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2018/04/20

進化論講話 丘淺次郎 第十四章 生態學上の事實(3) 三 防禦の器官

 

     三 防禦の器官

 

 若し攻める方の動物に攻擊の器官が發達して、攻められる方の動物に防禦の裝置がなかつたならば、攻められる動物は忽ち攻め亡されて、種屬が斷絶してしまふ筈である。今日雙方ともに相對して生存して居るのは、全く一方に防禦の仕掛けが發達して、容易には攻め盡されぬからであるが、動物界を見渡すと、その手段の種々樣々なことは、到底枚擧することは出來ぬ。

 總べて攻擊の器械はまた防禦のためにも用ゐ得られるもので、同じ劍、同じ銃を以て攻擊も出來、防禦も出來る如く、牙や爪は孰れの役にも立つ。眼・鼻・耳の如き感覺器官も、足・翼・鰭の如き運動器官も、全くその通りで、臨機應變に兩樣に用ゐられるが、人間日々の行爲から考へて見ると、人間の智力の如きも、たゞ敵を攻め、己れを護るための道具に過ぎぬ。

 鹿・兎等の如き草食獸の足の速いのは、全く防禦のためばかりである。山に獵に行つても、海に漁に行つても、一且見付けた動物が我々の手に入らぬのは、何時でも必ず逃げられるからである所を見れば、敵に優つた速力を有することは、防禦の手段中實に第一等に位し、三十六計これに如くものは到底ない。而して速に運動するには、眼が餘程發達せなければならず、敵の近づくのを未然に知るには、鼻も耳も鋭くなければならぬ。盲人は如何に足が達者でも、目明(めあき)の如く走ることが出來ぬ通り、幾ら運動の器官ばかりが完全に出來ても、感覺の器官がこれに伴うて發達せなければ、速な運動は出來るものでない。動物中で最も運動の速な鳥類は、また服の鋭いことに於ても一番であるのは、その證據である。されば、鹿・兎等の感覺器官は逃走に必要なもの故、やはり防禦の器官と見倣さねばならぬが、その頗る發達して容易に敵を近くへ寄せ附けぬことは、銃獵者の常に熟知する所である。これらの動物を捕へて食ふ動物は、尚一層迅速な運動の力を有し、尚一層鋭敏な感覺器官を具へなければ、容易に之を獲ることが出來ぬ。

 

Ikanotousouhou

[烏賊の逃走法]

[やぶちゃん注:このパートのここから六枚は、総て講談社学術文庫版のものを用いた。]

[やぶちゃん注:サメ(種は不明。先端部の尖りの形状は軟骨魚綱メジロザメ目メジロザメ科ヨシキリザメ属ヨシキリザメ Prionace glauca に似ているようには見えるが、全体に寸詰っているので違うか)に襲われるイカであるが、このイカは背面の紋様や外套膜辺縁部の「エンペラ」の有意な広がりなどから見て、頭足綱二鰓亜綱コウイカ目コウイカ科コウイカ属コウイカ Sepia (Platysepia) esculenta 或いはその近縁種と思われる。]

 

 隱れるのも敵の攻擊の範圍外に出ること故、逃走の一種と見倣しても宜しい。鳥賊の類は、敵の攻擊に遇へば、先づ墨汁を吐いて、海水の中に黑雲を造り、自分の身體が敵に見えぬ折を利用して、遠く意外の方向へ逃げてしまふが、之などは隱遁法の最も人に知られた例である。

 

Igagurigani

 

[いばらがに]

[やぶちゃん注:丘先生、カニ類は苦手だったものか、甲殻上綱軟甲(エビ)綱真軟綱(エビ)亜綱エビ上目十脚目異尾下目タラバガニ科イバラガニ属イバラガニ Lithodes turritus はこの図のように栗のイガ状には棘は全く出ないから、完全に誤りである。これは見た目文字通りの、タラバガニ科エゾイバラガニ属イガグリガニ Paralomis hystrix である。]

 

