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2018/04/04

栗本丹洲自筆「翻車考」藪野直史電子化注(3) 水戸萬寳圖

 

Mitonomanbou

 

[やぶちゃん注:画像は底本である国立国会図書館デジタルコレクションのの「のものをトリミングした。]

 

□水戸産マンボウの図(国立国会図書館デジタルコレクションの7コマ目見開きの左頁。右頁は空白頁(版木印刷された罫はある))

■翻刻1(原典のままで一行字数も合わせたもの)

水戸萬寳圖

[やぶちゃん注:まず、右下舵鰭の後ろの文から。]

丹洲云。此魚形与他魚属逈異。假令其口向于

下。合其臋有于上視之。恰似牛首戴両角。可謂

奇状也。閲本綱有牛魚一條。若水翁既充此

物。鄙考          載前條。

[やぶちゃん注:「若水翁」は先行する考証文から伊藤藍水のことで、「若」は「藍」の誤記と断じてよい。されば、訓読文では特異的に訂した。]

 

[やぶちゃん注:次に上部の標題の右から。]

 大者四五丈小

 者六七尺全身

 色灰白有黒斑

 皮硬有沙子而如

 鮫魚皮其腹左右各

 有白圏点其状略似團

 扇形此魚自五月至七月

 有之能熟睡于海上為漁

 人所獲其皮可飾刀鞘

 其膓可菜餌土人称為烏

 紀寄四方作方物者是也脊骨

 堅硬其他盡軟骨以梅酸浸之

[やぶちゃん注:上記の行の四字ほど上の、上部辺縁から一字分ほど下がった位置に、

の字が置かれている。これは、この「飜車考」の先行する考証文から、上記行の「酸」の説明としての換え字と考えられる。]

 可充下酒

 

 

■翻刻2(かなり自由に送り仮名を添えた推定訓読文。句読点・記号を独自に配した。原文の句点様記号(「。」)は一部を読点に変更した。約物は正字化し、二つの箇所の文は孰れも連続させた。一部に歴史的仮名遣で推定の読みを添えた)

「水戸の萬寳の圖」

[やぶちゃん注:まず、右下舵鰭の後ろの文から。]

丹洲、云はく、此の魚の形、他の魚の属と、逈(はるか)に異なれり。假令(たと)へば、其の口、下に向く。其の臋(しりのにく)、合(がつ)して、上に有るは、之(こ)れを視れば、恰も、牛の首の、両(ふた)つの角を戴するに似たり。奇(く)しき状(かたち)と謂ふべきものなり。「本綱」を閲(けみ)するに、「牛魚」の一條、有り。藍水翁、既に此の物に充(あ)つ。鄙考(ひかう)前條に載す。

 

[やぶちゃん注:次に上部の標題の右から。]

大なる者、四、五丈。小なる者、六、七尺。全身、色、灰白にして、黒斑、有り。皮、硬く、沙子(さし)有りて鮫--皮(さめがは)のごとし。其の肚(はら)の左右に、各(おのおの)白き圏点、有り。其の状(かたち)、略(ほぼ)團扇(うちは)の形に似たり。此の魚、五月より七月に至るまで、之れ、有り、能(よ)く、海上に熟睡す。為に、漁人、獲る所とす。其の皮、刀の鞘(さや)を飾るべし。其の膓(はらわた)、菜餌(さいじ)とするに可なり。土人、称して「烏紀寄(うきき)」と為(な)す。四方にて、方物(はうぶつ)を作(な)す者は、是れなり。脊骨、堅硬なるも、其の他は盡(ことごと)く軟骨にして、梅酸(うめず)を以つて之れを浸(ひた)し、酒を下(くだ)すに充つるに可なり。

[やぶちゃん注:頭書に、「酸」の換え字(解説字)として『醬』を配す。]

 

[やぶちゃん注:一部で既に私が述べた(ここだけでなく、先行する『栗本丹洲 単品軸装「斑車魚」(マンボウ))』でも)こととダブるが、どうしても解説上で必要なので煩を避けない。

 このマンボウの捕獲地は水戸で太平洋側であるが、つい最近まで、本邦産のマンボウは概ね、条鰭綱フグ目フグ亜目マンボウ科マンボウ属以下はマンボウ Mola mola とされていたから、それで挙げておく(これは私がこの学名の響きを偏愛するからでもある)

 実は二〇一〇年にマンボウ属ウシマンボウ Mola alexandrini がマンボウの別種として提唱された。これは東日本の太平洋岸で捕獲される全長三メートル前後の大型個体を中心とした集団から、遺伝子解析によって区別されてマンボウ Mola mola とは別種とされたものである。形態学的にはウシマンボウはマンボウと比較すると、以下の観察で判然とする特徴を持つ。

×頭部上方(人の顔にシミュラクラすると「おでこ」の位置)がマンボウよりも有意に腫れたように突き出る。

×舵鰭の縁辺部がマンボウのように波型の形状を持たず、つるんとしている。

×舵鰭の軟条数がマンボウより多い。

×ウシマンボウの鱗は長方形の浅い出っ張りでしかない(マンボウの鱗は円錐形を成し、その先端部分が棘状を呈する)

