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2018/03/06

栗本丹洲 魚譜 麻木(シビレ)ヱイ (図はメガネカスベで誤り)

 

Meganekasube

 

[やぶちゃん注:図版は国立国会図書館デジタルコレクションの「魚譜」からトリミングした。左下方のそれは次の「カツベ」とするエイの鰭の一部(はみ出した部分の添描き)、左上方のそれは「カツベ」本体全体の尾部先端で、本図とは全く関係がない。]

 

□翻刻1(本キャプションは異例に長く、左右に記されてある。一行字数を一致させたもの)

(右キャプション)

麻木(シビレ)ヱイ 此好吹氣其氣有毒人如中其氣欻然而麻木

痠痛故名亦入于罽中則網中小魚觸中其氣 卽皆死

云形方而灰色背上左右有        圏文々中

如汝而渋

(左キャプション)

腹下白活則噴氣毒于物殞則其肉無

毒鄙人食之耳元文中東都市醫神田

玄泉所著日東魚譜中載之今抄寫

于茲 一種勢州方言カヾミヱイ形圓ナリ

大ナルハ五尺許至ル賎民モ食ハズ亦此類乎

             春上巳後一日瑞見誌

 

□翻刻2(一部のカタカナをひらがなに代え、文を繫げ(但し、幾つかのパートで改行はした)、字の大きさは同じにした。読み易さを考え、送り仮名・句読点・記号を追加、読みを歴史的仮名遣で〔 〕で添えたもの。「々」は読みの関係上、正字に戻した。「汝〔か〕くの」は強引に読んだ)

「麻木(シビレ)ヱイ」

 此の〔えい〕、好んで氣を吹く。其の氣、毒、有りて、人、如〔も〕し其の氣に中〔あ〕たらば、欻然〔きぜん〕として麻木〔しび〕れ、痠痛〔さんつう〕す。故に名づく。亦、罽〔うをあみ〕の中に入らば、則ち、網中の小魚〔こうを〕、觸れて其の氣に中たり、卽ち、皆、死すと云ふ。形、方にして灰色、背上左右に、圏文〔けんもん)〕、有り、文〔もん〕の中〔うち〕は汝〔か〕くのごとくにして渋〔しぶ〕し。腹の下、白く活〔かつ〕し、則ち、氣を噴きて、物を毒し、殞〔そん〕ず。則ち、其の肉、無毒、鄙人〔ひなびと〕、之れを食すのみ。

 元文中、東都市の醫神田玄泉の著はす所の「日東魚譜」中に、之れを載す。今、抄寫して茲〔ここ〕に〔かか〕ぐ。

 一種、勢州方言「カガミヱイ」。形、圓〔まどか〕なり。大なるは、五尺許りに至る。賎民も食はず、と。亦、此の類か。

 癸未〔いづのとひつじ〕春・上巳〔じやうし〕の後一日。瑞見、誌す。

 

[やぶちゃん注:描かれたものは、その円状斑紋と形状から、軟骨魚綱板鰓亜綱ガンギエイ目ガンギエイ科メガネカスベ属メガネカスベ Raja pulchra と比定してよい。なお、同種に限らず、カスベの類は雌雄ともに尾の部分に一種の発電器官を持っており、数ボルトの弱い放電をするが、しかし、このキャプションに書かれているような、人間を痺れさせたり、或いは、一緒に網の中にいる小魚を感電死させるような威力はない。雑誌『あきた』(通巻三百十一号・昭和六三(一九八八)年四月一日発行)の水産振興センター所長竹内健氏の「日本海の魚たち」の「懐かしい夏祭りの味覚深海でラブコール放電 カスベのなかま」によれば、この電場発生は、『暗黒の深海で異性を呼び合う"愛のコールサイン"の役割をするらしい。種類によって異なる電波を出すので、異種同士がデートする気遣いはないようである』とある。従って、このキャプション中での「麻木(シビレ)ヱイ」なるものは、自ずと、異なる種の記載となる。そうして、その名及び文中に出る、「カガミヱイ」という名及び『形、圓〔まどか〕なり』という謂いから、この人間にも他の生物にも強力な電気を感じさせるエイというのは、文字通り、多くの種が強い円盤状(鏡状)形状を成す

