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2018/01/22

芥川龍之介 手帳8 (20) 《8-23》

《8-23》

○まいろや まいろや パライゾの寺にまいろや パライゾの寺とは申すれど 廣い寺とは申すれど 廣い狹いは我胸にあり(浦上)

[やぶちゃん注:歌謡研究会発行のメール・マガジン「歌謡(うた)つれづれ」の永池健二氏の「パライソの寺へ参ろうやれ― 生月島・かくれキリシタンの歌オラショ―」に(リンク先は同メルマガのサンプル・ページ。但し、配信は既に終了している)、長崎県平戸市に属する、平戸島の北西にある有人島である生月島(いきつきしま)の生月町の博物館の紹介ビデオから採集された「かくれキリシタン」の歌「ダンジク様の歌」(「生月島のオラショ 山田のオラショ一座」)の歌詞が載り、それが、この芥川龍之介のメモした歌と酷似する

   《引用開始》

 

  ウー 参ろうやな 参ろやなぁ。

  パライゾの寺にぞ 参ろやなぁ。

  パライゾの寺とは 申するやなぁ。

  広いな寺とは 申するやなぁ。

  広いな狭いは 我が胸に 在るぞやなぁ。

 

  ウー 柴田山 柴田山なぁ。

  今はな涙の 先なるやなぁ。

  先はな助かる 道で あるぞーやなぁ。

 

   《引用終了》

この歌について、永池氏は、

   《引用開始》

いま、この歌を静かに、しかし、力強く唱和する信徒の人びとの歌声をそのままお伝えできないのは、まことに残念です。しかし、この歌の言葉を見ただけでも、パライソの神への一筋の思いをこのような歌でしか表出することができなかった人びとのひそやかな歌声がその行間から聞こえてくるような気がします。

キリシタンの信徒たちは、布教時代に宣教師から習い覚えた異国の祈祷の詞章を、禁制下にあっても失うことなく口伝えに受け継いできました。生月の人びとは、それを「オラショ」や「ゴショウ」と呼んでいまも大切に伝えています。その大半は、節を伴わず口唱されるだけの唱えごととなっていますが、その中には、節を伴って歌われる「歌オラショ」と呼ばれる歌が、各地区に数曲伝えられています。上の歌は、その中でも、日本人の信徒によって作られたものと思われる珍しい日本語の歌で、生月島でも、山田地区の信徒の人びとの間でのみ伝えられている二曲の日本語の歌オラショの一つです。地元では、船で島外に逃げようとして果たせず殉教した三人の親子 ―ダンジク様― を偲び歌ったものと伝えられています。

[やぶちゃん注:中略。]

強い信仰や憧れの思いを、対象を空間的に想定して「~へ参ろう」とうたうのは、古代以来の日本の伝統的歌謡に特徴的に見られる一類型といってよいものです。生月島のダンジク様の歌は、そうした伝統的な表現類型を見事に踏まえながら、禁じられた信仰を長い弾圧の時代を通じて持ち伝えた人びとだけが表出しうる独自の表現として見事に結実させていると思います。

人びとは、その信仰心の素直な発露のままに「参ろうやな 参ろうやな」と歌いあげる。しかし、その参るべきお寺も拝所も、禁制下のキリシタンの人びとにとって、それは現世のどこにも存在しないのです。

「パライソ(天国)の寺にぞ参ろうやなぁ」という一句の表現には、そうした人びとの一筋の思いが、極限まで純化され、珠玉の結晶として歌い込まれているような気がします。

第一節の後半部の一句「広いな寺」は、分かりにくい表現です。あるいは、長い伝承の内に何か転訛があったものかもしれません。しかし、それに続く後半の一句「広いな狭いは我が胸に在るぞやなぁ」は、また、私に次のような歌を想起させます。

[やぶちゃん注:長い区切り記号を「*   *   *」に代え、アラビア数字を漢数字に変更した。]

*   *   *

 極楽浄土は一所、勉め無ければ程遠し、

  我等が心の愚かにて、近きを遠しと思ふなり

          (梁塵秘抄 一七五)

*   *   *

この世の諸々の苦しみや悩みを厭い離れて、ひたすら超越的な精神の高みに至ろうとする人びとがおのが心と描き出す精神の軌跡は、その信仰の内容にかかわらず、驚くほど同じかたちをとるものだと思わずにはいられません。

   《引用終了》

と美事な解釈をなさっておられる。芥川龍之介もまた、この永池氏と同じような深い感銘をこの歌から受けたものであろう。]

 

