます。」

 と、こんなふうに私は話してやりました。それから、ヤーフの國の政治とか法律のことも主人にいろいろ説明してきかせました。

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