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2018/03/05

栗本丹洲 魚譜 鳥ヱイ (トビエイ)

 

Toriei

 

 

[やぶちゃん注:図版は国立国会図書館デジタルコレクションの「魚譜」からトリミングした。左上部に少し見えるのは次の別種のエイの尾部の一部で、本図とは全く関係がない。]

 

□翻刻1(原典そのまま。但し、下部の解説は標題「島ヱイ」よりも小さく書かれ、実際には「鳥ヱイ」の想定行の右に寄せて書かれているが(一種の割注風である)、そこまでは再現しなかった)

鳥ヱイ 水府ノ産 其地ノ漢人此名ヲ呼フ

 

□翻刻2(カタカナをひらがなに直し、句読点・送り仮名・記号・濁点を加えた)

「鳥ヱイ」 水府の産。其の地の漢人、此の名を呼ぶ。

 

[やぶちゃん注:体盤上部の激しい皺に不審があるが(恐らくは捕獲して死後、相応の時間が経って腐敗が進んだために生じた死体変相であろう。しかし、そのお蔭で、本図は他に比して強い立体感が描出されており、体盤の厚みが他の絵図に比べて格段に感じられる。しかし変相が甚だしいことから、丹洲は先に図した「トビヱ」とは別種と判断したものか)、突出した頭部の独特の形状及び頭鰭の形、「鳥(トリ)ヱイ」という名などから見て、二枚目に出たのと同じ、顎口上綱軟骨魚綱板鰓亜綱エイ上目トビエイ目トビエイ科トビエイ属トビエイ Myliobatis tobijei と同定してよいであろう。惜しいかな、右の胸鰭の先端が欠けてしまっている。これは元は描かれていたが、巻子本に装幀する際に切れてしまったものであろう。

「鳥ヱイ」しかし、丹洲がこの名から先の「トビヱ」と同類と考えなかったのは、ちょっと不審である。

「水府」水戸(みと)の異称。現在の茨城県水戸市周辺。

「其の地の漢人、此の名を呼ぶ」丹洲が生きた時代よりも前になるが、鎖国の本邦ながら、明末清初の時期(清の中国及びモンゴルの統一支配は一六四四年から)には、中国から日本へ多くの文人や僧が渡来し(多くは満洲族の支配を嫌った明代の漢人の亡命)、各大名家では彼らを招聘することが流行していた。特に水戸藩初代藩主徳川光圀(寛永五(一六二八)年~元禄一三(一七〇一)年)は特に熱心で、明の軍人政治家で侵攻してくる清に抵抗運動を続け、台湾に渡って政権を作った鄭成功(ていせいこう)の日本請援使であった明の儒者朱舜水(しゅんすい 一六〇〇年~天和二(一六八二)年)や、日本琴楽の中興の祖・日本篆刻の祖とされ、「金沢八景」の名数の濫觴となる漢詩を作ったことでも知られる(私の「鎌倉攬勝考卷之十一附錄」の「八景詩歌」を御覧あれ。歌川広重の錦絵も添えてある)、禅僧東皐心越(とうこうしんえつ 一六三九年~元禄九(一六九六)年)などが特に知られる。因みに、トビエイは本邦では北海道以南の各地沿岸に普通に見られるが、他に朝鮮半島・台湾・中国渤海沿岸・黄海などの東アジアの温帯から亜熱帯域まで広く分布するので、彼らが知っていて、漢名も持つのは何ら不思議ではない。特に本種は頭部の奇体(私はすこぶる可愛らしいと感ずる)さと、尾棘の危険性、及び、食用に供される点からも、海辺域では非常によく知られていた存在と考えてよかろう。]

 

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