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2018/04/09

進化論講話 丘淺次郎 第十三章 古生物學上の事實(5) 四 馬の系圖

 

     四 馬の系圖

 

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[古代の馬の化石]

[やぶちゃん注:本図は学術文庫版を用いた。底本のものはブラック・バックで細部が見難いためである。この化石は、はっきりとは見えないが、明確な前肢が四本、後肢が三本見えること、全身骨格の相似性から、私は、現在、北米最古のウマ科動物とされている哺乳綱ウマ目ウマ科ヒラコテリウム属Hyracotherium (タイプ種Hyracotherium leporinum であるが、ウィキの「ヒラコテリウム」にある全身骨格のレプリカ画像がそれであるとするならば、前肢の肩関節の上部が突出していること、尾の骨が長いことから、同タイプ種ではないように思われる)であろうと推定する。高い確率でこの骨格図(海外サイト)を反転写(トレッシング)したものであろうと思われる(残念ながら、そこには学名は示されていない)。]

 

 馬の類は哺乳類中の最も紛らはしくないもので、四足ともに大きな蹄[やぶちゃん注:「ひづめ」。]を一つより持つて居ない類は決して外にないから、或る動物に就いてそれが馬であるや否やといふ問題の起つたことは、之まで曾てない。現今は斯く境界の判然と解つた類であるが、化石の方を調べて見ると、なかなかそのやうなものでなく、種々の形狀を有した馬があつて、中には他の獸類と區別の判然せぬやうな種屬もある。總べて獸類の化石の出るのは、主として新生代からであるが、最も古いものは、既に中生代の前半から出て居る。尤もその頃からの化石はたゞ齒や下顎だけが知れてある位で、實際どのやうな形のものであつたか解らぬが、兎に角、獸と名づくべきものが、その頃既に居たことは確である。之より降つて新生代となると、最早その初から種々の獸類の化石が出るが、その後今日に至るまでの化石を列べると、何種の獸も漸々進化し來つた形跡が明に見える。その中でも馬の類に至つては、その徑路が完全に發見せられた。奇態なことには、斯く馬類の進化の路筋が明瞭に解るやうに化石が完全に揃うて出たのは、アメリカである。アメリカには人の知る如く、コロンブスが之を發見した頃には、馬は全く産せず、今日無數に住んで居る馬は、皆新しくヨーロッパから輸入した馬の子孫である。然るに新生代の終に近い頃までは、餘程多く居たものと見えて、北アメリカからも南アメリカからも、數百の馬の化石が掘り出されたが、これらの化石を調べて見ると、實に明瞭に馬の系圖が解る。

[やぶちゃん注:「新生代」英語は Cenozoic era で、約六千五百万年前から現代まで。恐竜や頭足類の一種であるアンモナイト(軟体動物門頭足綱アンモナイト亜綱†Ammonoidea)と海生爬虫類が絶滅した後、哺乳類と鳥類が繁栄した時代となる。]

 

 新生代は、通常、その最近の部だけを除き、殘りを、上・中・下の三段に分ち、下段をエオセン期、中段をミオセン期、上段をプリオセン期と名づけ、更にこれを細別するが、これらの各地層から出る馬の化石を比較して見るに、一層每に少しづゝ相違し、層が重なるに從ひ、相違も積り重なつて、終には著しく形狀の異なつたものになつてしまふ。時の順序に從つて、先づ最も古い下の層の化石から述べると、アメリカのエオセン期の層からは、小犬位の大きさで、前足には指が四本、後足には指が三本よりない獸が出る。これは誰が見ても殆ど馬とは見えぬが、實際は現今の馬の先祖で、これより各層を傳つてその子孫を探つて行くと、終には今日の馬までに達する。その途中の數段を擧げて見れば、新生代の中段なるミオセン期の下層に來ると、形は稍々大きくなり、前足の指も三本となり、第四本目の指は僅に痕跡を留めるだけとなる。他の獸類と比較して見ると、このときにある三本の指は卽ち中指を中心として、人さし指と藥指とに相當するもので、前足で痕跡ばかりとなつたのは小指である。次にミオセン期の中頃まで來ると、體は更に大きくなり、前足・後足ともに指はやはり三本ではあるが、前足の小指の痕跡は殆どなくなり、前後ともに中指のみが大きくなつて、他の二本は著しく小くなる。倂し尚三本の指ともに地面に觸れたらしい。次に上段なるプリオセン期の下層まで進むと、體は益々大きく、殆ど驢馬ほどになり、形も餘程馬らしくなる。足には前後ともに中指ばかりが發達し、内外に位する二本の指はともに小くなつて、最早步行の際に地に觸れぬやうになる。この頃の化石はヨーロッパからも出て居るが、最早誰が見ても確に馬の一種と思はれる。尚進んでプリオセン期の中程まで來れば、殆ど今の馬の通りになつて四足ともに中指一本となり、大きな蹄がたゞ一つだけよりなくなるが、他の二本の指の痕跡は、現今の馬に比べると、尚數倍も著しい。現今の馬ではこれらの指の痕跡は極めて細く短いものとなつて、殆どあるかないか解らぬ程である。以上は單に身體の大きさと指の數とだけに就いていうたが、その他、頭骨、腕の骨、脚の骨などを見ても、之と同樣な進化の有樣が明に見える。特に齒を比較すると、人間の如き普通の齒から、今日の馬に見る如き特別に發達した齒に至る變化の順序が解つて、甚だ面白いが、こゝには略する。かやうな變化の順序は、言語でいふよりも圖で示した方が解り易いから、更に前足の指の漸々減ずる有樣を示した圖を掲げ、その下へ比較の爲に各段に相當する人の手の圖を添へて置く。馬類の特徴は、第一に四足の指の數であるが、時の進むに隨つて、如何に指の數が漸々減じて今日の有樣に達したかは、この圖によつて明に解るであらう。

[やぶちゃん注:「新生代は、通常、その最近の部だけを除き、殘りを、上・中・下の三段に分ち」現在は大きく新生代全体を新しい順に三つ(括弧内はその内の二段階目の区分)、第四紀(完新世と更新世)・新第三紀(鮮新世・中新世)・古第三紀(漸新世・始新世・暁新世)に分けており(英語で示すのは煩瑣になるだけなんで出さないが、しかし、呼称は丘先生が挙げるものとは一致しないので注意されたい)、更に三段階目の細区分では新生代全体が二十二の時期に区分されている。

「エオセン期」現在の始新世(Eocene。約五千六百万年前から約三千三百九十万年前までの期間。現在の新生代の第二の時代で、古第三紀の第二の世

「ミオセン期」現在の中新世(Miocene。約二千三百万年前から約五百万年前までの期間。現在の新生代の第四の時代で、新第三紀の第一の世

「プリオセン期」現在の鮮新世(Pliocene。約五百万年前から約二百五十八万年前までの期間。新生代の第五の時代で、新第三紀の第二の世であると同時に、新第三紀の最後の世となる。]

 

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[やぶちゃん注:本図は学術文庫版を用いた。底本のものは馬の脚が黒く、細部が見難いためである。]

 

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