 逃亡によらず、敵の攻擊に對して身を護る手段の中で、最も普通なのは、堅牢な甲冑を被むることである。蝦・蟹の甲、龜の甲などもこの例であるが、最も堅固なのは恐らく貝類の殼であらう。蛤・「あさり」等でも、殼が相應に厚いが、熱帶地方の海に産する「しやこ」といふ大きな貝の如きは、殼だけの重さが四五十貫目[やぶちゃん注:百五十~百八十七・五キログラム]もある。かやうな殼を有する動物は危險の恐れのあるときは、單に殼を閉ぢさへすれば、最早少しも心配はない。蛤位の貝でも殼を閉ぢて居れば、之を攻擊し得る動物は比較的に少い。倂し重い甲冑と速い運動とは到底兩立せぬ性質のもの故、堅固に身を裝うた動物は運動の方は勢ひ甚だ遲からざるを得ぬ。龜は何時も運動の遲い例に引き出されるが、貝類に至つては、その遲いこと龜の數倍で、中には牡蠣の如く全く移動の力のない種類もある。それ故、殼を破る裝置を具へて貝類を專門に攻擊する動物に遇うては、到底叶わぬ。例へば猫鮫の類は、臼の如き齒が丈夫に發達して、如何なる貝でも、殼のまゝ嚙み碎いて食つてしまふ。一名之を「榮螺割り」と名づけるのは、斯かる性質から起つたことであらう。また「つめた貝」は口の直後に、他の介殼の石灰質を溶かして孔を穿つための特別の器官があり、之を用ゐて巧に蛤の殼などに孔をあけ、中の肉を食ふ。海岸に落ちて居る介殼を拾つて見ると、尖つた處に近く小さな圓い孔のあるのを、澤山見出すが、之は「つめた貝」の造つた孔である。一方の動物に如何に防禦の裝置が發達しても、また之を破るべき器官が他の動物の身體に存する具合は、恰も錠前が如何に改良せられ進步しても、之と同時に、盜賊の方では、また之を開くべき合鍵を工夫して造るのと同樣である。

[やぶちゃん注:「しやこ」斧足綱異歯亜綱 マルスダレガイ目ザルガイ上科ザルガイ科シャコガイ(硨磲貝)亜科 Tridacnidaeのシャゴウガイ(車螯貝)属 Hippopus・シャコガイ属 Tridacna に属するシャコガイ類。言わずもがなであるが、最も大型とされるシャコガイ属オオシャコガイ(Tridacna (Tridacna) gigas)は、殻長二メートル近くに及び、重量も二百キログラムを超えるから、丘先生の謂いは大袈裟ではない。

「猫鮫」「榮螺割り」軟骨魚綱板鰓亜綱ネコザメ目ネコザメ科ネコザメ属ネコザメ Heterodontus japonicus。同種は底生性で、岩場や海藻類の群生地帯に棲み、硬い殻を持つサザエなどの貝類やウニ・甲殻類などを好んで食べる。臼歯状の強力な後歯で、殻を噛み砕いて食べることから「サザエワリ(栄螺割)」の異名を持つ。

「つめた貝」腹足綱直腹足亜綱新生腹足上目吸腔目高腹足亜目タマキビガイ下目タマガイ上科タマガイ科ツメタガイ属 Glossaulax ツメタガイGlossaulax didyma 及びその近縁種。以下、吉良図鑑(保育社昭和三四(一九五九)年刊)とウィキの「ツメタガイ」によれば、ツメタガイGlossaulax didyma は『インド以東、西太平洋の浅海に分布する。日本では北海道以南から沖縄にかけて広く分布』し、潮間帯から水深十~五十センチメートル程度の砂地のごく浅海に多く、殻幅五センチメートルほどの中型の巻き貝(とあるが、吉良図鑑は大きな個体では殻長(殻高)八センチメートル、殼幅九センチメートル以上に達するとあり、私もかつてしばしばその大きさの生貝や死貝を拾った)。『殻の色は紫褐色から黄褐色を呈する。底部は白色で滑らか。蓋は半円形となる。夜行性で、砂の中を活発に動き回る。また軟体部は殻から大きく露出し、殻を完全に覆いつくす。 肉食性であり、アサリなどの二枚貝を捕食する。アサリなどの二枚貝を捕まえると、やすりのような歯舌を用いて獲物の殻の最も尖ったところである殻頂部を平らに削っていき』、二ミリメートルほどの『穴をあけて軟体部を食べる』。なお、ウィキの記載者は挙げていないが、この捕食行動の際には、削る前に、足の一部から酸性の液を分泌し、相手の殻に塗りつけて炭酸カルシウムを分解させ、柔らかくしてから、穿孔するという説がある。繁殖期は春で、五月頃、『茶碗をかぶせたような形に卵塊を作る。その形から通称「砂茶碗」と呼ばれる。 生息環境により形が変化し、内海のものは臍索中央の溝が殻軸と直角方面に伸び、臍穴がふさがらないが、外洋に分布するものは臍索の中央の溝が曲がっていて、臍穴が密閉する形となり、ホソヤツメタ(Glossaulax didyma hosoyai KIRA)と呼ばれる』とあり、他に本邦には、

