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2018/01/30

芥川龍之介 手帳10 《10-5》

《10-5》

○おおフロリアンよ フロリアンよ わたしにおいしいお菓子をたべさせてくれたフロリアンよ(結句)

[やぶちゃん注:「フロリアン」ドイツ語・フランス語圏等の男性名の Florian(フランス語異形に Florent(フローラン/フロラン)もある)であるが、これは高い確率で四条後に出る当時のドイツ映画「ゲニーネ」(Genine:後注参照)のカール・メイヤー(Carl Mayer 一八九四年~一九四四年)の原作の、自死するヒロイン・ゲニーネのエンディングに近いシーンの原作の台詞ではないかと推測され、「フロリアン」は彼女に失恋して最後にやはり命を絶って彼女の遺体に斃れ伏す男性の主人公の名(Friseurlehrling Florianと考えてよいであろう。原作を知らぬので何とも言えぬが、後で挙げるリンク先の梗概から見ても、この「お菓子」とは人間の血液であると思われる。]

 

door―Palace of Sweet(gilded)

[やぶちゃん注:大文字になっているから、「扉」に記された館か部屋の固有名の記銘か。(「金鍍金(メッキ)された」)『甘き宮殿』。]

 

O Soldi. ナポリの民謠

[やぶちゃん注:「Soldi」はイタリア語で最も普通に使われる「お金」の意の単語だが、こんな題名の民謡はない。ナポリで有名な民謡と言ったら、「オー・ソレ・ミオ」(ナポリ語で単に「私の太陽」。「'O」は冠詞であって感動詞ではない)で、その綴りを誤ったものではなかろうか?]

 

○畫の中の女 足少し惡イ

[やぶちゃん注:もしこの「畫」というのが前に出、次に出る映画「ゲニーネ」(次注参照)の「映畫」の画面の中の女であるとすれば、ヒロインのゲニーネである。同作は今回、音楽英語単独字幕途中挿入You Tube 全篇映像Robert Wiene's "GENUINE A Tale of a Vampire" (1920)を見ることが出来たのであるが、彼女を演じた女優フェルン・アンドラ(Fern Andra)の演技は、特殊な演出によって、終始、カラクリ人形のような、ギクシャクした演技をしており、その異様な歩き方は、あたかも足が少し悪いのではないか? と思わせるものではある。]

 

○獨乙のゲニイネの中の主役フロリアン

[やぶちゃん注:これは一九二〇年に製作されたドイツ映画Genine(ゲニーネ:吸血鬼のように血液飲用嗜好癖を病んでいるヒロイン(映画の中での彼女の設定自体が女優である)の女性の名)で、「フロリアン」は彼女に恋し、破滅して行く主人公の男性 Florian である。奇体な梗概はサイト「Movie Walkerを参照されたいし、全篇動画も前条に注した通り、音楽附き英語挿入字幕のYou Tube Robert Wiene's "GENUINE A Tale of a Vampire" (1920)で見ることが出来る。この映画は、かのドイツ表現主義映画を代表する、私の偏愛する幻想的怪奇映画「カリガリ博士」(Das Kabinett des Doktor Caligari:「カリガリ博士の箱」 一九二〇年)の監督ロベルト・ヴィーネ(Robert Wiene 一八七三年~一九三八年)と原作カール・メイヤー(既注)の同じコンビで製作されたもので、「カリガリ博士」と同じく、強烈な表現主義演出が行われている。]

 

○三好の畫――春の野邊

[やぶちゃん注:当初、山水画をよくした日本画家三好雲仙(うんぜん 文化九(一八一二)年~明治二八(一八九五)年)かとも思ったが、「春の野邊」が正確な作品名だとすると、「三好」とは戦前のモダニズムの洋画家で当時は新進気鋭であった三岸好太郎(明治三六(一九〇三)年~昭和一九(一九三四)年)の姓名の略ではあるまいか?(実は私も三岸好太郎を「三岸」が言い難いから「三好」と短縮して記憶しているからである) 彼は大正一三(一九二四)年の第二回春陽展で「兄及ビ彼ノ長女」などを出品して春陽会賞を主席で受賞しているが(ここはウィキの「三岸好太郎の記載)、落合道人ブログの「画家たちの第一歩を伝える『中央美術』」の中にに、『時事新報』の当時の記事「米の配達しながら絵を勉強する人----二十二才の三岸氏 昨日春陽会賞の首席を占む」を引き(太字下線やぶちゃん)、

   *

 入賞者のうち最高点の三岸好太郎氏は北海道札幌の生れで本年二十二才の青年である。目下はキリスト教青年会の家庭購買組合に雇はれ、米の配達をやりながら苦学をつづけてゐる奮闘の士である。去年は「オレンヂ持てる少女」[やぶちゃん注:前年の第一回春陽展に出品して入賞した作は「檸檬持てる少女」が正しい。]出して入選し今年は「春の野辺」他三点を出して美事入賞したのである。同君は語る。「私は十三の時父を失って、それから上京し大野麦風さんの弟子になりましたが、間もなくそこを出て下谷郵便局員となり小林喜一郎君と一緒に働いてゐました。今は郵便局もやめましたがやはり同君と同じ宿にゐて一緒に絵をかいてゐます。今年は「春の野辺」他三点を出して美事入賞したのである。

   *

とあるからである。手帳の時制的にも違和感がない。]

 

○三角の肩かけ(赤)――女

[やぶちゃん注:これも或いは三岸好太郎の絵かも知れない。彼には知られた赤い服の女性の肖像画や赤系に服を塗った作品がしばしば見られるからである。]

 

○蒙古の子供カボチヤを食ふ 顏が黃いろくなる お前は南瓜を食つたね 鉈割南瓜

○塗料の職工の組長 ニッケル時計をぬすまれる失ふ(工場で) 易者に見て貰ふ 曰盜まれたり 年三十五六と云ふ 組長その後三十五六の職工に當つける 六年間變らず 人を介して了解を求むれどもきかず 組長曰一生言ふといふ 職工易者を恨む

○叔母 習字の甲上を障子に貼る 子一晩泣く

[やぶちゃん注:「甲上」教師の最高評点である。]

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