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2018/02/07

芥川龍之介 手帳12 《12-11》

《12―11》

○女とその許嫁と女の弟 弟は姉を愚と思ふから許嫁のほれてゐるわけがわからない 最後に「姉さんは女だからだ」とさとる

{鼻くらうどの話

{宇治拾遺

[やぶちゃん注:二つの「{」は底本では大きな一つの「{」。以下は同一グループの条と推定されるが、後と混同しないようにここにこの注を入れておいた。従って、次は一行は空けない。]

{辻村の話            }

{娘にとつた養子のにげた事をはなす}今昔――隆國をかけ

{はなす興味――その後の落莫   }

[やぶちゃん注:三つの「{」及び「}」は底本では大きな一つの「{」「}」。

「鼻くらうどの話」「宇治拾遺」これは「宇治拾遺物語」の「巻第十一」の「藏人得業猿澤池龍事」(藏人得業(くらうどとくごふ)、猿澤の池、龍の事)で、王朝物の小説「龍」(大正八(一九一九)年五月『中央公論』。「青空文庫」のこちらで読める)の素材となったものである。「宇治拾遺物語」の原文では、冒頭、主人公を、

   *

 これも今は昔、奈良に、藏人得業惠印(ゑいん)といふ僧ありけり。鼻大きにて、赤かりければ、「大鼻の藏人得業」といひけるを、後(のち)ざまには、ことながしとて、「鼻藏人(はなくらうど)」とぞいひける。なほ後々には、「鼻藏(はなくら)鼻藏」とのみいひけり。

   *

と紹介する(ナビ」で原文全体が読める)。

「辻村」不詳。

「今昔――隆國をかけ」「隆國」はかつて「今昔」物語集の作者ともされていた(現在は否定的)、宇治大納言と称された公卿源隆国(寛弘元(一〇〇四)年~承保四(一〇七七)年)。彼は現存しない説話集「宇治大納言物語」の編者であったとされる(「宇治拾遺物語」序にある。著者不詳の「宇治拾遺物語」(十三世紀前半頃成立)は、「宇治大納言物語」から漏れた話題を拾い集めた物語という意)。小説「龍」の冒頭の「一」と最後の「三」にはこの源隆国が登場し、会衆らに面白い話を所望し、『陶器造(すゑものづくり)の翁』が「龍」の話(「二」パート)をするという額縁式の構造になっている。この「をかけ」とは、「宇治拾遺物語」の「藏人得業猿澤池龍事」を失われた「宇治大納言物語」の作者源隆国に引っ「掛け」て語る構成を指しているように私には読める。

「はなす興味――その後の落莫」「落莫」寂寞(せきばく)と同じで、もの寂しいさま。メモ上は「辻村の」語った「話」で、辻村は「娘にとつた養子のにげた事をはな」したが、その「はなす興味」は、話を聴いた「その後」にある種「の落莫」を抱かせる――という風に読める。しかし、ここを小説「龍」に牽強付会させて読み解くなら、「龍」の話の結末の陶器造の翁の心境、或いは聴いた隆国の心境、ひいては「龍」を読んだ読者の心境を想定して芥川龍之介は記しているようにも読める。因みに「龍」の最後は、芥川龍之介自身が自身の「鼻」を暗に宣伝する形で終わっており、「鼻」のエンディングの何とも言えない「落莫」感と繋がるようにも思われる。しかし、このメモ、頭の『女とその許嫁と女の弟 弟は姉を愚と思ふから許嫁のほれてゐるわけがわからない 最後に「姉さんは女だからだ」とさとる』とか、「娘にとつた養子のにげた事をはなす」というのが、決定稿の「龍」とは全く関係がないのが不審である。或いは、芥川龍之介現在の純粋な王朝物である「龍」とは異なった構造、額縁構造の全体がさらに現代物の入れ子になっているものを構想していた可能性があるのかも知れない。]

 

○幽靈の話(竹馬 白衣 赤昆蒻)

[やぶちゃん注:意味不明。芥川龍之介怪奇談蒐集録「椒圖志にもそれらしいものは載らぬ(リンク先は私の古い電子テクスト)。]

 

Elen House(clay Hall)

oodford Hall

Water House

[やぶちゃん注:「Elen House(clay Hall)」不詳。建物名か?

「Woodford Hall」同前。

Water House」同前。イギリスの画家で神話や文学作品に登場する女性を好んで描いたジョン・ウィリアム・ウォーターハウス(John William Waterhouse 一八四九年~一九一七年)がいるが、こんな綴り方が絶対にしないから違うだろう。イギリスの建築家にAlfred Waterhouse(一八三〇年~一九〇五年)もいるが。]

 

Tracts for the Times

[やぶちゃん注:「Tracts for the Times」「ブリタニカ国際大百科事典」の「オックスフォード運動 Oxford Movement」の項に(コンマを読点に代えた)、『トラクト運動 Tractarianism、ピュージー運動 Puseyismともいう』十九『世紀にオックスフォード大学を中心に起ったイギリス国教会内の刷新運動で、カトリック的要素の復活によって、国教会の権威と教権の国家からの独立回復を目指すアングロ・カトリシズムの運動』。一八三三年、『キーブルの説教が改革の機運をつくり、J.ニューマンを主に、時局小冊子』“Tracts for the Times”『を刊行して世論に訴え、ピュージーもこれに参加』したが、一八四一年、『反プロテスタント的内容が反発を招き』、『トラクトは終刊、理論的指導者ニューマンはローマ・カトリック教会に』戻った。一方、『ピュージーはキーブルとともに国教会を固守、運動の精神を継いで実践活動に努めた。国教会の権威を取戻させ、礼拝に生気を与えた点で,この運動は評価される』とある。]

 

Oxford Exter

[やぶちゃん注:オックスフォードにあるエクセター・カレッジか。ライト裕子氏のブログ「英国便り」のオックスフォード エクセター・カレッジに、一三一四年にエクセター司教が創設したとある。松蔭大学松浦広明氏のサイト内のオックスフォードに来たら訪ねておくといい楽しいカレッジ・ガイドも参照されたい。]

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