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2018/01/14

進化論講話 丘淺次郎 第九章 解剖學上の事實(3) 三 獸類の頸骨

 

     三 獸類の頸骨

 

Kirikeikotu

[麒麟の頸骨]

Kujirakubi

[鯨の顎骨]

[やぶちゃん注:孰れも底本国立国会図書館デジタルコレクションの画像を使用した。それが判るように、後者の画像にはキャプションを残した。後者にはご覧の通り、頸骨のキャプションと指示線がある。]

 

 誰も知つて居る通り、獸類の中には駱駝の如く頸の長いものもあれば、猪の如く頸の短いものもある。尚甚だしい例を引けば、アフリカに産する麒麟は、全身が三間[やぶちゃん注:五メートル四十五センチメートル強。]もあるが、頸だけでも六尺[やぶちゃん注:一メートル八十二センチメートル弱。]は十分にある。また鯨・海豚(いるか)の類になると全く魚の如くで、頭と胴との間に別に頸と名づけて區別すべき部分はない。然るに奇妙なことには、これらの動物を解剖して見ると、頸の長い短いに拘らず、頸の骨は必ず七個ある。人間でも猿でも、牛・馬でも、犬・猫でも、頸の骨數は皆七個と定まつて居る。獸類では他の脊椎動物と同じく、頭の後から尾の先まで、數多の脊椎骨と稱する短い骨が恰も珠數の如くに連なつて、身體の中軸を造つて居るが、胸の邊ではこの脊椎の兩側に皆肋骨が附いてある。その第一番の肋骨の附著して居る脊椎より前に位する脊椎が卽ち頸の骨であるが、頸の長短に拘らず七個あるから、一個づゝの頸骨の形は種類によつて大に違ひ、麒麟の如き頸の長い獸では各々長さが一尺[やぶちゃん注:三十・三センチメートル。]程もあつて火吹竹の如く、鯨などのやうな頸のない動物では短い間に七個押し合つて入つて居るから、各々薄く扁平で、恰も煎餅の通りである。

 斯く獸類の顯の骨は必ず七個に限ることは、生活上何か必要があるかと考へるに、少しもさやうなことはない。現に鯨の中でも或る種類では七枚の頸の骨は癒着して一塊となり、僅に境界の線が見えるだけで、働きの上からいへば、全く一個の骨となつて居る。他の動物でも七個では困るといふ理由もない代りに、また七個でなければ頸が十分に働かれぬといふ譯もなく、六個でも八個でも乃至十個でも、生活の上には少しも差支へはないやうである。然るに實際に於ては斯くの如く頸の長短に拘らず、頸の骨が必ず七個あることは、若し動物各種が全く別々に造られ、そのまゝ少しも變化せずに今日まで生存し來つたものとしたならば、たゞ奇妙といふだけで、毫もその理由を了解することが出來ぬ。

 之に反して若しこれらの動物は皆同一の先祖より進化し降つたもので、その共同の先祖が七個の頸骨を有して居たと假定したならば、頸骨の七つあるといふ性質は、遺傳によつて總べての子孫に傳はり、生活法の異なるに隨つて自然淘汰の結果、各々適宜に長くも短くもなつたものと考へて、一通り理窟が解る。若しさうとしたならば、斯かる點は恰も家の紋の如きもので、現在の職業は互に如何に異なつても、一家一門の中は皆紋だけは同じである通り、現今地上を走るものも、海中を游ぐものも、ともにその先祖の圓じであるといふ符號を身體構造の中に存して居る次第であるから、昔に遡つて系圖を取調べるといふやうな場合には、最も重要な參考の資料となるものである。

 

Yadokari

[寄居蟹]

[やぶちゃん注:明瞭な講談社学術文庫版を用いた。

「寄居蟹」「やどかり」。節足動物門甲殻亜門軟甲(エビ)綱十脚(エビ)目抱卵(エビ)亜目異尾(ヤドカリ)下目ヤドカリ上科 Paguroidea のヤドカリ類。]

 