ヒメツメタ(ガイ) Glossaulax vesicalis

(本州の能登半島及び房総半島以南から九州に棲息。殻高四センチメートル程度でツメタガイよりやや小型。殻は薄く灰褐色で、胎殻は赤褐色。)

ソメワケツメタ(ガイ) Glossaulax bicolor

(本州の駿河湾以南から南西諸島・東南アジアに広く棲息。殻高三センチメートル程度。殻口内が濃褐色と淡褐色の二色に分かれる。殻底が丸みを帯び、臍穴溝は二重の螺状溝を成すのを特徴とする。)

ハナツメタ(ガイ) Glossaulax reiniana

(本州の男鹿半島及び房総半島以南から南西諸島に棲息。殻高四センチメートル程度。ツメタガイと比較してやや小型で、螺塔もやや高い。)

がいる。ウィキには『本種は無毒であるが食用にされることは少ない。これは加熱した際に身が固く締まり、歯ざわりが悪いためである』が、『愛知県知多半島では本種を「うんね」と呼び、塩揉みして生食するほか、煮付けやおでんの具として食している』。『また、三重県南部では「ばんちょう」と呼ばれ甘辛く煮付けて食している』。私は小学校二年の時、由比ヶ浜に前日までの台風で打ち上げられた多量の生貝をバケツ二杯ほども採取したが、その中の大半はこのツメタガイであった。煮付けにして食ったが、あまりの美味さに食い過ぎ、翌日、美事に腹をこわした。その時、小二乍ら、堅いから消化が悪いんだ、それから穴を空ける分泌物が含まれているからよくないんだ、と考えたのを不思議によく覚えているのである。なお、「ツベタガイ」「ツメタガイ」「津免多貝」の語源は不詳であるが、牛や馬の爪に似ていることから「爪貝(ツメガイ)」の転じたものかとするのを見かけた。しかし私は、この光沢のある貝殻が「光螺」「砑螺」(「砑」は音「ガ」で、「艶出しをする」の意がある)と呼ばれていることからも、見た目「冷(つべ)た」い涼しい感じを与えるからであると考えている。これは実に、かの小二の七歳の頃からずっと続く思い込みなのであって、そうそう引き下げる訳には、これ、行かないのである……。]

 

Tumetagai

 

[(右)「つめた貝」に孔を穿けられた介殼 (左)つめた貝]

 

Yamaarasi

 

[やまあらし]

[やぶちゃん注:脊索動物門脊椎動物亜門哺乳綱齧歯(ネズミ)目ヤマアラシ上科ヤマアラシ科 Hystricidae(旧世界ヤマアラシ)及びそっくりであるが、収斂進化の結果である別系統のアメリカヤマアラシ科 Erethizontidae のヤマアラシ類。詳しくは、たまたま最近電子化した『栗本丹洲自筆(軸装)「鳥獣魚写生図」から「豪猪」(ジャワヤマアラシ)』の私の注を参照されたい。]

 