板鰓亜綱シビレエイ目 Torpediniformes のシビレエイ類

である。シビレエイについては、以下のキャプション注の「カガミエイ」のところで詳述することとし、ここではまず、図のメガネカスベについて記載する。メガネカスベは既に「コンベ」の注で述べた通り、和名の「メガネ」(眼鏡)は体盤の模様によるものだが、実はこの図のように顕著な大型円紋がある個体から、小さな点のような個体或いは全くないものとがあるので注意が必要である。なお、「かすべ」の意味であるが、恐らくは「滓・糟(かす)べ」で食用に流通させるにはあまり向かない「カスのような」魚の意と思われ、いつもお世話になっている「ぼうずコンニャクの市場魚介図鑑」の「メガネカスベ」の解説にも、『「かすべ」とはそのものずばり「かすのような」という意味合い』であり、『たぶん浅い海域でたくさんとれていたために、ガンギエイ科のエイにつけられたもの』と記されてある。但し、「カス」と侮るなかれ、『特にメガネカスベは「真かすべ」と言われるように代表的なもので、味もよいとされて』おり、『主に総菜にな』り、また、『「えいひれ」などの干もの原料にもなる』とあるのである。以下はィキの「メガネカスベ」から引用しておく。本種は『単にカスベ、カスペとも呼ばれる』。『沿岸海域に生息し、日本や韓国、中国沿岸などの北西太平洋に生息する。最大で体盤の幅が』一・一二メートルにまで『達し、幅広の胸鰭が菱形となり、吻は長い。吻の上下にのみ棘があること、両胸鰭に暗い円状の斑点が見られることなどが特徴である』(既に述べた通り、無紋の個体もいる。実際、ネット検索で同種の画像を見ると、この図のように巨大な円紋を持つ個体は実はそう多くはないようにさえ見受けられるのである。但し、ウィキの添付画像の個体は、よく斑紋が出ていて、本図によく似ている)。『エビや頭足類、硬骨魚、カニなどを捕食する肉食魚である。卵生であり、メスはほとんど一年中卵殻に包まれた卵を産む』。一『つの卵殻からは複数の(最大で』五『匹)子が生まれ、これはガンギエイの中でも同属の』Raja binoculata (英名:big skate:「スケート」はガンギエイ類を総称する)『と本種にのみ見られる特徴である。韓国と日本においては食用に価値がある。漁獲量は生息域全域において多く、個体数は』一九八〇『年代から比べるとかなり減っている。そのためIUCN』(国際自然保護連合:International Union for Conservation of Nature and Natural Resources)『は本種の保全状態評価を危急(VN)としている』。本種は一九三二年に『初記載された』ものであるが、『現在ではその時のタイプ標本は失われている』。『系統学的研究によって、本種は北太平洋に生息する同属』五『種とともに』、『現在のメガネカスベ属とは独立した属に分類するべきであることが示されているが、新たな属名はまだつけられていない』。『メガネカスベは北西太平洋の温帯域、具体的にはオホーツク海から日本海、黄海、渤海、そして東シナ海の台湾以北でみられる』。一九八〇『年代の記録によれば、韓国の黒山島や甕津郡の島々、そして日本の北海道では非常に個体数が多かったようである。本種は底棲性で、ふつう沿岸部の浅い海域で生活する。オホーツク海では水深』五~三十『メートルから、黄海では水深』五~十五『メートルから発見されている』。『ただし、最も深くて水深』百二十メートルの『地点からも記録がある』。『日本においても、オホーツク海から東シナ海まで広くみられ、特に水深』五十~百『メートルほどの砂泥海底によく生息する』。『最大で体盤幅』は一・一二『メートルに達した記録がある』。『胸鰭は菱形で盤状になり、先細りしている長い吻まで続いている。両腹鰭の後部縁にはくぼみが』一『箇所ある。尾部には左右両側に起伏が走り、端近くに』二『つの小さな背鰭がある。尾鰭は退化し、尾部側面の起伏よりも小さい程度の起伏としてみられるのみである』。『体盤背面の中央にはよく発達した棘が』一『本ある』。『雄は腹鰭が変化してできた』一『対の棒状の交尾器を持ち、雌雄の判別は容易である』。『吻の背側と腹側は小さな棘に覆われているが』、先に示した同属のRaja binoculata『とは異なり』、『体の後方部には広がっていない。体色は上部は褐色で、下部はそれより明るい色となっている。若い個体では体盤に』一『対の暗い円状の斑点が見られるが、これは成長に伴って色あせたり、明るさを増したりする。