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2017/12/26

進化論講話 丘淺次郎 藪野直史附注 第八章 自然淘汰(5) 五 生物の系統

 

     五 生物の系統

 

 野生の動植物の各種が生む子の數は非常に多くて、到底その中の小部分より生存することは出來ぬが、同一の親から生れた子でも變異性によつて各々少しづゝ違つて居るから、その間に自然淘汰が行はれ、每囘最もその時その處の生存に適したものが生き殘つて子を生み、遺傳性によつてその性質を子に傳へるから、生存に適する性質は代々少しづゝ進んで、各生物は漸々形狀・構造・習性等に變化を生ずべきことは、既に前章までに説き來つた所であるが、更にその變化の模樣を考へると、本章に述べた通り、分業の結果として簡單より複雜に進むべきは無論であるが、生物界の全部が一樣に複雜に進む譯ではなく、外界の情況に應じ、複雜な生物に混じて簡單な生物も生存し行くもので、特別の場合には一且複雜になつた生物が再び簡單な有樣に戾ることも往々ある筈である。今日生存する動植物は孰れも斯かる往路を歷て進化し來つたものであると論じなければならぬ。

 右の理窟を現在の動植物に當て嵌め、溯つてその祖先はどうであつたかを推察すれば、凡そ次の如くである。飼養動植物に於ても淘汰の標準が違へば、初一種のものより後には數種の形が生じ、一種の野生鳩から、パウターも、ファンテイルもキャリヤーもタンブラーも出來る如く、天然に於ても、同一の先祖から降つた子孫でも、住處が異なれば生存競爭に於ける勝敗の標準が違ふから、自然淘汰の結果として是非とも形狀・構造等が各々互に相異なるやうになり、山に留まつたものと野に移つたものとでは、たとひ先祖は同一でも、終には二種の全く異なつたものとなるべき筈である。斯くの如く常に一種から進化して數種に分かれるものとすれば、今日我々の見る動植物の中で、互に最も相似たものは皆同一の先祖から降つたものと見倣さねばならぬ。卽ち北海道の赤熊も内地の黑熊も共同の熊の先祖より起り、嘴太烏も嘴細烏も肥前烏も皆共同の烏の先祖より進化して生じたものと見倣すより外には致し方がない。

[やぶちゃん注:「一種の野生鳩から、パウターも、ファンテイルもキャリヤーもタンブラーも出來る如く」「第三章 人の飼養する動植物の變異(3) 二 鳩の變種」を参照。

「赤熊」食肉目クマ科クマ亜科クマ属ヒグマ Ursus arctos。ヒグマは「羆」「樋熊」の他、その毛色から「緋熊」とも書く。

「黑熊」クマ属ツキノワグマ Ursus thibetanus。は毛色からアジアクロクマ(アジア黒熊)とも呼ぶ。

「嘴太烏」スズメ目カラス科カラス属ハシブトガラス Corvus macrorhynchos

「嘴細烏」カラス属ハシボソガラス Corvus corone

「肥前烏」これはカラス科カササギ属カササギ Pica pica の異名。やや乱暴であるが、現行の系統学からはカササギ類やカケス類(スズメ亜目カラス科カケス属 Garrulus)の同一祖先種から分岐したことは確かなようである。]

