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2018/01/13

芥川龍之介畏友井川恭著「翡翠記」(芥川龍之介「日記より」含む) 「三」

 

     

 

 あさ日が向いの岸の高い樹々の梢を漏れて、濠の水のうえに落ちて来る。夙くめざめた人が棹をさして徐(しず)かに濠のうえに船をすべらせて往った後には、水がゆんらゆら何時までも揺(うご)いていて、そのうえに落ちる日の光りの反射をこちらの家の椽に向っている壁や天井に投げあげる。反射された光りは天井に沿い壁を伝って彩(あや)も無くめまぐるしく乱れ騒ぐ。

 弟が靴を穿きゲートルの釦(ぼたん)をはせて出て行ったあとには、母が洗いものをしたり家の掃除をしたりする。それがすむと円いめがねをかけて一しきり聖書をよんでいる。それもすませると今度は押入からつぎ布(き)れや針箱を出して縫物をはじめる。[やぶちゃん注:太字は底本では傍点「ヽ」。]

 僕はとなりの部屋で気の向いた書(ほん)をよむが、じきに飽いて散歩に出かける。家の前を一寸曲がって櫨(はじ)の木の生えている川沿いに行く。[やぶちゃん注:「櫨(はじ)」のルビはママ。双子葉植物綱ムクロジ目ウルシ科ウルシ属ハゼノキ Toxicodendron succedaneum のこと。或いは、松江では「はぜ」を「はじ」と呼ぶのかも知れぬ。]

 明るい耀やかしい朝の日光が一杯にそゝいで作物の緑りを鮮かに浮き立たせている畑のなかで、家庭学院の少年たちがよく畑(はた)を打っている。きのう今日は周囲の杉垣を長い鋏で苅り込んでいた。[やぶちゃん注:「家庭学院」底本の後注に『松江城下西側稲荷橋の近くにあった少年厚生施設』とある。ここ(グーグル・マップ・データ)。稲荷橋西詰めの角の辺り。]

 彼れ等のいずれもがそれ夫(そ)れその生涯に附きまとう何らかの暗い影を持っている為にそこの建物に収容されているのであろうが、活発なあさの日の光りの躍動と元気好げな早朝の労働とは、そう云ったようなくらい影を痕も無く消して、同じ年配(としごろ)の少年たちの誰れもが享け得る幸福を平等に彼れ等のうえにもやどらせているように思われた。[やぶちゃん注:「それ夫(そ)れ」のルビはママ。]

 城見畷(しろみなわて)の方をながめながら稲荷橋を渡って御城内へ入って行くと急に湿めやかな露をふくんだ草木(そうもく)の気が冷(ひ)いやりと迫って来る。片側は雑木や竹笹の密生している崖であるが、片側はどれも是も屋根庇(ひさし)の朽ちた古い家がまわりに生籬(いけがき)をめぐらして離ればなれに立っている。その薄暗い玄関の戸口から出て、傾きかゝつている門をくぐり、苔蒸した石段を踏んで、どんなさびしいすがたの人が下りて来るだろうかとうつかり想像がはたらき始める。[やぶちゃん注:昔、芥川龍之介の俳句研究で非常にお世話なった「松江一中20WEB同窓会・別館」(サイトリンクの一番下に私のサイトが紹介されている(但し、旧リンク))の塩見?城見?を参照されたい。現在の松江市北堀町の中央附近(グーグル・マップ・データ。小泉八雲旧居に近い)の呼称である。]

 血の気の褪せた青白い顔に過ぎ去った時代の俤(おもかげ)をただよわせ、細く切れた眼のふかい暗いひとみの中に荒廃の底に沈んで行く一切の古いものの悲しみを湛えている様な肩のやせた女のかたちが影のように目の前をとおりすぎる……そうした幻影を苦も無く裏切って現(うつつ)の人があらわれる事をないしょで怖れながら独り歩みを早めて行く。

 高い高い松の木と椎の木とが抱き合いながら路の上に蔽いかぶさるように生えている下をとおってギリギリ井戸のあたり迄来ると今まで自分が爽かな夏の朝の涼しさにひたひたに浸りながら歩んで居たんだと云うことを、俄かにそして泌(し)みじみと意識する。[やぶちゃん注:「ギリギリ井戸」底本の後注によれば、城内の『馬洗池の向かいにあった井戸』とあるから、附近にあった井戸と思われる(グーグル・マップ・データ)。]

 稲荷橋を渡ってからめがね橋に来るまでの城の裏手の道、灌木と荊棘(いばら)に蔽われている城の石垣、その下に浮き藻を揺(ただよ)わせてあおぐろく淀んでいる濠の水――廃滅と静寂とがつめたい頬を摺り合せてそれ等のものゝ間に「過ぎし世」の悲しみをなげき歌うている。[やぶちゃん注:「めがね橋」松江城の東にある北惣門橋のこと((グーグル・マップ・データ))。ここはかつて石造アーチ橋であった(現在は木製の平板な橋に架け替えられてしまっている)。]

 螺旋形(らせんけい)の馬車道だのペンキ塗の興雲閣(こううんかく)だのが、城跡や、城跡の持っている情趣やと没交渉の存在の権利を不当に要求している城山の表側の方へは帰ってから未だ一度も歩みをすゝめたことがない。[やぶちゃん注:「興雲閣」旧松江城内南端にあり、底本後注によると、明治三一(一八九八)年に『松江城二の丸に工芸陳列所として建立された木造二階建ての洋館』で、明治四〇(一九〇七)年には『皇太子殿下』(後の大正天皇)『行啓の際、御座所となった』とあり、現在、松江郷土館となっている。(グーグル・マップ・データ)。]

 

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