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2018/02/18

進化論講話 丘淺次郎 第十章 發生學上の事實(2) 二 退化せる動物の發生

 

     二 退化せる動物の發生

 

Nauplius

[甲殼類の幼蟲]

Hujitubo

[ふぢつぼ]

[やぶちゃん注:二枚とも講談社学術文庫版をトリミングした。前者は所謂、甲殻類に共通した最も初期の幼生ノープリウス幼生(Nauplius)である。]

 

 所謂退化の現象に就いては既に第八章に述べたが、斯かる退化した動物の發生を研究して見ると、また極めて面白いことがある。先づ前に例に擧げた「ふぢつぼ」に就いてその發生の有樣を見るに、卵から出たばかりの子は、上の圖に示す如く三對の足を具へて活潑に海水中を泳ぎ廻つて、聊もその親に似た處はない。「ふぢつぼ」は前にもいうた通り、蝦・蟹等と同じく甲殼類といふ部類に屬するが、この類のものは總べて發生の初期には斯かる形を有し、他の動物の幼蟲とは直に識別することが出來る。蝦・蟹等の中でもこの時代を卵殼の内で經過し、孵化したときには、既に尚一步進んだ形態になつて居るものもあるが、大體この幼蟲から如何に變化して蝦・蟹等の生長した姿が出來るかといふに、この幼蟲は生長の進むに隨ひ、體の大きくなると同時に、初三對あつた足の後(うしろ)に新しい足が何對も出來て、最初水中を泳ぐ役を務めた足は、漸次働が變じ、第一對は二岐に分れた短い方の鬚となり、第二對は枝分かれせぬ長い方の鬚となり、第三對は物を嚙むための顎となつてしまひ、新に生じた方の足の中で幾對かが眞に後まで步行する足となる。「ふぢつぼ」の發生も最初はこの通りで、三對ある足の後に續々新しい足が生じ、暫くの間は海水の中を泳いで廻るが、やがて岩の表面・棒杭等に頭の方で附著し、周圍には石灰質の介殼を分泌して、終に生長した「ふぢつぼ」の形となつてしまふ。而して數對あつた足は孰れも役目が變り、たゞ海水を口の方へ跳ね送り、その中に浮べる微細の藻類等を口に達せしめる働きを務めるやうになるが、働が變れば形も之に應ずるやうに變ぜざるを得ぬ譯故、この類の足は蟹や蝦の步くための足と違ひ、恰も「ぜんまい」か葡萄の蔓の如くに見える。「ふぢつぼ」の生きて居るのを海水の中に飼ふて見て居ると、介殼の口の如き處から絶えずこの足を澤山に出したり入れたりし續けて休むことはない。その動く具合から考へると、多分呼吸器の役をも兼ね務めるらしく思はれる。

[やぶちゃん注:『前に例に擧げた「ふぢつぼ」』「第八章 自然淘汰(4) 四 所謂退化」を参照されたい。「生物學講話 丘淺次郎 一 止まつて待つもの」も楽しい。]

 斯くの如く出來上つてしまへば、「ふぢつぼ」は殆ど牡蠣や蛇貝の如き固著した介殼と紛らわしい位なものになるが、その發生の初めには足もあり、目もあつて、餌を追ひ敵を避けて、活溌に運動する有樣は、到底親の及ぶ所ではない。所謂退化した動物は總べてこの通りで、發生の初め或は途中の方が、生長したときより遙に高等の體制を示すものである。退化したといはれる動物は大抵固著の生活を營むもの、或は他の動物に寄生するもの等であるから、かやうな動物の發生を調べると、幾つでもここに述ベた如き事實を見出すことが出來るが、その中でも最も甚だしいのは、甲殼類の中で寄生生活をなす類である。

