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2018/03/15

甲子夜話卷之四 25 火を燃せし狐を捕へし始末

 

4-25 火を燃せし狐を捕へし始末

狐は靈妙なる者なり。予が平戸城下、櫻馬場と云處の士、屋鋪にて狐の火を燃を見る。若士どもとり圍て逐ければ、其人を飛越て逃去たり。然るに物のおちたる音あり。これを見れば人骨の如き物あり。皆言ふ、これ火を燃せしものなるべし。取置かば燃すこと能はじと。持歸て屋内に置き、定て取りに來らん、そのとき擒にすべしと云合せて、障子を少し明て待居たり。果て狐來て窺見る體にして、障子の明たる所より面を入れては引くこと度々なり。人々今や入ると構居たるに、遂に屋内にかけ入る。待設たる者、障子をしむれどもしまらず。其間に狐は走出けり。皆疑て閾を見るに、細き竹を溝に入れ置たり。夫故障子たゝず。いつの間にか枯骨も取り返されたり。さきに窺たる體のとき、此細竹を入置しなるべし。

■やぶちゃんの呟き

「櫻馬場」不詳。拡大して精査出来る古地図を探し得なかった。

「火を燃」は底本のルビによれば、「火を燃(もす)」。とする標題は「燃(も)せし」であろうか。本文のここはいいとしても標題や後の部分は「燃(もや)せし」でいいようの思うのだが。

「若士」「わかきし」或いは「わかいし」と読んでおく。

「圍て逐ければ」「かこみておひければ」。

「其人を」「そのひとを」ではなく、「其(それ)」(=狐火)、「人を」と読む。

「人骨」妖狐が人の髑髏を用いて人に化けたり、妖術を使うというのはオーソドックスな話で、狐火(きつねび)は妖怪としての狐の十八番(おはこ)でもあるウィキの「狐火には、『各地の俗信や江戸時代の古書では、キツネの吐息が光っている』、『キツネが尾を打ち合わせて火を起こしている』、『キツネの持つ「狐火玉」と呼ばれる玉が光っているなど』、『様々にいわれている』。寛保年間(一七四一年から一七四三年)に書かれた菊岡沾涼(きくおかせんりょう)の随筆「諸国里人談」には、『元禄の初め頃、漁師が網で狐火を捕らえたところ、網には狐火玉がかかっており、昼には光らず夜には明く光るので照明として重宝したとある』。また、医師で本草学者であった人見必大(ひとみひつだい 寛永一九(一六四二)年頃?~元禄一四(一七〇一)年:本姓は小野、名は正竹、字(あざな)は千里、通称を伝左衛門といい、平野必大・野必大とも称した。父は四代将軍徳川家綱の幼少期の侍医を務めた人見元徳(玄徳)、兄友元も著名な儒学者であった)の元禄一〇(一六九七)年刊の本邦最初の本格的食物本草書「本朝食鑑」には、『キツネが地中の朽ちた木を取って火を作るという記述がある』。因みに、『英語の「fox fire」が日本語で「狐火」と直訳され、この「fox」はキツネではなく』、『「朽ちる」「腐って変色する」を意味し、「fox fire」は朽ちた木の火、朽木に付着している菌糸、キノコの根の光を意味していることから』、或いはこの「本朝食鑑」の『記述は、地中の朽ち木の菌糸から光を起こすと』した記述と読むことも可能である。また、同「本朝食鑑」では、『キツネが人間の頭蓋骨やウマの骨で光を作るという記述もあり、読本作者・高井蘭山による』「訓蒙天地弁」や江戸後期の三好想山(しょうざん)「想山著聞奇集」(全電子化注済み)にも『同じく、キツネがウマの骨を咥えて火を灯すとの記述がある』(私の「想山著聞奇集 卷の壹 狐の行列、幷に)讎をなしたる事 附 火を燈す事」を参照)。長野県の奇談を集めた「信州百物語」に『よれば、ある者が狐火に近づくと、人骨を咥えているキツネがおり、キツネが去った後には人骨が青く光っていたとある』。こういった『ことから後に、骨の中に含まれるリンの発光を狐火と結び付ける説が、井上円了らにより唱えられた』(亡き私の母もそう信じていたし、実際に夜の墓地でそのように地面が光るのを見たと言っていた。私の父(存命)も敗戦直後に考古学発掘の手伝いで赴いた山奥の村で見、村人らはよく起こることだと平然としていたと言う)。『リンが』摂氏六十『度で自然発火することも、狐の正体とリンの発光とを結びつける一因となっている』が、『伝承上の狐火はキロメートル単位の距離を経ても見えるといわれているため、菌糸やリンの弱々しい光が狐火の正体とは考えにくい』とある。一九七七年には、『日本民俗学会会員・角田義治の詳細な研究により、山間部から平野部にかけての扇状地などに現れやすい光の異常屈折によって狐火がほぼ説明できるとされた』。『ほかにも』、『天然の石油の発火、球電現象などをその正体とする説もあるが、現在なお』、『正体不明の部分が多い』とある。

「これ火を燃せしものなるべし」「これこそ、まさにあの妖しい狐火を燃やし出す呪法の奇物であるに違いない!」。

「定て」「さだめて」。きっと。

「擒」「とりこ」。虜。

「明て」「あけて」。開(あ)けて。

「果て」「はたして」。

「窺見る體」「うかがひみるてい」。

「明たる」「あきたる」。開(あ)いている。

「面」「つら」と読んでおく。別に「おもて」と読みたくば、それでよいが、この方が怪異としては利くと私は思う。

「構居たるに」「かまへゐたるに」。

「待設たる」「まちまふけたる」。手ぐすね引いて待ち構えていた。

「障子をしむれどもしまらず」後を読めば判るが、「障子を閉めんとすれども、閉まらず」とあるべきところである。

「閾」「しきゐ」。

「夫故」「それゆゑ」。

 

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