 以上の如きことは、他の動物の他の體部に就いても幾らもあることで、例へば我が國の海岸の淺い處には蝦・蟹の類に屬する寄居蟹(やどかり)といふものが澤山に居るが、その身體の全體は稍々蝦に似て、前半は頭・胸、後半は腹である。空(あ)いた介殼を搜し求めて、常に體の後半をその中に入れ、介殼を引き摺りながら、水の底を這ひ步き、敵に遇へば忽ち全身を殼の中に引き込み、大きな鋏を以て殼の口を閉じるが、試に一疋を捕へ、無理に殼より引き出して檢すれば、體の後半卽ち腹部は常に介殼の中に保護せられて居る處故、皮膚が甚だ柔くて、蟹や蝦の堅い甲とは全く違ひ、且介殼の中に都合よく嵌まるやうに螺旋狀に卷いて居る。さて蟹と蝦と寄居蟹とを比べて見るに、一は巧に走り、一は速に游ぎ、一は介殼を引き摺つて這ひ步き、運動法の異なるに隨ひ、體格にも著しい相違があるが、これらの動物を竝べて置いて、その體の後部卽ち腹と名づける處を比較して見ると、外形が違ひ働が異なるに拘らず、孰れも皆根本の構造に一致した處があり、恰も同一の模型に從つて造つたものを、更に各々生活の有樣に應じて造り直した如くに見える。先づ蝦の腹を檢するに、六個の節より成り、その先端に尾が附いてあるが、每節ともに堅い甲で蔽はれ、その裏面には左右兩側に一個づゝの橈足[やぶちゃん注:「かいあし」。]が生じてある。蟹では如何と見るに、頭胸部が非常に大きく發達し、腹部はその下へ曲り込んで隱れて居るから上からは見えぬ。俗に蟹の褌(ふんどし)といふのが卽ち蟹の腹である。蝦では腹と尾とが主なる運動の器官で、急に敵に攻められた時などは、尾を前へ強く彈ねて自身は速に後へ飛び退くが、尾と腹の内にある筋肉とはその時に働くもの故、兩方ともに十分に發達して居る。之に反して蟹では主なる運動の器官は全く胸から生じた足ばかり故、尾も腹の筋肉も退化して無くなつて居る。そのため腹は薄く小くなつて、ただ體の裏面に曲つて附著して居るに過ぎぬが、その節の數を算へて見ると、やはり蝦と同じく六つある。尤も雄では節が往々癒着して數が減じて居るが、そのやうな場合でも癒着した處には微な橫線が見えて、元來節が六つあつたことを明に示して居る。また寄居蟹の腹部は前に述べた通り、常に介殼に保護せられて居るから、皮膚が極めて柔いが、その背面には上の圖に示した如くに稍々皮膚の堅い處が六箇所だけ縱に竝んである。之は確に蝦の腹部の背面の甲に相當するもので、甚だ柔いながらも、尚元來六つの節から成り立つことの明な證據を現して居る。斯くの如くこれらの動物は腹部の形狀が實際種々に異なつてあるにも拘らず、孰れも六つの節から成るといふ點で一致して居るが、之は前の獸類の頸の骨と同樣で、皆同一の先祖から降つた子孫であると見倣せば、先づ理窟は解るが、若し初めから全く無關係の別物としたならば、蟹の褌にも寄居蟹の柔い腹にも、生活上何の必要もないのに、やはり蝦と同樣に六つの節のあることは、たゞ不思議といふばかりで少しも譯が解らぬ。

 

Makuwangani

[マッツクヮン蟹]