 尚この考へを一層先へ推し進めると、次の如くになる。凡人間でも概していへば親類の緣の濃いもの程相似ることも最も多い通り、生物種屬に於ても共同の先祖より互に相分かれたことの最も晩いもの程相似ることが著しいと考へても大きな間違ひではなかろう。例へば五百代前に共同の先祖から相分かれた二種の生物は、千代前に分かれたものに比すれば、互に相似ることが多いと見倣しても宜しかろう。然るに何十萬もある動植物の種類を集めて見ると、その中には互に極めて相似たものもあれば、また甚だしく違ふものもあつて、相似る度には夥しい懸隔がある。同じ獸類といふ中にも、狐と狸との如く善く似たものもあれば、鯨と蝙蝠との如く相離れたものもあり、同じ魚類といふ中にも、鯉と鮒との如く善く似たものもあれば、鯛と「あかえひ」との如く相異なつたものもある。倂し鯨と蝙蝠とが如何に相異なつてもその間の構造上の相違は獸と鳥との相違に比ぶれば遙に少く、鯛と「あかえひ」とは如何に相異なつてもその間の相違は到底魚と龜との相違には及ばぬ。かやうに最も似たものから最も異なつたものまで、種々の階段のある中から、最も相似たものを以て共同の先祖より起つたものと見倣せば、その次位に相似たものは、やはり尚一層古い時代に共同の先祖より起つたものと見倣さねばならず、赤熊と黑熊とを共同の先祖より降つたものと見倣したと同一の論法によれば、熊と狸ともやはり共同の先祖より降つたもので、たゞ相分かれた時代が赤熊と黑熊との相分かれた時代より幾らか前であつたといはなければならぬ。斯く論ずるときは、獸類は猿でも兎でも牛でも馬でも、總べて極古い時代まで溯ると、先祖はたゞ一種であり、鳥類は雀でも鳩でも鷹でも鶴でも、遙昔の時代まで溯ると、先祖はたゞ一種であつたのが、種々に分かれ降り、漸々進化して今日の如きものになつたと考へねばならず、尚溯れば、動物は總べての動物共同の先祖から、植物は總べての柚物共同の先祖から降つたのみならず、凡生物たるものは總べて生物共同の一種の先祖から起つたものであるといふ考に達する。

 以上述べた所は、無論推察論で極めて漠然たるものである。地球の歷史は何億年やら何兆年やら我々から見れば殆ど無限ともいふべき長いもので、生物の進化し來つたのはその間であるから、我々の今日の知識を以て之を明瞭に調べ上げることは素より出來ぬ。我々人類の經驗の範圍は實に比較にもならぬ程に狹いから、その經驗で知り得たことを基として、限なき昔のことを推し考へようとするは、恰も疊の目一つだけ位の知識を基とし、之を推し進めて一里先のことまでも究めようとするやうなもので、甚だ覺束ないことである。ここに述べたことの中でも、狐と狸とが共同の先祖より分かれ降つたといふ位な近いことは大概明瞭に想像も出來るが、動物の總先祖はたゞ一種であつたかどうかといふやうなことになると、最早實際らしい有樣を心中に畫いて見ることも困難である。たゞ我々の今日知り得たことを、今日の腦力にてどこまでも推すと、斯かる考に達するといふまでである。

 一々詳しいことは解らぬが、生物の各種が絶えず少しづゝ進化し、且初一種のものも後には數種に分かれるといふ以上は、生物の系圖が大體に於て樹枝狀を呈することは確である。根元(ねもと)が一本の枝も何囘となく分岐して枝の數が益々增加し、その末梢を數へると非常に多くある如く、生物の系統も、初一種のものも常に枝分れして、種類の數が追々增加し、今日見る如き多數の種屬が生じたのであらうが、今日我々の目の前にあるのは卽ち末梢端に相當する部だけで、幹や太い枝に當る處は既に死んでしまつた後で、見えぬから、我々は木の枝を見る如くに生物の系統を一目瞭然と見ることは出來ぬ。大木が土に埋もれて梢が現れて居るならば、たゞ土を掘りさへすれば直に枝の形を見ることが出來るが、生物の方では先祖は總べて遠い昔に死んでなくなり、古代の生物が化石となつて今日まで殘つて居るのは、極めて小部分に過ぎぬから、大抵の場合には直接の方法で生物各種の系圖を明にすることは出來ず、據(よんどころ)なく解剖上・發生上の事實を基として推察するばかりである。

 倂し推察とはいつても、總べての生物の總べての解剖上・發生上の點が十分に解つた後には、隨分誤らぬやうに生物の系圖の大部分を考へ出すことが出來る筈である。數十萬の生物種類を解剖上・發生上の類似の度によつて分類し、最も相似たものを集めて各々一群とし、最も相似た群を集めて更に一段大きな群とし、次第に大きな組に造り、常に似たものは集め、異なつたものは離すといふ主義に隨つて、全生物界を二大系統に編成したと假定すれば、之が卽ち生物各種の系圖を示す譯で、先祖が如何なるものであつたかは直接に解らぬが、生物各種の間の親類緣の濃い薄いは、之によつて明に知ることが出來る。昔の博物學者は動植物を分類するに當つて、たゞ容易に各種を搜し出せるやうにと務め、そのために都合の好い點か一つ二つだけ標準としたから、その分類表は極めて人爲的のもので、單に索引附きの目錄に過ぎなかつた。「林氏綱目」の如きは、單に雄藥と雌藥との數で總べての植物を分類してある故、櫻草も躑躅も煙草も朝顏も、五本の雄蘂と一本の雌蘂とを有するといふ所から、皆同一の目の中へ編入してある。然るにこゝに述べたやうな方法により、解剖上・發生上の點を悉く考へ、各種間の親類緣の遠い近いを確めて分類すれば、その結果は單に生物の名稱を竝べるが如きものではなく、直に生物の自然の系統を現すことに當るから、前の人爲分類に對して、之を自然分類と名づける。今日動物・植物の分類に志す人等の理想目的とする所は之である。