ことで区別されるのであるが、下線太字部の二点が、図のマンボウと全く一致しないので、本種はウシマンボウではないと言ってよい。

 なお、さらに、近年、世界中のマンボウ属の標本百二十二頭のミトコンドリアDNAD-loop領域の分子系統解析から、マンボウ属は、少なくとも、三種(group A/B/C)に分かれるという解析結果が得られており、日本近海で主に見られるものはgroup BMola sp. B)に含まれ、日本近海で主に見られるgroup Bの形態はMola molaと一致するとされる。しかし、一方で、これらの分子系統解析の結果と、用いられた標本の形態比較が並行して行われておらず、二〇〇九年現在でも group B に対応する学名は不明なままであり、更なる研究や比較検討が必要とされている。また、二〇一〇年には Mola sp. B の標準和名を「マンボウ」とすることが提唱されたと、ウィキの「マンボウ」にはあった。しかし正直、Mola mola(ギリシャ語の「碾き臼」(mylos)由来)が Mola sp. B という無風流な名となるのは極めて悲しい気がするモラ・モラ・フリークの私であった

「水戸」現在の茨城県水戸市周辺。但し、現行の水戸市は僅かに内陸で海に接していないから、その狭間の茨城県東茨城郡大洗町(やや南方に大洗港を有する)及び、那珂川左岸河口の茨城県ひたちなか市の那珂湊港を有する附近を地名として挙げておくのが正確であろう。ここ一帯(グーグル・マップ・データ)。

「逈(はるか)に」「遙かに」。

「臋(しりのにく)、合(がつ)して」丹洲の優れた観察である。既に述べた通り、マンボウには尾鰭はない背鰭と尻鰭の後端の一部が強く変形した「舵鰭(かじびれ)」(或いは「橋尾(きょうび)」と呼称)というマンボウ独特の体部後端にある鰭を、かく表現しているのである。

「上に有るは」ここは「上下に有るは」としたいところ。長大に発達して体部後部から上下に突き出している背鰭と尻鰭である。

「本綱」明の李時珍の「本草綱目」。前条で本文を電子化しておいた。

「藍水翁」江戸中期の医師で本草学者田村藍水。前条の私の注を参照されたい。

「鄙考(ひかう)」拙考。「鄙」は自分のことを言う際の謙称。

「四、五丈」十二・一二~十五・十五メートルであるが、これはおかしい(シロナガスクジラ・マッコウクジラ・ザトウクジラ並)。マンボウ Mola mola は記録上の最大全長は三メートル三十三センチメートル(体重二・三トン)である。恐らく、後の「六、七尺」の数字に合わせて手が滑ったものであろう。「一丈」(三メートル)或いは少し過大であるが、「一丈五尺」(四メートル五十四センチメートル:或いはこの書き間違いかもしれぬ)がいいとこである。或いは、聴き伝えの漁師の法螺(噂話。海の上に突然出来る島が強大なエイであったという海洋奇談は頓に有名で、古くはマンボウはエイと同一視もされており(前条の複数の引用注を参照)、その海上に浮かぶ生態などからもこの怪談とは親和性が頗る高い)をそのまま記したものかも知れない。

「六、七尺」一・八二~二・一二メートル。

「沙子(さし)」砂のようにざらついた鱗の小突起。鮫肌の同類。

「白き圏点、有り」白い丸い斑紋を左右体側に有意に多数持つ種は、マンボウ属カクレマンボウ Mola tecta がいるが、同種はオーストラリア南東部とニュージーランド近海及び南アフリカ共和国沖にしか棲息せず、距離的にも死滅回遊もあり得ないし、そもそもカクレマンボウは舵鰭の後端が波打たず、綺麗な曲線を描くから同種ではない。通常のマンボウ Mola mola  の腹部はさらっと白い(或いは灰白)。左右に同じように同じ形状で現われているところ、また、図を見ると、悉く体部前方に向かって白い条が円紋から突き出ているところからは、何らかの外部(体表)附着性の寄生虫(マンボウには体内外に多くの寄生虫がいることは実は有名で、非常に弱いとされる体表には複数の寄生虫が多数いる)による体表の病変が疑われる。この奇体な形状は、或いは、その寄生虫の体形自体が印されたものなのかも知れないとも思ったが、本マンボウ個体のスケールが示されていないものの、小型の個体であったとしても円の大きさが異様に大きいので、これは流石に気のせいかも知れぬ。所持する複数の海洋寄生虫の専門書(を所持するほどには海洋生物にフリーキー)を管見したが、それらしいものは見当たらなかった。或いは、これは大型の鯨類や軟骨魚及び硬骨魚類に高い確率で寄生するコバンザメ(条鰭綱スズキ目コバンザメ科コバンザメ属コバンザメ Echeneis naucrates)が長期に亙って吸着し、尖った部分が吸盤部で、丸い箇所はコバンザメの体幹が左右に振れた結果、マンボウの鱗が剥落してしまい、下層のゼラチン層が露出したものかも知れないなどと夢想した。実際、後で出す後半の考証の中にコバンザメの記載が出るからである。

「五月より七月」旧暦であるから、現行東北でのマンボウの漁獲の盛んな時期が初夏の六~八月とする(前条の私の注を参照)のと、よく一致する。

「菜餌(さいじ)」食事のおかず。

「烏紀寄(うきき)」漢字は当て字で意味はない。「浮き木」説を強く採る。茨城でのマンボウの地方名として今も生きている。前条の本文及び私の注を参照のこと。

「四方にて、方物(はうぶつ)を作(な)す者は、是れなり」訓読に最も苦労した。取り敢えず、「四方」(諸国)に於いて、海中海上にあって奇体な魚体全体が四角い形を「作す」、した魚は、実に、このマンボウなのである、の意で訓じたつもりである。

「梅酸(うめず)を以つて之れを浸(ひた)し、酒を下(くだ)すに充つるに可なり」この調理法は前条に出た。そこでは「うめず」を「梅酸」ではなく、頭書にあるように、「梅醬」と記している。「酒を下(くだ)す」は「下酒(げしゆ)」で、品質の悪い低級の酒の意かもしれないが、わざわざそう限定する必要もないと思うので「酒を吞み下す」の意で採った。

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