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2018/02/28

栗本丹洲 魚譜 トビヱ (トビエイ)

 

Tobiei

[やぶちゃん注:図版は国立国会図書館デジタルコレクションの「魚譜」からトリミングした。右端(尾部の下方)にあるのは、先に電子化したカスザメの頭部で、本図とは関係ない。マスキングも考えたが、巻子本の雰囲気を味わうのも一興であるから、そのままとした。]

 

刻(本体右手の尾部付根下方と本体部上部)

格致鏡源引臨海異物志云有鳶魚如鳶

鷰魚似鷰陰雨皆能飛高丈餘

右所謂二魚疑此物之類乎姑錄之備後考

壬午冬日丹洲瑞見誌

 

トビヱ

 

□やぶちゃん訓読(底本はご覧の通りの白文であるので、全くの手前勝手流である。誤りがあれば、御指摘戴ければ幸いである。無論、歴史的仮名遣を用いた。以下、この注は略す)

「格致鏡源」に引く「臨海異物志」に云(いは)く、『「鳶魚(とびうを)」有り、鳶のごとし。「鷰魚(つばめうを)」あり、鷰に似て、陰(くも)り雨(あめふ)らんとするに、皆、能(よ)く飛び、高さ丈餘たり。』と。

右の所謂(いはゆる)、二魚、疑ふらくは此の物の類か。姑(しばら)く之れを錄して後考(こうかう)に備(そな)ふ。壬午(みづのえうま)冬日(とうじつ)丹洲瑞見、誌(しる)す。

 

[やぶちゃん注:一部で赤みを帯びているのがやや不審であるが、突出した頭部の形状及び頭鰭の形などから、顎口上綱軟骨魚綱板鰓亜綱エイ上目トビエイ目トビエイ科トビエイ属トビエイ Myliobatis tobijei と同定してよいであろう。小学館の「日本大百科全書」より引く。『南日本を中心とした日本各地、東シナ海などに分布する』。胸鰭が頭部へ向かって前進しており、『体の最前端部で頭鰭(とうき)を形成すること、尾部に大きな棘(とげ)をもつこと』(尾部上部に尾と並行して突出しているが、本図では上手く描かれていない。或いは丹洲にところへ持ち込まれる以前に危険性(死後でも危険)を知っている漁師捕獲した際に切り捨てた可能性もあるかもしれない)、背鰭は腹鰭よりも『後方に位置することなどが特徴である。全長』一・八『メートルに達する。胎生で、夏季に』五~八『尾の子を産む。ときに』、『水上に飛び上がるところからその名がある。練り製品の原料になる程度である』とある。

・「格致鏡源」清の大学士であった陳元龍(一六五二年~一七三六年)が一七三五年に著した事物の起源を記した科学技術書。

・「臨海異物志」三国時代の呉の武将沈瑩(しんえい ?~二八〇年)が著した浙江臨海郡の地方地誌「臨海水土異物志」のこと。世界で初めて台湾の歴史・社会・住民状況を記載すしていることで知られる。

『「鳶魚(とびうを)」有り、鳶のごとし』これがもし、丹洲が言うように本種を指しているとするならば、「日本大百科全書」が述べるような、飛ぶから「飛び鱏(えい)」なのではなくて、鳥のトビ(タカ目タカ科トビ属トビ Milvus migrans)が飛翔する姿に似ているから「鳶鱏(とびえい)」なではあるまいか? 事実、「ぼうずコンニャクの市場魚介図鑑」の「トビエイ」の「由来・語源」によれば、『東京での呼び名。鳥を思わせ、色合いが鳶色であるため』とあるのである。そうか! 茶褐色のトビ色だからトビエイじゃないか?! 私は思わず、膝を打った。

「鷰魚(つばめうを)」「鷰」は「燕」と同じい。スズメ目ツバメ科ツバメ属ツバメ Hirundo rustica である。これは後の叙述からは、やはり、実際に海上に飛び上るというのだから、丹洲の同一ではないかとする疑いも、必ずしも牽強付会とは言えない。但し、燕同様の降雨を事前に体感する能力が本種にあるとはちょっと思えない(ツバメの方は、天気が悪くなる前に湿度が上昇し、餌として咥えている昆虫の羽根が水分で重くなり、低く飛ぶようになるからなどと言われているが、水中にいる本種には湿度は無理で、低気圧を感知するというのも甚だ苦しい)。

「丈餘」一丈余り。約三メートル。

「壬午(みづのえうま)」カテゴリ冒頭注で記した通り、本図類は基本、文化一四(一八一七)年よりも前に書かれたものであろう、とした。しかし、文化十四年以前の壬午となると、宝暦一二(一七六二)年となってしまい、当時は丹洲(宝暦六(一七五六)年生まれ。没年は天保五(一八三四)年)は満六歳で、これは絶対に、あり得まい。そこで調べてみると、これより五年後の文政五(一八二二)年が壬午であるから、これと採るべきであることが判り、さすれば、この巻子本「魚譜」は文化一四(一八一七)年四月十九日に開催された幕府医学館の薬品会に出した「垢鯊図纂」に手を加えたものであると考えられる。

「トビヱ」ママ。拡大して検証しても「ヱ」の下には痕跡もない。「エイ」は歴史的仮名遣では「えひ」(「エヒ」。正しくは「エ」で「ヱ」は誤り。但し、江戸時代にはよく混同された)であり、これを文字通り発音した場合、第二音の「ひ」は発音が頗る難しく、江戸っ子辺りは飛ばして「え」と呼んでいたかも知れぬ。また、「ヱ」は正確に発音すると「ウェ」で「うぇぃ」で現在の「とびえい」の音に近くなるから「ヱ」としたものかも知れない。というよりも、以下の鱏(エイ)類の図では一部が「ヱイ」ではなく、「ヱ」となっていることから、これで「えい」と読ませている可能性が極めて高いことが判る。従って、以降では(「エイ」と正しく書いている箇所もある)問題としないこととする。

 

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