 蝟(はりねづみ)・豪猪(やまあらし)・海膽(うに)等には、全身の表面から棘が生えてあるが、之も有力な防禦の器官である。これらの動物が棘を立てれば、殆どどこからも觸れることが出來ぬ故、之を犯す敵は容易にない。「はりせんぼん」・「いばらがに」なども之と同樣である。また鼬の如きは危險に遇へば極めて惡しき臭氣を發して敵を避易せしめるが、この類で最も劇しいのは、北アメリカ産の「スカンク」といふ獸である。やはり鼬の一種であるが、この動物の發した臭氣に觸れると、犬などは殆ど氣絶してしまふ。その他或る類の昆蟲は味の甚だ惡いために、如何なる鳥類も之を避けて食はぬ。また蟇(ひきがへる)は運動の遲い代りに、皮膚に毒液を分泌する腺がある故、犬も之に食ひ付くことが出來ぬ。またその卵は多量の粘液の如きものに包まれて居るから、鳥も之を啄むことが出來ぬ。蟇の皮を剝ぎ取つて肉だけを與へれば、犬は悦んで食ふ。また粘液を除いて卵粒だけを與へれば、鷄は直に之を食つてしまふ所などを見れば、兩方ともに防禦の器官として有功なことは少しも疑がない。また海綿の如きは、角質または珪質の骨片が全身に充滿して居るから、海岸到る處に無數に生活して居るが、之を攻擊する動物は殆ど一種もない。

[やぶちゃん注:「蝟(はりねづみ)」背部に針(体毛が変化した棘)を持つ、哺乳綱 Eulipotyphla 目ハリネズミ科ハリネズミ亜科 Erinaceinae のハリネズミ類。現生のものとしては五属十六種がいる。

「はりせんぼん」条鰭綱フグ目ハリセンボン科 Diodontidae(六属二十種)のハリセンボン類の総称であるが、狭義には標準和名ハリセンボン Diodon holocanthus を指す。本種は卵を除いて無毒である。

「いばらがに」先の「いばらがに」の図の誤りの指摘注を参照。但し、真正のイバラガニも数は極度に少ないが、鋭利で長い棘を持つから、ここは結果して叙述上は誤りではなくなる

「スカンク」食肉(ネコ)目スカンク科 Mephitidae 四属十五種の哺乳類の総称。北アメリカから中央アメリカ、南アメリカにかけて生息する(但し、スカンクアナグマ属はインドネシア・フィリピンなどマレー諸島の西側の島々に生息)。多くは白黒の斑模様の体色をなすが、これは外敵に対する警戒色である。体長は四十〜六十八センチメートル、体重は〇・五〜三キログラムで、ふさふさとした長い尾をもつ。雑食性でネズミなどの小型哺乳類・鳥卵・昆虫・果実などを餌とし、地中に巣穴を作る。肛門の両脇にある肛門傍洞腺(肛門嚢)から、強烈な悪臭のする分泌液を噴出して外敵を撃退することで知られる。分泌液の主成分はブチルメルカプタン(C4H9SH)で、その臭いの形容は硫化水素臭やにんにく臭など、文献によって異なる。なお、スカンクは狂犬病の媒介動物でもあり、テキサス州やカリフォルニア州などでは、人間が狂犬病にかかる感染源のトップとして挙げられている。但し、分泌液を介して狂犬病に感染した例は知られていない(以上は主にウィキの「スカンク」に拠った)。

「蟇(ひきがへる)は運動の遲い代りに、皮膚に毒液を分泌する腺がある」一応、本邦種の両生綱無尾目ナミガエル亜目ヒキガエル科ヒキガエル属ニホンヒキガエル Bufo japonicas を挙げておく。彼らの持つ主要毒成分は強心配糖体ラクトンのブファジエノライド(六員環:化合物中、ベンゼン環などのように環状に結合している原子が六つあるものをいう。)型のステロイド配糖体で、薬剤名からお分かりの通り、ヒキガエルの毒腺から単離された毒素である。]

 

Syokubutunohogosouti

 

[植物の護身裝置]

 

 また植物にも草食獸類や昆蟲・蝸牛などの害を防ぐために、種々の裝置を具へたものが少くない。栗のいが、「からたち」の棘、「ひいらぎ」、「さぼてん」の刺などの如くに、非常に鋭く尖つて、とても觸れられぬもの、「いらくさ」などの如くに針は細く柔くても、毒液を含んで居るために劇しき痛みを起すもの等はその最も著しい例である。

