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2018/01/16

芥川龍之介畏友井川恭著「翡翠記」(芥川龍之介「日記より」含む) 「八」

 

     

 

   4 Nの手紙  その一

   …………………………………………

 僕の生活は只もう平穏無事です。

 兄(けい)のお言葉の通りあれ程恐ろしい響を僕の頭の中に伝えた岩元さんと云う文字でさえ幾度繰り返して見ましても今は何等の反響をも起しませぬ。

 毎日母の手料理を並べた一つ卓(つくえ)に皆して向った時はあの恐ろしい賄い征伐の喧噪も十世紀も廿世紀も昔の音として僕の耳底のどこやら一部分に少しばかり止って居る位のもの、僕の心には只幸福の穏かな波のみ打ち寄せ只静かな恵の風のみ吹いてまいります。

 然し今や独りで黙想するといった様な時間は著しく減じました。井川君、霊の船は暴風激浪を侵して突進する時には決して顛覆の憂(うれい)は無くて反って静穏な港の中で自ら沈没してしまう事は無いでしょうか―此んな事が時々思い浮べられます。然し僕は此の港内に泊って居る間に破れた部分を修繕し十分の休養を積んで再び大海の激浪中に乗り出す準備を怠らぬ様にする考です。

 此の頃の月はどうです。今晩は確か日待ちでしょう。僕は毎晩浜辺を訪れます。

 虫の鳴いて居る小路を辿って月見草の中を分けながら砂丘を上り松林の間をくゞつて渚に出ますと、其処には潮のひいたあとが黒く残って居ます。西の方には新城(しんじょう)の岬がつき出して東には大山の鼻が静に黙して横たわって居ます。遥か沖には夜釣りするかゞり火が二つ三つ宛(ずつ)群をなしてかすかにチラツイて居るのが見られます。僕は砂の上に腰をおろします。

 幾匹とも知れぬ銀の龍が背を連らね列をなして沖の方からウネウネうねって来ます。と、忽ち響く轟きと共にそこら一面に起る真っ白な涌き立つ雲の中に姿をかくして脚下を襲ってまいります。

 僕の心は此の音を耳にし此のさまを目にして居(お)る間に遠いとおい国へ導かれます。そして幾時をすごした後に静かに立ってしめった砂地を踏みしめて寂しい足跡を残しながら家路につきます。

   4 Nの手紙 その二

   …………………………………………

 僕の四囲は至って静かです。然し此頃何故か僕の内部は静かで無い事が多う御座ります。いたましい程醜悪な自分の姿がまざまざ目の前につき出されて居る事を感じない時はすくなう御座ります。罪の感が次第に痛切になります。自分の一度犯した罪は終に消える可きもので無いと考えてふるいおのゝく事も御座ります。

 僕は此頃自分の著しく傲慢である事を思います。自分で此れは謙遜な行為だと感じて居る時の人の傲慢ほど甚しい傲慢が世にありましょうか。

 然しかすかながらも光は胸の中にさして居る様です。生命の泉は草深くうずもれた中にかすかな音をたてゝ涌いて居るのを感じます。

…………………略…………………

 以上はA君、Ⅰ君、F君、N君の四人からよこした沢山の手紙の中からえらんだ僅かなパッセージである。

 その選び方が僕の目的に対して妥当なものであったか如何(どう)かは僕の知る所で無い。

 又この四人の友人が各自に異った個性を持っている如く、僕とかれ等との間にもいちじるしい性格の相違がある事は明らかである。たゞいろいろの場合に於て、またいろいろの物に対してA君と僕との考え方や感じ方が一致する傾向が強かったことも事実である。

 

[やぶちゃん注::前にした通り、「N」は井川(恒藤)と同じく、京都帝国大学法科大学を卒業後、教育者となり、最後は京都市立美術大学学長に就任した長崎太郎である。彼は高知県安芸郡安芸町(現在の安芸市)の出身である。

「岩元さん」わざわざ井川がここを出す以上は、続く寮生活の「あの恐ろしい賄い」と関係のある人物とか、寮長とかが想起はされるが、よく判らぬ。

「新城(しんじょう)の岬」高知県安芸市穴内乙新城がある((グーグル・マップ・データ))が、岬ではない。困った。郷土史家の御教授を乞う。

「大山の鼻」現在の高地県安芸市下山新城にある大山岬か。(グーグル・マップ・データ)。

「A君」芥川龍之介。]

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