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2018/04/05

栗本丹洲自筆「翻車考」藪野直史電子化注(7) 水戸岩城萬寳魚圖

 

Mitoiwakimanbouzu

 

[やぶちゃん注:画像は底本である国立国会図書館デジタルコレクションのこちらの「翻車考」のものをトリミングした。]

 

□水戸岩城産のマンボウの図

■翻刻1

水戸岩城萬寳魚圖

 藍水先生懇求于

 其地之人所得之図也

 其性甚鈍如眠于波上不

 知漁舟之近寄漁夫乃上

 鰹魚舩以銛(モリ)抛而中之

 數人併力捕之其銛以

 竹為柄以細長縄附之

 

 

■翻刻2

水戸岩城の萬寳魚(まんぼう)の圖

藍水先生、懇(ねんご)ろに其の地の人に求め、得たる所の図なり。其の性(しやう)、甚だ鈍にして、波上に眠るがごとくして、漁舟の近寄れるを知らず。漁夫、乃(すなは)ち鰹魚舩(かつをぶね)に上(のぼ)り、銛(もり)を以つて、抛(なげう)ちて、之れに中(あ)つ。數人、力を併(あ)はせて之れを捕る。其の銛は、竹を以つて柄と為(な)し、細き長縄を以つて之れに附くると。

 

[やぶちゃん注:マンボウ Mola mola の一個体。但し、これはキャプションにある通り、栗本丹洲の実父で、医師・本草学者の田村藍水(既出既注)が入手した一個体を、藍水が描いたものを、さらに丹洲が模写したものである。

「水戸岩城」この言い方はおかしい気がする。「岩城」は「磐城國」で、現在の福島県いわき市を含む浜通り地区及び福島県中通り南部と宮城県南部に当たるが、水戸(茨城県水戸市)とは五十八キロメートル以上も東北に離れており、磐城国には水戸藩支藩の守山藩はあるにはあるが、内陸であって、ここを指してはいないことは明らかだからである。江戸の人にとってはやはり、東北は「水戸の先」辺りの地理感覚しかなかったのだろうか?

「得たる所の」「土人」とあるから、マンボウの絵図を貰ったのではなく、塩蔵した個体を貰ったと考えるのが普通であろう。事前に土地の漁師にマンボウを捕獲したら、塩蔵にして輸送するように依頼して、前金も払っておいたのであろう。

「鰹魚舩(かつをぶね)に上(のぼ)り」鰹漁に用いる、複数の漁師が同船出来る比較的、中・大型の船の舳に登って、の意と解する。

「中(あ)つ」射当てる。

「其の銛は、竹を以つて柄と為(な)し、細き長縄を以つて之れに附くる」これは所謂、「鯨(いさな)捕り」用の銛及び装具と同一であろう。巨体の個体がいること、しばしば海上に姿を現わすこと、余すところなく利用出来ること、多量の油を絞り取ることが出来ること等、漁師にとってはマンボウとクジラは親和性が非常に高いのである。寧ろ、鯨のように暴れることはまずない鈍間(のろま)な魚なわけだから、漁師には格好の獲物であったと言える。]

 

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