○さへづり草 トロンぺイタ 河童

[やぶちゃん注:「さへづり草」は明治四三(一九一〇)年に発行された見聞録。ウィキの「さへづり草」によれば、和漢の故事・地名人名の由来・俳諧俳人についての噂話・芝居の役者の伝記・動植物の名義・世間の風俗・風評及び地誌などを書き綴ったもので『著者は、俳人の加藤昶』(きよし 寛政七(一七九五)年~明治八(一八七五)年:別に藤原長房とも。号は雀庵など)で、本書は天保年間(一八三一年~一八四五年)から文久三(一八六三)年までの約三十『年間に雀庵が「見聞に任せて座右消閑にものしたるもの」を』、この明治四十三年になって『室松岩雄編・雀庵長房著「さへづり草 むしの夢」として一致堂書店より刊行』したものであるとある。幸い、国立国会図書館デジタルコレクションの画像で視認することができ、調べて見たところ、「水虎の名義」の章で、河童の本邦各地での呼称を並べた後に、『さて紅毛言(こうもうことば)にトロンペイタとよべるのみ、今其名義考ることを不得、さて漢土にて水虎(すゐこ)と書るも水にての虎と云る義にて、こゝの川太郎とその義と[やぶちゃん注:この「と」は印字が擦れているので推測。]よくあへり』とあるのを見出せた。さてもその「トロンペイタ」なのだが、そもそも本邦固有の河童の外国語などというのは、あろうはずがない(英語ではそのまま“kappa”だ。但し、“Water imp”とか、“river imp”という説明的な成語はある(“imp”は「インプ」で、悪魔の一種。ウィキの「インプ(悪魔)」によれば、体長十センチメートルほどで『大きくても』、『人間の子供』ほどしかなく、『全身が黒く、充血した目をしており、ピンと尖った耳に、ぽっこりした腹をし、鉤のある長い尻尾を持った姿をしている』とある。元来、“imp”は「挿し木」などの「枝」を『意味し、種から育ったわけでもな』いのに、『果実を実らせることから、魔術的な意味があるといわれていた。当初は、妖精に分類されていたが』、十六『世紀頃になると、学者たちによって悪魔に分類され』、『その後、頭髪がなくなり、角や蝙蝠のような翼が加えられた』とあるが、こりゃあ、河童でねえって!)。

そこでまず、「トロンペイタ」が何語で何の意味かを考えて見ることにした。語学は苦手なので、意味を考えてみる。つくづく考えて見て、まず、初めて見た「河童」の絵に、外国人は、その体のどの部分を真っ先に瞠目するかを考えて見た。皿か? ありゃ、多くの自身、宣教師の頭と同(おんな)じで、それに吃驚はすまい。何に吃驚するかって、そりゃあ、

あの河童特有の、突き出た嘴(くちばし)じゃあ、ないカイ?!

おお! そう言えば!

この「トロンペイタ」って言葉は口に突き出るように添えて吹く「トランペット」に似てやしないカイ?!

そこでネットを頼りに調べてみた。発音が似ているのはドイツ語で“Trompete”で「トロンペーテ」だが、シーボルトがいるけど、ちょっと「紅毛言」葉としっくり来ない気もするし……そこでまずは……

オランダ語は、豈に図らんや、“trompet”で「トロンペット」

でフツー過ぎて違うぞ?

よし! そいじゃ、今一つの江戸以前の紅毛語となりゃ、あれだろ!

ポルトガル語ではズバリ! “Trombeta”で、ネイティヴの発音を聴くと、これまた、「トロンベータ」だッツ!!!

それよ! それ!

「河童」の絵を見たポルトガルの宣教師か商人か船長が、

――なんだ? この「トロンベータ」(トランペット)みたような口は?!

と恐怖の声を挙げた時、未だ不勉強な日本人通辞が「河童」をポルトガル語で「トロンペイタ」と言うのだと、聞き違え、思い違いをしたんじゃなかろうか?! 久々に考証が面白かったワン!]

 

café の女ノ顏ズツト(ソノ日中)忘ル 曉方思ひ出す

Political conflict is genuine only in the broken country. See Croatia.

[やぶちゃん注:「政治的紛争は、毀れてしまった国家にあってのみ、本物(純正・正真正銘のもの)となる。クロアチアを見るがいい。」。ウィキの「クロアチアによれば、一九一八年、『第一次世界大戦の敗北』によってオーストリア=ハンガリー帝国が崩壊し、旧オーストリア=ハンガリー『から離脱したスロベニア人・クロアチア人・セルビア人国は、南スラブ民族による連邦国家の構成と言うセルビア王国の提案を受けて、セルブ=クロアート=スロヴェーン(セルビア・クロアチア・スロヴェニア)王国の成立に参加』したとある。芥川龍之介没後のこととなるが、一九二九年は『国名をユーゴスラビア王国に改名した。しかし』、『この連邦国家にはクロアチア人側から、セルビア人に対して政府をコントロールしているのはセルビア人であるとする反発が大きく』、一九三九年には』、『この不満を解消する目的で、広大なクロアチア自治州』『を設定したが、批判も多かった』とある。龍之介の言葉は、その後の社会主義化や民主化・独立、クロアチア紛争やボスニア・ヘルツェゴビナ紛争への介入などを射程に入れた時、まさに皮肉にも生きてくるようにも思われる。]

 

Have you a conscience. Go to theatre!  You will be welcomed as a modern prodigal son!

[やぶちゃん注:「君は良心を持っているかねぇ。そうかね、ならば、さあ、劇場に行こうぜ! 君は現代の放蕩息子として歓迎されることだろうよ!」か。]

 

○日蓮上人金を得る爲に運動す money の問題

[やぶちゃん注:日蓮のどのような行動を指しているのか、ぱっと直ぐには想起出来ない。ありそうな気はしているが、寧ろ、日蓮が、「由比ヶ浜の和賀江ノ島寄りで通行税を取って金儲けをしている」として、極楽寺の忍性を批判し、幕府に訴え出たことの方が頭に浮かんでしまって離れない。判ったら、追記する。これ、今のおぞましき創価学会ならよく判るんだけどなあ……。]

 

○父

妾→私生子(トドケ)

   >子

小間使

[やぶちゃん注:以上の条は岩波旧全集にはない。]

 

○伜父母をひきとる  materially ニトム 父母ヲひきとる 伜イカル Thema not yet matured

[やぶちゃん注:「materially」「実利的・物質主義的」の意か(遺産の分配相続のことを見越しての意か)。

Thema not yet matured」「未だ(その前に記された)テーマは熟成されていない」という自身へのメモ書きか。]

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