[やぶちゃん注:「蛇貝」狭義には、軟体動物門腹足綱前鰓亜綱盤足目ムカデガイ科に属する巻貝 Serpulorbis 属オオヘビガイ Serpulorbis imbricatus などを指すが、一般的な認識の中では、形状からは、同目ミミズガイ科に属する巻貝ミミズガイ Siliquaria (Agathirses) cumingi なども「ヘビガイ」と通称される範囲に含まれるであろう。オオヘビガイ Serpulorbis imbricatus は北海道南部以南を生息域とし、沿岸の岩礁などに群生する。螺管が太く一二~一五ミリメートルに達し、最初は右巻きであるが、後は不規則に巻いて他物に固着する。和名は恰も蛇がとぐろを巻いているように見えることがあることに由来する。表面は淡褐色で、結節のある螺状脈と成長脈を持つ。殻口は円形を成し、口内は白色で蓋はなく、潮が満ちて来ると、蜘蛛のように殻口から粘液糸を伸ばして有機性浮遊物を捕捉・摂餌する。一方、ミミズガイ Siliquaria (Agathirses) cumingi はオオヘビガイよりも遙かに小さく、螺管は六~七ミリメートル以上には太くならず、初めは徐々に増大して小さく巻き込むが、その後方は巻き方が大きくなり、幾分、曲った直管になる。螺管自体は巻くものの、密着することはなく、従って、層を形成しない。縦の螺脈の成長襞も不規則である。蓋は角質の円形で、厚く縁取られており、中央は折り畳み状に螺旋している。多くは海綿の体内に棲息し、しばしば微少貝類に交じって打ち上がったものを採取することが出来る(以上の貝類学的記載は主に保育社昭和三四(一九五九)年刊の吉良哲明「原色日本貝類図鑑」に拠った)。]

 

Uokiseikoukakurui

[魚に寄生する甲殻類]

[やぶちゃん注:講談社学術文庫版をトリミングした。私は実は海棲のこうした寄生性生物はかなりの守備範囲と自負はしているのだが、ここに示された二種の寄生虫は、なかなか同定が難しい。それでも試みる。

 まず、右のそれはその特徴的形状から推して、高い確率で節足動物門甲殻亜門顎脚綱カイアシ亜綱新カイアシ下綱後脚上目シフォノストム目 Siphonostomatoidaヒジキムシ(ペンネラ)科 Pennellidae ウオノカンザシ属ホシノノカンザシ Cardiodectes asper か、或いは同じヒジキムシ(ペンネラ)科のメダマイカリムシ属Phrixocephalus の一種ではないかと考える。上の部分が頭部の突起で根状を成し、中央にあるのが胴部、下に伸びる二つのコイル状のものは卵囊である。

 次に左のそれであるが、下部はやはり卵囊と思われ、ここのそれは、まさにヒジキによく似ているから、やはりヒジキムシ(ペンネラ)科 Pennellidae の一種で、頭部が少しシンプルであること、卵囊の先にある翼状体が不審であるが、幾つかの画像と比べて見ると、イカリムシモドキ(レルナエエニクス)属Lernaeenicus の一種ではないかと私は推測する。]

 

 抑々甲殼類の身體は前後に列んだ多數の節より成り、これより生ぜる數多の足にはまた幾つもの關節があり、一對の眼と二對の鬚とを具へ、運動は活潑で、感覺も鋭敏な方故、無脊椎動物の中では餘程高等なものである。然るにこの類の中でも他の動物に寄生する種類になると、實に非常な退化の仕樣で、眼は勿論足も全くなくなり、體の節の境まで消えて、一寸見ては甲殼類か否か解らぬのみならず、一疋の動物であるか否か知れぬ位になつてしまふ。ここに圖を掲げたのはその二三の例であるが、その右圖は鯒(こち)・鰈(かれひ)等の眼に屢々附著して居るもので、その形は恰も小い[やぶちゃん注:「ちひさい」。]碗豆に二本の撚絲[やぶちゃん注:「ねりいと」。]を附けた如くに見える。その左圖の方も、同じく他の大形の魚類の皮膚に附著して居るものであるが、これはまた鳥の羽毛一本と殆ど同じやうな形を呈して居る。孰れも甲殼類に屬するものであるが、斯く生長し終つたときには、甲殼類の特徴ともいふべき點は一つも見えぬ。また次頁の圖に示したのは、蟹類の胸と腹との境の處に時々附著して居る寄生物であるが、單に團子の如きもので、眼・鼻は固より足もなければ尾もなく、背と腹との區別もなく、どちらが前やらどちらが後やらも解らぬ。たゞ一箇處で蟹の體に附著して居るが、この處から蟹の體内へ探つて行くとこの動物の身體の續きは恰も植物の根の如くに屢々分岐し、各々細く長く延びて蟹の全身に行き渡り、足の爪から鋏(はさみ)の先までに達し、到る處で蟹の血液から滋養分を吸ひ取つて生活して居る。これらに至つては誰に見せても、之が甲殼類であらうといふ判斷は出來ぬ。然るにこれらの動物の發生を調べると、孰れも卵から出たばかりには數對の足を有し、頭の前端には目を具へ、自由白在に水中を游泳して、その時の有樣は「ふぢつぼ」・蝦・蟹等の幼蟲と殆ど同様である。たゞ生長が稍々進んで他の動物の身體に寄生し始めると、忽ち形狀が變化し、今まであつた運動・感覺の器官は追々無くなり、寄生生活に必要な部分のみが發達して終に斯くの如きものになつてしまふのである。今日、分類上これらの動物を甲殼類の中に編入してあるのも、畢竟かやうな發生を調べた結果で、まだ發生の模樣の解らぬ頃には、皆誤つて他の部類に入れてあつたのを、一旦發生を研究して見ると、その獨立生活をなし居る幼蟲時代には如何しても蝦・蟹類の幼蟲と分離することが出來ぬから斯く改めたのである。