[やぶちゃん注:「からたち」双子葉植物綱ムクロジ目ミカン科カラタチ属カラタチ Poncirus trifoliata。ご承知の通り、枝に稜角があって、三センチメートルにも及ぶ非常に鋭い刺が互生する(この刺は葉の変形したものとも、枝の変形したものともいう)。

「ひいらぎ」目シソ目モクセイ科 Oleeae 連モクセイ属ヒイラギ変種ヒイラギ Osmanthus heterophyllus var. bibracteatus。同種の葉は対生し、革質で、光沢を持ち、形は楕円形或いは卵状の長楕円形を成す。葉の縁には先が鋭い刺となった鋭鋸歯があるが、老樹になると、この葉の刺は次第に少なくなってゆき、終には縁が丸くなってしまう。本種の種小名「heterophyllus」は「異なる葉」の意で、この生態変化に由来する。

「いらくさ」マンサク亜綱イラクサ目イラクサ科イラクサ属イラクサ Urtica thunbergiana。茎や葉の表面に毛のような棘があり棘、の基部にはアセチルコリン(Acetylcholine:我々の体内にも存在する、副交感神経や運動神経の末端から放出されて神経刺激を伝える神経伝達物質)とヒスタミン(histamine:活性アミンの一種。血圧降下・血管透過性亢進・平滑筋収縮・血管拡張・腺分泌促進などの薬理作用を有し、アレルギー反応や炎症の発現に介在物質として働く)を含んだ液体の入った嚢があり、棘に触れることによってその嚢が破れ、その液が皮膚に附着すると強い痛みや激しい痒みを生ずる。]

 

 斯くの如く動物は種々の方法によつて身を護るやうに出來て居るが、尚或る動物には危險に遇うたときは、身體の一部を捨てて逃げる力が發達してある。例へば蜥蜴の尾を抑へれば、蜥蜴は尾だけを捨てて逃げる。また蟹の足を一本捕へれば、蟹はその足だけを捨てて逃げて行くが、斯かる動物には敵に最も多く捕へられさうな體部を隨意に截斷し得るだけの構造が出來て居て、敵が之を強く引かずとも、動物自身で之を内部から切つて捨てる。その代りにまた容易に之を再び生ずる力が具はつてゐて、忽ち舊の姿に復する。蟹を多く捕へると一本或は二本の足だけが著しく小いものを幾つも見出すが、之は皆斯くして生じたものである。蟹の鋏の一方だけが甚だ小いのも、蜥蜴の尾に往々明に節の見えるのも之と同樣である。特に海産動物の中では、かやうな性質を具へたものが敢へて珍しくはないが、この性質を有する動物からいへば、一小部分を捨てて全身を救うこと故、最も有益に違ひない。倂し之を捕へる動物の側から見れば、そのため常に餌に逃げられてしまふから、極めて不利益なものである。

[やぶちゃん注:所謂、「自切」である。一部の昆虫類やカニ類では自切する箇所が概ね決まっており、その部分には始めから名称な条痕が入っていて、特に「自切線」と呼ばれる。]

 

 多くの動物の中には、全く防禦の器官がない如くに思はれるものもある。倂しさやうな場合には、特別の防禦の裝置がなくても、種屬の維持に差支がないだけの事情が、必ず他に存するもので、例へば人間の腹の内に住む寄生蟲の如きは、之を攻擊する敵がないから、防禦の器官も全く不用である。また蚯蚓の如きも常に地中に住んで居るから、之を攻擊するものはたゞ鼴鼠(もぐら)の類だけで、その他に之を害するものは餘りない。地面の上に如何なる猛獸・猛禽が居ても、蚯蚓は少しも心配するに及ばぬ。それ故、これらに對して身を護る裝置を具へる必要は全くない。但鼴鼠に遇うては、忽ち食はれるが、鼴鼠に食はれる數よりも生れる子の數の方が多くありさへすれば、種屬の維持には一向差支はないから、種屬全體からいへば、防禦の器官がなくても濟むわけである。また菊・薔薇などの若芽に附く蚜蟲(あぶらむし)の類は、全く防禦の器官がないやうであるが、繁殖力が極めて烈しいから、幾ら敵に食はれても、之を補つて尚その上に增加することが出來る。普通の昆蟲類は皆卵を生み、その卵から幼蟲が孵化して出るまでには多少の時目がかゝるものであるが、蚜蟲は春から夏を經て秋の漸く凉しくなる頃まで、植物の勢の好い間は絶えず胎生して、日々澤山の蚜蟲を生じ、幾何級數の剖合で增加するから、その繁殖の速なこと到底他にその比を見ぬ程である。また餌が澤山に殖えれば、之を食ふ動物も忽ち增加して、之を食ひ盡しさうなものであるが、普通の動物は生殖の時期にも略々制限があり、また生殖するには幾らかの時を要するから、蚜蟲が今日急に增加しても、之を食ふ小鳥が明目その割合に增加するといふ譯には行かぬ。それ故、別に防禦の器官が無くても、種屬の維持には少しも差支はない。

