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2018/03/12

進化論講話 丘淺次郎 第十三章 古生物學上の事實(3) 二 地層每に化石の種類の異なること

 

     二 地層每に化石の種類の異なること

 

 化石は生物の歷史の天然の記錄ともいふべきものであるが、斯くの如く極めて不完全な記錄であるから、到底之に據つて生物の系統の全部を細かい點まで殘らず知ることは出來ぬ。化石として出て來ぬ動物は、實際世の中に居なかつたかの如くに考へ、今日知れて居る化石の種類だけを組み上げて動物の系圖を造らうとするのは、素より大間違であるが、最も古い地層から最も新しい地層までの間の化石を、時の順序に列べて比較して見ると、生物の進化し來つた大體の有樣だけは略々察することが出來る。また近頃は研究の方法が丁寧になり、同一の場所を十分精密に調べるやうになつた故、古い層から新しい層までの化石が餘程完全に揃つたものも出來て、今日では最早若干の動物種屬に就いては、先祖から子孫までの化石を竝べて、その進化の往路を目前に示すことが出來るやうになつた。尤も斯かる動物は現今の所ではまだ甚だ少數であるが、極めて不完全なるべき古生物學の材料の中に、たとひ少數なりともかやうな例のあることは、生物進化の動かすべからざる證據といはねばならぬ。

 先づ化石全體に就いて論ずるに、化石を含む水成岩の起源は既に前にも略述した通り、水の底に沈澱して出來たもの故、必ず層をなして居て、每層その出來た時が違ふものであるが、その中なる化石を調べると、一層每に多少の相違があつて、全く同じものは一つもない。それ故、地質學者は一層每にある固有の化石を手掛りとし、今日知れてある總べての水成岩をその出來た時の順序に隨つて重ね、水成岩の出來始から今日に到るまでの間を各層に相當する時代に分けて論ずるが、先づ全體を大別して始原代・古生代・中生代・新生代の四とし、更に各代を若干の紀に分ける。これらの各時代に如何なる動植物が生存して居たかを詳しく調べるのは、所謂歷史的地質學の範圍内で、之だけでも立派な一科であるから、ここには素より一々述べることは出來ぬが、その大體をいへば、始原代の層からは化石の出ることが極めて少い。古生代からは主として魚の化石が出る。尤も魚といふても、今日の魚とは全く違ふ。また植物では主として羊齒(しだ)の類が出る。中生代からは主として蛙・蜥蜴の類の化石が出るが、之も今日のものとは非常な相違である。而して植物は全く松柏の如き裸子類ばかりである。新生代に至つて初めて鳥獸や被子植物の化石が澤山に出るが、之も大部分は今日のものとは全く別種である。またかやうに四代に分けるが、その長さは決して相均しいといふ譯ではない。假に水成岩の各層の厚さは、その層の出來た時の長さに比例するものと見倣して計算しても、始原代は殆ど全體の六割程を占めるに反し、古生代は三割弱、中生代は一割強、新生代は僅に四十分の一に過ぎぬ。而して石器の碎片などがあつて、人間の居たといふ證據の確にあるのは、新生代の中でも最近の極めて薄い層だけである。

[やぶちゃん注:「始原代・古生代・中生代・新生代」基本、現代でもこの区分に変化はないが、「始原代」はあまり使われず、「始生代」とそれに続く「原生代」を纏めて「先カンブリア時代」(Precambrian (age))と呼ぶのが一般的である(「始生代」の前に「冥王代」を置く考え方もあるが、これは化石は勿論、岩石自体が非常に稀で、地質学的証拠が殆んどないので無視して構わない)。名称は「古生代」の最も初期の、海中で爆発的に生物が多様に発生した「カンブリア紀(Cambrian period)」に先行する長い時代の謂いである。古生代のカンブリア紀の始まる五億四千二百万年前以前の約四十億年に及ぶ期間を指す。]