[やぶちゃん注:「林氏綱目」分類学の父と称せられるスウェーデンの博物学者カール・フォン・リンネ(Carl von Linné 一七〇七年~一七七八年)が一七三五年に刊行した、動植物を分類した書「自然の体系」(Systema Naturae)。二章 進化論の歷史(1) 序・一 リンネー(生物種屬不變の説)を参照。]

 古今の生物の解剖上・發生上の點が悉く解つてしまへば、之を基として、たゞ一通りの自然分類だけより出來ぬ筈で、この分類が直に生物の系統を現すべき譯であるが、生物の解剖・發生等は現今我々が研究最中で、今日までに發見し來つたことを顧れば、隨分澤山にあつて、たゞ學術進步の速なのを驚くばかりであるが、尚解らぬこと、今より研究すべき事項などを考へると、殆どまだ山の登り口に居る如き心地がして、人間の知識の進步は斯くまで遲いものかと歎息せざるを得ぬ位故、今日直に自然分類を完成することは素より出來ぬ。それ故、今日の所謂自然分類といふものは皆不完全なもので、餘程までは分類者一人の想像に基づくが、人々により各々その知る所の部分が異なり、見る所の點が異なる故、殆ど人一人にその自然分類と稱するものが違ひ、動物學の書物でも、植物學の書物でも、二册取つて比べると、分類法の全く同じものは殆どない。一種一種の生物の系統に關しては、尚更議論が多い。倂し之は我々の知識の不足に基づくこと故、殘念ながら今日の所如何とも致し方がないが、生物の系統を圖に畫けば、必ず樹枝狀を呈するといふ大體のことに至つては、生物學者中最早人も異存を唱へるものはない。

[やぶちゃん注:現代ではこの形態分類学は廃れ、分子生物学の発展によって、旧来の類縁関係が単なる平行進化でしかない、全く近縁でもなんでもないケースも多数見つかっていることは言うまでもない。生物分類は現在、根本的に非常に大きな再検討期に入っている。]

 生物各種は絶えず少しづゝ進化して、且初一種のものも後には數種に分かれるから、生物の系統は樹枝狀を呈するといふことは、決して單に生存競爭・自然淘汰等から理窟で推した結論に止まる譯ではない。實際生物が斯かる有樣に進化し來つたことの證據は、生物學の各方面に殆ど幾らでもある。次の章以下數章で述べるのは、皆生物進化の證據といふべき事實である。元來、事實があつて然る後にその説明を要するのが順序であるから、生物進化が事實であることを證據立ててから、如何にして斯かる進化が起つたかといふ説明に及ぶべきであるが、河を探險するには多くは河口より潮つて進むが、人に教へるときには、水源から河口の方へ降つた方が解り易いやうな事情もあるから、本書に於ては先づ原因の方から先に説いて、結果の證明は後へ廻すこととした。第三章より本章までに説いたことは、ダーウィンの自然淘汰説の大要で、生物の進化は如何にして起つたかといふ説明であるが、次の章より述べることは、生物學の各方面から選み出した事實で、孰れも生物の進化を證明するものである。自然淘汰説の方は一々の場合に當て嵌めると、まだ不十分な點もあり、自然淘汰ばかりでは説明の出來ぬ現象もあつて、追追改められることがあるかも知れぬが、次の章より述べることは、孰れも有の値の事實である故、誰も否認することの出來ぬ性質のもので、これらの事實が證明する所の大事實、卽ち生物は恰も樹の枝の如くに分岐して進化し來つたといふ事實も、また誰も認めなければならぬものである。今日生物學者に之を疑ふものが一人もないのは、決して單に自然淘汰説から理論的に考へたのではない。寧ろ生物學の各方面には、生物の進化を證明する事實が無數にあるからである。

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