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2018/02/23

柳田國男「一目小僧その他」 附やぶちゃん注 隱れ里 一三

 

     一三

 

 福井縣大野郡の山村は、これまた平家谷口碑のいたつて數多い地方である。その中で下味見(しもあぢみ)村大字赤谷の平家堂と云ふは、崖の中腹にある二尺四方の岩穴で、穴の中は古墳である。土人最もこれを尊崇し每年二月十九日に祭をする。この窟の石戸は人力では動かぬが、世の中に何か事があると自然に開閉するのを、村民は「平家樣が出られる」と云ふ。日淸・日露兩度の戰役中、この石戸の常に開いていたことは誰も知らぬ者が無いと云ふ。此話を發表した人は自分の知人にして且つ此村の住人である。其誠實はよく知つて居るが、而も如何せん此話には傳統がある。奧羽地方に於てはこの種の岩穴を阿倍城(あべしやう)と謂ひ、岩戸の開閉の音を聞いて翌朝の晴雨を卜する例が多い。中央部では鬼ケ城などゝも云ひ、山姥が布を乾すと云ふことになつて居り、やはり里の者の神意を察知する話が少くない。更に其昔を辿ると山姫佐保姫の錦を織ると云ふ言ひ傳へにも關聯するものであらう。蓋し屋島壇浦の殘黨のみに對してならば、所謂平家樣の崇敬は些しく過分である。故に如何にしても安德天皇を奉じ來ることの能ぬ[やぶちゃん注:「かなはぬ」。]東北地方に於ては、一門の尼公と稱し又は以仁王と申上げて、其缺陷を補はんとしたのではあるまいか。併し農民は昔も今も虛言を述べ得ぬ人である。さうして最も人の言を信じ易い人である。然らば最初果して何人あつて斯くも多い平家谷の話を全國に散布したのであるか。是が椀貸傳説と交渉ある唯一つの點で、同時に鳥居氏の無言貿易説の當否を決すべき重要な材料であるように自分は思ふ。

[やぶちゃん注:「福井縣大野郡」「下味見(しもあぢみ)村大字赤谷の平家堂」現在の福井県福井市赤谷町。ここ(グーグル・マップ・データ)。現在も「平家堂」という石窟の社があり、平惟盛を安置すると伝えているという記載を見かけたので、現存するようである。ここは安心して、柳田先生、「古墳」と書いてる。椀貸伝説がないからね、それに話を頭の無言貿易の批判にあっさり戻してるからね

「阿倍城(あべしやう)」ルビはママ。ちくま文庫版全集では「あべじょう」。]

  鳥居氏の御意見と云ふものが、若し此等各地方の異傳を親切に考察した上で發表せられたものであつたならば、自分等は假令末梢の問題に於て觀察の相異があるにしても、斯樣な失禮な批評文は出さなかつたであらう。何となればいわゆる椀貸の話には限らず、多くの傳説の起源は常に複雜なもので、時代々々の變化又は新たなる分子の結合は有勝ちであるから、最初長者と打出小槌と古墳と水の神の信仰とが、この不可思議なる岩穴交通の話の基礎であつたとしても、別に又或事情の下に、鬼市若くは默市と稱する土俗の記憶が、同じ物語の中に織込まれたことは絶無と斷定し能はぬからである。民俗學の現在の進步程度では、殘念ながら消極的にも積極的にも、何の決定をも下し得ぬことが明白であるからである。

 自分が主として證明せんとしたのは、單に膳椀の持主又は貸借の相手が、アイヌその他の異民族であつたらしい痕跡がまだ一つもないと云ふ點であつた。此以外に於て何か手掛りとなるべき特徴では無いかと思ふのは、話の十中の九まで前日に賴んで置いて翌朝出してあつたと云ふこと、卽ち先方が多くは夜中に行動をしたと云ふ點である。それよりも尚一段と肝要なのは、僅かな例外を以て貸した品が、常に膳椀その他の木製品であつたことである。隱里から出すには他に物もあらうに、木地の塗物のと最も土中水中に藏置するに適しない品のみが常に貸されたことは、何か特別の仔細が無くてはならぬ。陸中の遠野などではフエアリイランドの隱里の事をマヨヒガと稱し、マヨヒガに入つて何か持つて來た者は長者になると云ふ話がある。そうして自分の採錄した話の中には、やはり其隱里の椀を授かつて富貴になつた一例がある。高知縣長岡郡樫野谷の池は、村民が元旦に此水を汲む風習あり、また村に不吉の事起らんとする時には、水底に弓を引く音が聞えたと云ひ、時としては赤い椀の水面に浮ぶことがあると云ふ、此くの如き場合に迄いつも椀といふものの附いて𢌞るのは、果して何を意味するであらうか。

[やぶちゃん注:「マヨヒガ」私が佐々木喜善の語った遠野の物語(私は「遠野物語」を柳田國男の作品とすることを認めない人間である)で最も偏愛する奇譚である。それは山中のさっきまで人がいたような長者屋敷へと迷い込む「迷ひ家(が)」の謂いであり、そこから何かを持ち出すことで、主人公が富貴となるという基本設定を持つ。但し、欲を持った者は失敗し、二度とはそこに行き当たることはないのである。佐々木喜善が自ら綴った「山奥の長者屋敷」(大正一二(一九二三)年『中学世界』)及び「隠れ里」(昭和六(一九三一)年刊「聴耳草紙」所収)の二話をウィキの「マヨイガで読める。

「高知縣長岡郡樫野谷」現在の高知県長岡郡は(グーグル・マップ・データ)。「樫野谷」は不詳。]

 

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