 さて以上の各地層から出た化石を見るに、現今のものと同種類の動物は、僅に新生代に幾らかあるだけで、中古以前には殆ど一種もない。若し生物種屬が萬世不變のものとしたならば、古生代からも現今と同種類なものが幾つか發見せられさうなものであるが、實際一つもないのは何故であらうか。始原代からは一體に化石が餘り出ないのであるから、今と同じ種類の動物の化石が出ないからというても別に不審はないが、次の古生代からは魚類の化石だけでも隨分澤山に出で、既に何百種も知れて居るに拘らず、一として今日の種類はない。今日生きて居る魚類は一萬種以上もあるが、之が皆天地開闢の初から別々に造られたものとしたならば、古生代から何百種も出た魚の化石の中に少しも混じて出ぬといふことは、何とも解すべからざることである。魚類に限らず、總べて他の動物もこの通りであるが、現今の動物の中で、骨骼や介殼を具へて最も化石になり易さうなものだけを數へても、確に五萬以上はあるに拘らず、現今の動物と同種の化石が出て來るのは、僅に水成岩全體の厚さの四十分の一に相當する新生代だけで、古生代からも中生代からも全く一種も出ぬことは、實に不思議といはねばならぬ。

 現今生きて居る動物と化石とを比べると、右の通りであるが、各地層から出る化石を互に比較しても、やはり同樣で、新生代から出る化石は、中生代からも古生代からも出ず、また中生代から出る化石は、古生代からは出ぬ。尚古生・中生・新生の各代を若干の紀に小分して見ても、二紀に亙つて同種の化石の出ることは甚だ少い。數紀に通じて同種の化石の出ることは殆ど皆無である。尤も同屬・同科に屬する生物の化石は、數紀或は數代から續いて居ることもあるが、種は總べて異なつて居る。

 また動物種屬の斷絶することを考へて見るに、新生代から化石となつて出て來る種類には、現今尚生存して居るものが幾らかあるが、その大部分は既に死に絶えてしまつて、今日はなくなつた。中生代・古生代の動物に至つては、一種として今日まで殘つて生存して居るものはない。前にも述べた通り、我々の目に觸れる化石は實際に過去に生存して居た種類總體から見ると、比較にもならぬ程少いものであるが、これらを想像して加へて見ると、一度世の中に生存して、後に死に絶えてなくなつた動物の種類の數は何百萬あるか解らぬ。若し天地開闢の時に若干の動物が造られ、そのまゝ變化せずに代々降つたものとすれば、かやうな動物も今日尚生きて居る動物とともにその際造られたと考へねばならず、その後一種が斷絶する每に世界の動物が一種づゝ減じて、終に今日の有樣になつた譯に當るが、後の地層から出る種類の化石が決してそれより前の地層から出ぬといふ事實は、全くこの想像と衝突する。

 

Koseidainouo

[古生代の魚類の化石]

[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションの画像をトリミング補正した。脊椎動物亜門条鰭綱軟質亜綱Chondrosteiのパレオニスクス目†Palaeonisciformes の一種か?]

 

Goryuu

[中生代の海産蜥蜴]

[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションの画像をトリミング補正した。爬虫綱双弓亜綱魚竜目ステノプテリギウス科ステノプテリギウス属Stenopterygius であろう。]

 

Aparutozaurus

[中生代の大蜥蜴]

[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションの画像をトリミング補正した。爬虫綱双弓亜綱主竜形下綱恐竜上目竜盤目竜脚形亜目竜脚下目ディプロドクス科アパトサウルス亜科アパトサウルス属アパトサウルス・エクスケルススApatosaurus excelsus か。]

 

Megaterium

[新生代の化石「大なまけもの」]

[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションの画像をトリミング補正した。脊椎動物亜門哺乳綱異節上目有毛目ナマケモノ亜目メガテリウム科メガテリウム属の模式種Megatherium americanumこれウィキの「メガテイリウム」の画像)である。]

 