加えて、成長に』伴い、『体盤上部表面の網目模様がより暗くなっていく』とある。『本種は主にエビや頭足類、硬骨魚類、カニなどを捕食する』。『尾の両側皮下部には紡錘状の発電器官が』一『対あ』り、『それぞれは円盤状の細胞から構成されており、弱い電場を作り出している。本種はこの電場をコミュニケーションに用いている可能性がある』(先の竹内健氏の引用を参照)。『同科の他種と同様に、本種は卵生である。産卵はほぼ一年中起こるが』、まず、四月~六月、次に十一月~十二月にかけての二回のピークがあり、『真夏には行われない。メスは』一年に九十八個から五百五十六個の卵を産む(平均は二百四十個)。『卵は普通』、『平らな砂地や泥地に産み落とされる。北海道の沖では、ホタテの養殖に使うカゴの中に産みつけられることがよくある』。『卵殻は長方形で、大きさは縦』十四~十八・八センチメートル、横七~九・四『センチメートルである。四隅には角状の突起があるほか、長辺はへこんで』、『糸巻き状の外見をなす。その形状から、日本では本種の卵殻を「たこのまくら」とか「カスベのたばこ入れ」と呼ぶことがある』。『卵殻には』、普通、『複数の胚が入っており、最大で』五『匹入っていることもある。卵殻の中に』普通に『複数の胚が入るのは、ガンギエイの中でも同属の』Raja binoculata『と本種だけである』。『卵殻から出てきた子は全長』九・五『センチメートルほどである。性成熟にはオスで体盤幅四十七・三センチメートルほどに、メスで同幅六十八・五『センチメートルほどまで達する』。『韓国と日本では食用魚として、商業的にも非常に重要な種である。韓国ではガンギエイ(洪魚:홍어:ホンオ)の中でも最もよく消費される種であり、市場でも最も高価な魚のひとつである』。『しばしば結婚を祝う場で食される。本種を対象にした刺し網漁が存在するほか、ヒラメを狙った刺し網漁で混獲されることもある。日本では北海道で』『メガネカスベを専門に狙った「かすべ刺し網漁業」が留萌・宗谷地方の日本海側で行なわれている』。鰭(ひれ)の『部分が食用となり、漁獲された後』、『まず』、『このひれの部分を切り取り』、『皮を剥いでから出荷される』。『煮つけや味噌漬け、から揚げなどで食され、練り製品にも加工されることがある』とある。文中に出た「ホンオ」は私が食べたくて未だ食べていない、ある意味、危険な珍味であるので、ウィキの「ホンオフェ」を引いておく。『ホンオフェ(洪魚膾、こうぎょかい、홍어회)は韓国料理のひとつ。ガンギエイ(洪魚:ホンオ、こうぎょ、홍어)の刺身、あるいは切り身を壷などに入れて発酵を促進させたものである。朝鮮半島南部ではカオリフェとも呼ばれる』。『エイの肉を壺等に入れて冷暗所に置き』、十『日ほど』、『発酵させると』、『エイの持つ尿素などが加水分解されてアンモニアが発生し、ホンオフェが出来上がる』。『韓国全羅南道の港町である木浦地域の郷土料理で、ガンギエイの切り身を壷に入れ』、四『日ほど発酵させたものである。発酵させればさせるほど』、『身が柔らかくなり、美味とされる。プサン、ソウルなどでも食べることはできるが、全羅南道以外で供されるものの多くはエイの切り身(フェ、刺身)であり』、『身に軟骨が付いていてコリコリとした食感を楽しみ、さっぱりとしたものが多い。全羅南道木浦の本場ものは凄まじいアンモニア臭がし、涙を流しながら食べることになる。口に入れた後にマッコリで流し込むのが通の楽しみかたとされる』。『長く口の中に入れておくと』、『アンモニアによって口内粘膜がただれてしまうこともあるので』、『注意が必要である』。『そのアンモニア臭から外国人や初心者には敬遠されるが、韓国では高級食品のひとつであり、朝鮮半島南部のホンオフェの本場では結婚式など冠婚葬祭に欠かせないごちそうである』。『ホンオフェの強烈な臭いは世界有数、アジア最大とされており、口に入れた状態で深呼吸すると失神寸前になるといわれている』。『また、臭いの強さは納豆の』十四『倍、キビヤック』(グリーンランドのカラーリット民族やカナダのイヌイット民族及びアラスカ州のエスキモー民族が作る伝統的な発酵食品。海鳥(チドリ目ウミスズメ科ウミスズメ属 Synthliboramphus のウミスズメ類)を捕獲したアザラシ(哺乳綱食肉(ネコ)目イヌ亜目鰭脚下目アザラシ科 Phocidae のアザラシ類)の死体内に詰め込んだ上、地中に長期間、埋めて作る)の五『倍であるとされる』。

