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2018/02/27

柳田國男「一目小僧その他」 附やぶちゃん注 流され王(2)

 但し確信と眞實が往々にして一致せぬと同じく、單純なる懷疑も亦決して學問とは言はれぬ。故に自分は些しく歩を進めて、右の最近の現象が何事を意味するのかを、他の一側面から考へて見みようと思ふ。先づ第一に心付くのは、白髭明神の祭神が啻[やぶちゃん注:「ただ」。]に神職の家の始祖と謂ふだけで無く、特に之を異國の王と傳へて居る點である。人は餘り言はぬが同じ武藏の内でもずつと東京に近く、舊新座郡の上新倉(にひくら)には新羅王の居跡がある。昔新羅の王子京より下つて住むと稱し、其地牛蒡山と謂ふ村の山田上原大熊の三苗字は、其隨從者の後裔と傳へて居るが(新編武藏國風土記稿四四)、是などは以前は單に王又は王子と謂つたのを新座郡だから新羅王とした形がよく見えて居る。日本の來てから新羅王も訝しいが、殊に珍なのは近く天文の元年にも、佐渡の二見港へ上陸した新羅王があつた。玉井と云ふ井戸はこの王が掘らせたという事と、每日々々大文字を書いては、とかく墨色が面白くないと謂つて反故にして居たと云ふ話とが殘つて居る(佐渡土産中卷)。相川の高木氏其子孫と稱して家號をシイラ屋と呼んだ。島には往々にして新羅王と署名した揮毫も傳へている(郷土研究二卷六號)。此だけでも誤聞輕信とは認めにくいのに、かけ離れた常陸の太田附近にも、同じく新羅王と署名をした書を持つ者が多く、是もさして古からぬ時代に、船に乘つて到著した氣狂のやうな人であつたと謂ひ、其書には諺文かとおぼしく、讀めぬ文字が多かつたそうである(楓軒偶記三)。旅の朝鮮人ならば書でも書くより他は無かつたらうが、如何なる動機から新羅王などと自ら名のつたものか。これが一つの不思議である。

[やぶちゃん注:「舊新座郡の上新倉」現在の埼玉県和光市北西附近(グーグル・マップ・データ)。

「新羅王の居跡」「牛蒡山」現在の午王山遺跡。(グーグル・マップ・データ)。

「新編武藏國風土記稿」文化・文政期(一八〇四年~一八二九年)に昌平坂学問所地理局で編纂された武蔵国地誌。

「王又は王子と謂つたのを新座郡だから新羅王とした形がよく見えて居る」先の「牛蒡山」からは牛頭天王(ごずてんのう:神仏習合神。釈迦の生誕地に因む祇園精舎の守護神とされ、また、蘇民将来説話の武塔天神と同一視されて、薬師如来の垂迹であるとともに素戔嗚命(すさのおのみこと)の本地ともされた)の護符牛王宝印(ごおうほういん)の訛化が疑われるし、「王子」は王子信仰の王子神(おうじがみ:本邦の古い信仰では本宮と呼ばれる神社の主神から、その子どもの神として分かれ出た神格を祀ったり、巫女的な性格を持った母神と、その子神を合わせて祀る信仰があり、これを「若宮(わかみや)」或いは「御子神(みこがみ)」と呼んでいたが、後に神仏教習合が進むと、それが仏教の神格の一つに変形され、「子」から、仏に扈従する童子の姿で表現される「童子」が「若宮」とさらに習合して「王子」と呼ばれた)のニュアンスも濃厚に感じられる。柳田の言うように、「新座」は新しい「座」(ま)す地の意を含み、渡来した「新羅王」伝承と合わせるには市井の民の誰もが安易に納得しまう分かり易さが、確かに、ある。

「天文の元年」一五三二年。室町末期。

「佐渡の二見港」現在の大佐渡の西端の真野湾内の新潟県佐渡市二見。(グーグル・マップ・データ)。

「玉井と云ふ井戸」不詳。

「佐渡土産」不詳。原本を確認出来れば、玉井という井戸の位置も判るのだが。後の叙述からは相川地区内の可能性が高いように感じられる。

「シイラ屋」不詳。私などは、つい、佐渡で晩秋に捕れる条鰭綱スズキ目スズキ亜目シイラ科シイラ属シイラ Coryphaena hippurus を想起してしまうのだが。

「郷土研究二卷六號」大正三(一九一四)年九月或いはそれ以前の発行かと思われる。

「常陸の太田」現在の茨城県常陸太田市。(グーグル・マップ・データ)。

「諺文」「オンモン」と読む。李氏朝鮮第四代朝鮮国王世宗(一三九七年~一四五〇年)が制定した文字体系「訓民正音」(くんみんせいおん)、現在のハングルの古称。現在は卑語と見做され、現地ではこの呼称は使用されないので注意が必要。

「楓軒偶記」小宮山楓軒著で文化四(一八〇七)年の序を持つ随筆。同書を所持するが、巻之三には以上の記載を今のところ、見出せない。発見し次第、追記する。]

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