 斯くの如く化石の種類は地層每に異なり、各々或る時代の地層に限られて前にも後にもないから、時の順序に隨つて古生代の下の層から新生代の上の層までを表に造り、その中に化石の種類を各々その時代の處に書き込んで、然る後に之を通覽すると、恰も甲の種類の消える頃には乙の種類が現れ、丙が衰えれば丁が榮えるといふやうに、常に新陳代謝して今日に至つた如くに感ずる。尚之を屬・科・目・綱等に分類して、似たものを繋ぎ合せると、各綱・各目等にも盛衰のあつた事が明に解る。例へば古生代の地層からは種々の化石が出るが、その中最も高等なものは魚類で、種類も極めて多くあつたらしい。魚類以上の身體を有する動物の化石が一つも出ぬ所から推察すると、その頃魚類の敵となるべきものは、殆どない位で、魚類全盛の世であつたと思はれる。魚類は尚今日も澤山に生活して居ること故、魚類といふ綱は古生代から今日まで續いて居るが、更にこれを小分して、如何なる目の魚類が居たかと調べると、古生代の魚類と今日の魚類とでは、實に大きな相違があり、古生代の魚に似たものは今では僅に石狩川に産する蝶鮫位で、今日盛に棲息する鯉・鮒・鯛・鰹などの如き種類は太古には全く無かつた。また中生代の地層から出た化石で著しいものは、兩棲類・爬蟲類であるが、これも今日の蛙・蜥蜴とは種屬が全く違ひ、いづれも大きなもので、鯨の如くに海中を泳ぐ類もあれば、鳥の如くに空中を飛ぶものもあり、四足で陸上を步くものもあれば、袋鼠の如くに後足だけで立つものもあり、まだ鳥類・獸類ともに出て來ぬ時故、陸でも、海でも、森でも、野でも、向う所敵なしといふ有樣で、その盛であつたことは眞に豫想外である。分類上は單に爬蟲類・兩棲類といふが、斯く種類の多かつたこと故、一々調べて見ると、種々に性質の異なつたものがあり、海中を泳ぐ類では身體の形も殆ど魚類のようで、四足ともに鰭の形をなし、骨骼にも幾分か魚に近い性質が現れて居るが、後足ばかりで立つ種類では皆頸が長く、嘴も稍々突出し、腰の骨もよほど鳥類に似た形狀を呈して、全體が頗る鳥らしくあるなど、今日のものに比べると、形狀・構造ともに遙に變化が多かつた。今日でも蜥蜴・龜・蛙の類は相應に居るから、兩棲類・爬蟲類の二綱は、共に中生代から引續いて居るには違ひないが、その盛な時代は中生代と共に過ぎ去つて、今日では到底その當時の面影はない。次に新生代の化石は如何と見るに、この時代から出る化石は主として鳥類・獸類で、中にも獸類の方は種類も甚だ多く、非常に大きな形のものなどが居て、頗る盛であつたらしい。今日と違ひ、まだ人間の居ない頃故、陸上では獸類に敵するものなく、空中では鳥類に敵するものはないから、兩方とも十分に發達して、頭數も餘程多く、何處にも澤山に居たものと見え、狹い處から隨分夥しく化石が掘り出された例が珍しくない。或る人がギリシヤ國のピケルミといふ處で、幅六十步、長さ三百步に足らぬ處から、古代の象の類を二種、犀の類を二種、非常に大きな猪の類を一種、今のよりは更に大きな駱駝を一種、麒麟を一種、猿を數種、獅子の類、鼬の類、羚羊の類などを二十種許と、他に名の附けられぬ古代の怪獸を澤山に採集したことがあるが、之だけの獸類が一箇所に集まつて居るやうなことは、今日は決してない。その頃の猛獸には短刀程の牙を持つた虎の類を始め、實に恐しいものが多數にあつた。また今日では象が陸上動物の中の最大なものであるが、西洋の博物館に列べてある化石の獸類には、象より大きなものが幾らもある。前にも述べた通り、獸類に攻められぬ處では近代まで非常に大きな鳥が住んで居た。これらから考へると、先づ鳥類・獸類の全盛時代は人間の出て來るまでの新生代であつたと見倣さねばならぬ。斯くの如く每時代に盛な動物の種類が違ひ、恰も我が國の歷史中に平家・源氏・北條・足利などが起つては倒れた如くに、動物界に於ても新しい類が出來れば、古い方が衰へ、常に變遷して止む時はないが、生物が進化するものならば、素より斯くあるべき筈である。之に反して生物を萬世不變のものと見倣すときは、ここに述べた如き事實は、少しも了解することが出來ぬ。

 

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