[やぶちゃん注:「蚜蟲(あぶらむし)」アリマキ(蟻牧)とも呼ぶ(私はこの「ありまき」の呼び名の方が好きだ)、昆虫綱有翅亜綱半翅(カメムシ)目腹吻亜目アブラムシ上科 Aphidoidea のアブラムシ科 Aphididae・カサアブラムシ科 Adelgidae・ネアブラムシ科 Phylloxeridae に属するアブラムシ類。アリとの共生関係の観察から、古くより「蟻牧」と呼称された。子どもらと話していると、彼らを何かの昆虫の幼虫と勘違いしている者が多いので注することとする。また、ウィキの「アブラムシによれば、体内(細胞内)に真正細菌プロテオバクテリア門γプロテオバクテリア綱エンテロバクター目腸内細菌科ブフネラ属Buchneraの大腸菌近縁の細菌を共生させていることが知られ、ブフネラはアブラムシにとって必要な栄養分を合成する代わりに、『アブラムシはブフネラの生育のために特化した細胞を提供しており、ブフネラは親から子へと受け継がれる。ブフネラはアブラムシの体外では生存できず、アブラムシもブフネラ無しでは生存不可能である』とあり、更に二〇〇九年には『理化学研究所の研究によりブフネラとは別の細菌から遺伝子を獲得し、その遺伝子を利用しブフネラを制御している』という恐るべきメカニズムが判明している。是非、以下の理化学研究所の「アブラムシは別の細菌から獲得した遺伝子で共生細菌を制御」という「理研ニュース 二〇〇九年五月号」の記事をお読みになられることをお奨めする。]

Arimaki

[あぶらむし]

[これのみキャプション(上のアブラムシ個体に『雌』、下の有翅の個体に『雄』があるので底本の国立国会図書館デジタルコレクションの画像をトリミング補正して用いた。]

 

 

 以上述べた如く、防禦の裝置のない動物は、實際この裝置がなくとも、種屬の斷絶する虞のない類ばかりで、その他に至つては防禦の器官・攻擊の器官ともに各々一定の度まで發達して居なければ、競爭場裡に立つて生存して行くことは出來ぬが、元來動物の身體を成せる各器官は、一として滋養分を要せぬものはないから、一の器官が發達すれば、それだけ、その所有主である動物の負擔が重くなり、勢ひ他の器官の方を節減せざるを得ぬ。その有樣は共通の資本を數多の方面に流用して居るのと、全く同じであるから、如何なる動物に攻められても、之を防ぎ遂げるだけの完全な防禦の裝置と、如何なる動物を攻めても必ず之を攻め落すだけの完全な攻擊の器官とを、一疋の動物が兼ね具へることなどは、到底出來ぬ。特に攻擊の器官は相手の異なるに隨ひ各々違つたものを用ゐねば功がない。虎は如何に強くても蚯蚓を取ること鼴鼠に及ばず、蚊を取ること夜鷹に及ばぬのを見ても、また「しらす」でも鰯(いわし)でも鮪(まぐろ)でも、一緒に取るやうな網のないのを見ても解る通り、到底同一の器官で、如何なるものでも攻擊することは出來ぬが、總べての種類の攻擊の器官を皆一身に具へることは素より望まれぬ所である。それ故、如何なる動物でも、皆その生存上捕へて食はなければならぬ相手に對する攻擊器官だけが發達し、その他のものを攻めるための器官を有せぬのが常である。自然淘汰の説から見れば、是非とも斯くなければならぬ理窟で、實際斯くあるのは全くこの説の正しい證據と見倣して宜しからう。