・「麻木(シビレ)ヱイ」「麻木」は特定の植物を指す語ではなく(敢えて言うなら、双子葉植物綱マンサク亜綱イラクサ目イラクサ科イラクサ属イラクサ Urtica thunbergiana が頭に浮かぶ(茎や葉の表面に毛のような棘があり、その基部にはアセチルコリンとヒスタミンを含んだ液体の入った嚢があって、棘に触れて、その嚢が破れ、その液体が皮膚につくと強い痛みがある。但し、同種は食用にも供される)が、同種は「蕁麻」とは書くが、「麻木」とは書かない)、中国語で、長時間に亙る外部からの刺激や疾患によって一部又は全部の知覚が失われて「麻痺する・痺(しび)れる・無感覚になる」の意。

・「〔えい〕」前に注したが、「」は「」と同義で「黄色と白色の二色の体をしており、尾に毒を含む魚」の意とする。ここは鱏・鱝・鰩・海鷂魚に同じい。広義の板鰓亜綱エイ上目 Batoidea に属するエイ類のこと。

・「氣を吹く」目に見えないことを「氣」と言っているのであろう。本種ではないが、後に出すシビレエイなどの出す電気とすれば、以下は腑に落ちる記述である。

・「欻然〔きぜん〕」「欻」は「忽然」「迅速」の意があるから、「急なさま」「忽ち起こるさま」の意である。

・「痠痛〔さんつう〕」「痠」は「だるい・だるくて鈍い痛みがある」の意。電撃の痛みと、それに伴う感電による筋肉や神経の痛みや強い脱力感をよく伝える語である。

・「罽〔うをあみ〕」魚を一網打尽にするような、比較的、大きな漁網を指すようである。

・「則ち、網中の小魚〔こうを〕、觸れて其の氣に中たり、卽ち、皆、死すと云ふ。形、方にして灰色、背上左右に、圏文〔けんもん)〕、有り」この「云ふ」が、一種、問題の箇所、誤認の接続部である。実はこの図は本文の最後にあるように、栗本丹洲が実物を目の前に置いて描いたものではなくて、本邦最古の魚譜である神田玄泉の「日東魚譜」から転写したものなのである。しかもそこには本種名を「シビレエイ」としてあり(元は後の注でリンクで掲げる)、その解説もここに丹洲が掲げたキャプションと殆んど同じといってよいものであることが判るのである。丹洲先生、やっぱり、無批判な孫引きはいけませんよ、お蔭でとんでもない誤りになってしまているじゃありませんか!

・「文〔もん〕の中〔うち〕は汝〔か〕くのごとくにして渋〔しぶ〕し」「汝」を対象物質の指示語として読むのは無理があるが、こう読まないと読めなかった。或いは別な正しい訓読法があるとなれば、御教授戴きたい。円紋の中の部分は、「渋(しぶ)し」、濃く暗い、というのであろう。冒頭の引用中に、若い個体は体盤に一対の暗い円状斑点が見られるが、これは成長に伴って、色褪せたりするともあった。異様に黒くざらざらしている感じを丹洲は黒い多数の点で示そうとしているように見える。

・「活〔かつ〕し」生き生きとした色をしており。背部と対称的であること示している。腹面を一緒に描いていないのが惜しまれる。

・「氣を噴きて、物を毒し、殞〔そん〕ず」「殞」は「死に至らしめるような致命的な傷を与える」の意。人は死なずとも、同じ網中の小魚は悉く死んでしまうというのであるから、「殞」は大袈裟ではない。更に、当時の感覚では、電気ショックではなく、ここにあるように、目に見えない「毒」を吹きかけられて死んだものと考えたのだから、その網の中の死んだ魚は商品にならないとして、廃棄したとも考えられるから、これは実に大損害である。

・「鄙人〔ひなびと〕」田舎の人。里人。漁師内でも貧しい者らの謂いも含んでいよう。

・「元文」一七三六年から一七四一年まで。

・「東都市」江戸市中。

・「神田玄泉」(生没年不詳)は江戸の町医。出身地不詳。玄仙とも。他の著作として「本草考」「霊枢経註」「痘疹口訣」などの医書がある(事蹟は「朝日日本歴史人物事典」に拠る)。