[やぶちゃん注:底本は画像が暗いので、講談社学術文庫版を用いた。

「マッツクヮン蟹」エビ上目十脚目異尾下目オカヤドカリ科ヤシガニ属ヤシガニ Birgus latro。「マッカン」は八重山地方で地方名(但し、呼称由来は不詳。「ガン」は九州以南では「蟹」を意味することが多いが、沖繩方言の場合は軽々には言えない気がする。論文ヤシガニと沖縄の人々の暮らし(PDF)でも、語源由来には非常に慎重である)。沖縄本島では「アンマク」と呼ぶ。陸生甲殻類内のみならず、陸上生活をする節足動物全体から見ても最大種で、より大きく、体長は四十センチメートルを超え、脚を広げると、一メートル以上にもなり、体重も四キログラム以上にも成長する。ヤシガニは「椰子蟹」で、近代の日本では、「ヤシの木に登りヤシの実を落として食べるカニ」としてのイメージが定着しているが、実際には、ヤシガニは雑食性であってヤシの実を主食とするわけでは全くなく、たまたまヤシの実を割って食べることは確かにあるが(私も実際に映像で見たことはある)、私の幼少の頃の学習図鑑に、まことしやかに椰子の木に登って(本挿絵もそうであるが、そこまではまだいい。木登りは、事実、するからである)、さらに実を切り落とす姿が描いてあったりしたけれども、実は椰子の実を採取するためにヤシの木に登る習性は確認されておらず、あのイメージは口承と誤った噂から生じた大噓と断じてよい。食用とし、ヤシガニそのものには毒性はないが、ヤシガニは雑食性で、摂餌対象物によって毒化(細菌やウイルス汚染されたものを含む)した個体を食べた場合には中毒例がある。症状は嘔吐・吐き気・手足の痺れなどであるが、重篤な場合は死亡例もある。現在、毒化個体の有毒成分の由来対象の一つはクスノキ目ハスノハギリ科ハスノハギリ属ハスノハギリ Hernandia nymphaefolia の果実(有毒物質ポドフィロトキシン(podophyllotoxin)が単離されている)と考えられているが、それ以外にもシガテラ毒中毒(ciguatera:熱帯の海洋に棲息するプランクトンが産生する毒素に汚染された魚介類を摂取することで発生する食中毒。Gambierdiscus toxicus などのアルベオラータ Alveolata 上門渦鞭毛虫門渦鞭毛藻綱 Dinophyceae に属する有毒渦鞭毛藻類が原因(由来)生物であることが多い。毒素は複数あるが、シガトキシン(Ciguatoxin)やマイトトキシン(maitotoxin)は知られる。なお、「シガテラ」の呼称は、かつてキューバに移住したスペイン人が同地方で「シガ」(cigua)と呼んでいた巻貝(英名:West Indian Top)、腹足綱前鰓亜綱古腹足目ニシキウズ超科ニシキウズガイ科アコヤシタダミ亜科Cittarium 属チャウダーガイCittarium pica による食中毒のことを「ciguatera」と呼んだことに由来するもので、非常に長い間、このシガテラ毒による魚介類の毒化機構は不明であったが、一九七七年に東北大学などの研究チームが渦鞭毛藻類による原因物質の究明が行われ、生体濃縮作用によって毒素を蓄積した魚介類の摂食が中毒原因であることが明らかされた。なお、シガテラ中毒とおぼしき記述は既に一七七四年のキャプテン・クックの航海記にさえみられる。ここはウィキの「シガテラ他(海産有毒生物は私の得意範囲ある)に拠った)が原因とする説も有力である。また、前肢一対二本のハサミの力は非常に強く、中・大型個体に不用意に触れて指などを挟まれると、切断される危険があるから、注意が必要である。]

 

 尚面白いことには、琉球の八重山島を始め南洋の諸島には「マックヮン」といふて陸上に住み、祁子の實を食ふ大きな蟹があるが、その形は頗る寄居蟹に似て、殆ど寸分も違はぬ程である。倂し寄居蟹と違ふて空いた介殼の中に腹部を嵌め込まず、裸出したまゝで落葉の間を這ひ步いて居るから、腹部も背面だけには堅い甲があるが、その數はやはり六枚である。而して腹部の裏を見ると、こゝには蝦の腹部にある如き足の變形したものが生じて居るが、たゞ片側にあるだけで左右對をなしては居ない。蟹や蝦では身體は眞に左右同形で、若し中央線に沿うて身體を縱に二つに切つたならば、左右兩半は全く同じ形となるやうな構造を有して居るが、寄居蟹は卷いた介殼の中に入るもの故、腹部だけは左右著しく不同形で、特に尾端には介殼の中軸を挾むための器官を備へて居る。然るに「マックヮン」は介殼の中へ腹部を插し入れぬに拘らず、腹部の構造は全く寄居蟹の通りで、たゞ僅にその背面が堅くなつて居るだけに過ぎぬのは、何故であらうか。之は如何に考へても、マックワンは昔海岸に往んで、腹部を介殼に插し入れて居た寄居蟹が次第に陸上に上り、陸上の生活に適した有樣に變化し、腹部を介殼の中に入れぬやうになつたものと思ふより仕方はない。若しマックヮンは初めからマックヮンとして他の動物と關係なく、全く別に出來たものとしたならば、腹部の裸出して居るに拘らず、何故、寄居蟹と同樣に左右不同形の構造を有するか、少しも理由を見出すことが出來ぬ。

 

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