[やぶちゃん注:「蚊を取ること夜鷹に及ばぬ」ヨタカ目ヨタカ科ヨーロッパヨタカ亜科ヨタカ属 Caprimulgus は、古くから「蚊母鳥(ぶんもちょう)」の異名を持つが、夜行性であるため、蚊を含む昆虫類をよく捕食するものの、蚊ばかりを摂餌する訳ではない。

「しらす」カタクチイワシ(条鰭綱ニシン上目ニシン目ニシン亜目カタクチイワシ科カタクチイワシ亜科カタクチイワシ属カタクチイワシ Engraulis japonicus)・マイワシ(ニシン亜目ニシン科ニシン亜科マイワシ属マイワシ Sardinops melanostictus)・イカナゴ(条鰭綱スズキ目イカナゴ亜目イカナゴ科イカナゴ属イカナゴ Ammodytes personatus)・ウナギ(条鰭綱ウナギ目ウナギ亜目ウナギ科ウナギ属 Anguilla)・アユ(条鰭綱キュウリウオ目キュウリウオ亜目キュウリウオ上科キュウリウオ科アユ亜科アユ属アユ Plecoglossus altivelis)・ニシン(条鰭綱ニシン目ニシン科ニシン属ニシン Clupea pallasii)などの、体に色素がなく、白い稚魚の総称であって、「シラス」という種がいるわけではない。丘先生が括弧書きにしているのは、それに由る。]

 

 またこゝに述べた防禦の器官の如きも、如何なる動物に攻められても安全であるといふやうな絶對に完全なものは一つもない。例へば蛤の殼は厚くて、大抵の動物の攻擊は免れるが、「つめた貝」に孔を穿たれては叶はぬ。また榮螺の殼は堅く、その中の動物は極めて安全の如くに見えるが、「榮螺割り」に遇うては身を護ることは出來ぬ。斯くの如く、如何に防禦の器官が發達しても、尚之を破る敵があることは免れぬが、凡そ防禦の裝置は絶對に完全でなくとも、十中八九までを防ぎ得れば、その功は十分である。蛤は殼があつても、「つめた貝」の攻擊を免れぬが、若し殼が無かつたならば、何程の敵に攻められるか解らぬ。所が、殼があるから、その大部分のものを容易に防ぎ遂げて居る。たとひ一方に多少の損失があつても、生殖力で之を補ふことが出來れば、種屬維持の見込は確に附くから、種屬全體から見れば少數の損害をも防ぐために、各個體が皆多くの滋養分を費して、各々完全な防禦の器官を造るよりは、少數の被害者を犧牲に供して、殘りの個體がその滋養分を他の方面に應用する方が、遙に利益が多い。之に似たことは人間の社會にも常にあるから、詳しく説明するにも及ばぬが、この考を持つて動物界を通覽すると、孰れの動物でも、防禦の器官はその種屬の維持・繁榮に最も德用な度までに發達し、その以上には進んで居ないことが明に解る。而してこの事實は自然淘汰説の豫期する所と全く一致したものである。

 以上述べた通り、動物には各々その所有者にのみ有益で、敵である動物に取つては甚だ迷惑な攻擊・防禦の器官が具はつてあり、然もその器官は決して完全無缺なものではなく、たゞその種屬の維持に必要な度までに發達して居るだけであるが、之は抑々如何にして生じた現象であるかと考へるに、若し生物種屬は漸々進化し來つたもので、その原因は主として自然淘汰にあるとしたならば、是非とも斯くならざるべからざる理窟であるが、之に反して自然淘汰を無視すれば、到底その説明の仕樣はない。西洋で昔から言ひ傳へた如くに、動物は皆神が造つたものであるなどと考へたならば、神は蛤には身を護るために殼を與へて置きながら、「つめた貝」には特に之を破るべき器官を授けたわけに當り、「神は愛なり」とまでに讚美せられるその神の所行(しわざ)としては、實にけしからぬ次第で、何ともその意を知ることが出來ぬ。

 

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