・「日東魚譜」全八巻。本邦(「日東」とは日本の別称)最古の魚譜とされるもので、魚介類の形状・方言・気味・良毒・主治・効能などを解説する。序文には「享保丙辰歳二月上旬」とある(享保二一(一七三六)年。この年に元文に改元但し、幾つかの版や写本があって内容も若干、異なっており、最古は享保九(一七一九)年で、一般に知られる版は享保一六(一七三一)年に書かれたものである(以上は主に上野益三「日本動物学史」平凡社一九八七年刊に基づく『東京大学農学部創立125周年記念農学部図書館展示企画 農学部図書館所蔵資料から見る「農学教育の流れ」』の谷内透氏のこちらの解説に拠ったが、序を見るに、もっと古い版がある模様である)。実は私はカテゴリ『「神田玄泉「日東魚譜」』も起しているが、ご覧の通り、二記事しか電子化していない。これは、正直、絵が稚拙で、魅力を欠くからであるが、もう三年近く放置している。これもやらずば、なるまい。

・「之れを載す」「日東魚譜」の巻三の「魚  シビレエイ」(「」=「魚」+「英」。リンク先は国立国会図書館デジタルコレクションの当該画像頁。上部の解説を見ると、丹洲が明らかにこれを無批判に写し取り、本種を「シビレヱイ」と名付けてしまったことが判明する)。

・「〔かか〕ぐ」掲げる。挙げる。

・「カガミヱイ」「形、圓〔まどか〕なり。大なるは、五尺許りに至る」日本産シビレエイは五種いるが、「五尺」は一メートル五十一センチメートルほどで大きい。本邦の最大級の、板鰓亜綱シビレエイ目ヤマトシビレエイ科Torpedininae 亜科ヤマトシビレエイ属ヤマトシビレエイ Torpedo tokionis と一応、しておくウィキの「ヤマトシビレエイ」によれば、『東北地方以南の太平洋沿岸から東シナ海にかけての、大陸棚から深海』一千メートル『付近に棲息する』。『濃いピンク色で目立った模様はない。背びれが』二『つあることから、他のシビレエイと見分けることができる』。『頭と胸鰭の間に発電器官があり』、百『ボルト以下程度の発電能力がある』。恐らくは『無胎盤性胎生と考えられる』。で六十七・五センチメートル、は『それより大きいサイズで性成熟する。最大で』百十三・六センチメートルになるが、出生時は二十センチメートル以下である。『底引き網、刺し網によって混獲される。台湾の市場では時折見られるが』、『価値は低く、捨てられるか』、『魚粉に加工される』。漁師は素手で触らないように注意するという。但し、どうも本種は深海性で、同定に躊躇する。最も普通に日本の中部以南の浅海に分布するのは、シビレエイ目タイワンシビレエイ科Narkinae 亜科シビレエイ属シビレエイNarke japonica である。二〇〇三年刊の「学研の大図鑑 危険・有毒生物」では、後者を挙げている。『体は丸形で、腹びれの前半部が胸びれの下に隠れる。背びれは』一つ。『背面は灰褐色から茶褐色で、鱗(うろこ)がなくなめらか。眼が盛り上がっている。胸びれの基部に筋組織の発達した発電器官があり、電圧は』三十~八十『ボルトで、下面から背面に流れる』とある。総説部分には『シビレエイの発電器官は胸びれにあり、発電柱が背側から腹にかけて並んで集まって』おり、一『本の発電柱は、非常に薄い発電小体が数百から数千個積み重なってできている。ここに神経がつながり、刺激を受けると放電する。電圧は』五十『ボルト前後で』、『かなり弱いので、触れても命に別状はないが、遊泳中などには危険である』とする。これはしかし、四十センチメートル程度で、この記載スケールには合わないのが難点である。

・「賎民も食はず」「ぼうずコンニャクの市場魚介図鑑」の「ヤマトシビレエイ」の解説にも、『煮つけにすると、身に水分が多く、また身がぽろぽろと外れてしまう。うまいものではない』とある。

・「癸未〔いづのとひつじ〕」文政六(一八二三)年。文化一四(一八一七)年四月十九日に開催された幕府医学館の薬品会に出した「垢鯊図纂」よりも後であるから、これも描き直されたか、追加されたものであることが判明する(本カテゴリ冒頭注参照)。

・「上巳〔じやうし〕の後一日」「上巳」(「じょうみ」とも読む)とは五節句の一つである三月三日。所謂、「桃の節句」。その「後一日」であるから、三月四日。グレゴリオ暦一八二三年四月二十四日。]

 

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