 

Hukuromusi

[蟹に寄生する甲殼類

右圖の「寄」は寄生蟲 左圖は寄生蟲のみ取離したもの]

[やぶちゃん注:ここでは指示線入りのキャプションがあるので、国立国会図書館デジタルコレクションの画像をトリミングし、補正して示した。

 この蟹の寄生虫は顎脚綱鞘甲亜綱蔓脚下綱根頭上目Rhizocephala のケントロゴン目 Kentrogonida 及びアケントロゴン目 Akentrogonida に属する他の甲殻類に寄生する寄生性甲殻類であるフクロムシ類である。本邦での分類学的研究は昭和一八(一九四三)年以降、殆んど行われていないが、ここで丘先生が挙げておられるのは、日本固有種で主にイワガニ類に寄生するケントロゴン目フクロムシ科ウンモンフクロムシ Sacculina confragosa と考えてよいと思う。何故なら、丘先生が「生物學講話 丘淺次郎 四 寄生と共棲 二 消化器の退化」でこれを挙げておられ、そこで示しておられる種と、私は基本的に同一のものと判断されるからである。なお、これは、多くの人は卵を持った蟹と誤認しているケースが多いと思われる(何故なら、その付着部位や見た目の形状・色彩が個体によって蟹の抱卵する卵塊と酷似する場合があるからである)。西村三郎「原色検索日本海岸動物図鑑[]」(保育社)の記載によれば、空豆形で、個体によって白・黄・茶色などの多彩な色を持つ。柄は短く、外套口(丘先生の左図の瓶の口のような上部)は中央にあり、突出する。表面には棘を欠き、一面に波模様の隆起を持つ。周囲も波形に縁どられている。大きさは宿主の腹部の大きさによって変化し、長径五ミリメートルから三センチメートル前後と幅がある。複数個体が附く場合も稀ではない。本文の記載を読んだ方は気がつかないだろうか?――私は最初に映画の「エイリアン」を見た時――あの幼虫期の寄生性のエイリアンの寄生形態は、このフクロムシがヒントだな、と思ったものである。]

 

 以上二三の例によつても解る通り、固著生活・寄生生活等を營む所謂退化せる動物の發生を見ると、皆初は獨立の生活をなし、運動・感覺の器官をも具へて居て、然もその頃の形狀は他の終生運動して獨立の生活を營む動物の幼時と、殆ど寸分も違はぬ程に似て居ることが甚だ多いが、この現象は生物種屬不變の説から見れば眞に譯の解らぬことである。芝蝦も「ふぢつぼ」も蟹の腹に附著して居る團子も、卵から出たときには、皆揃つて三對の足を有し、額の中央に眼を具へて、水中を泳ぎ廻ることは、若しこれらの動物が互に初から緣のないものとしたならば、單に不思議といふに止まるが、共同の先祖より進化し降つたものと見倣せば、斯く發生の途中に同一の性質の現れるのも無理でないと思はれ、漠然ながらその理由を察することが出來る。

 

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