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2018/04/25

森立之立案・服部雪斎画「華鳥譜」より「かう」

 

かう

 

Kaunotori

 

□翻刻1(読み仮名を省略、一行字数を一致させた。【 】は割注)

かう 【一名かうのとり】

 鸛

 味甘酸小毒あり味佳腫病を發

 す

 

□翻刻2(読みを丸括弧で添え(〈 〉は私が推定で歴史的仮名遣で添えた部分)、句読点や記号を附して読み易く整序したもの)

「かう」 【一名、「かうのとり」。】

 「鸛(くわん)」。

 味(あぢは)ひ、甘(あま)く、酸(さく)、小毒あり。味、佳(よ)からず。腫病(はれやまひ)を發(はつ)す。

 

[やぶちゃん注:底本及び画像(上下トリミング)は国立国会図書館デジタルコレクションの「華鳥譜」を用いた。解説の名は問題なく、また、図は後肢が赤くない点に不審は残るものの、拡大して観察してみると、嘴の基部及び眼の周囲(コウノトリでは前者は特徴の一つで、眼周も皮膚が赤く露出している)に微かに朱が点(う)たれているのが確認出来るところから、

コウノトリ目コウノトリ科コウノトリ属コウノトリ Ciconia boyciana

と同定してよい。詳しくは私の和漢三才圖會第四十一 水禽類 鸛(こう)〔コウノトリ〕の私の注を読まれたいが、ウィキの「コウノトリによれば、『明治時代以前は樹上にとまったり営巣しないタンチョウ』(ツル目ツル科ツル属タンチョウ Grus japonensis)『と混同され、「松上の鶴」など絵画のモチーフになっていたとされる』。『日本国内では鶴とつく地名があるが、実際は冬鳥として飛来するタンチョウなどのツル科』(Gruidae)『の構成種ではなく』、『本種と混同されていたと考えられている。松の樹上に巣を作る本種(ツル科はアフリカに分布するカンムリヅル』(ツル科カンムリヅル亜科カンムリヅル属カンムリヅル Balearica pavonina)『を除き』、『樹上にとまらない)は瑞鳥としてツル類と混同され、絵画や装飾のモチーフとして昭和初期まで用いられていた』。『日本では元々は広域に分布して』おり、十九『世紀には江戸市中でも繁殖していた記録がある』。『古文書から葛西の樹上・青山や蔵前の寺院の屋根で営巣していたとする記録があ』り、野生動物を扱うドイツ人商人で、ヨーロッパ各地の動物園やサーカスなどに動物を提供していたカール・ハーゲンベック(Carl Hagenbeck 一八四四年~一九一三年:柵の無い放養式展示の近代的動物園を作ったことで知られる)も『駿府城の樹上や、横浜市で飛来していたのを目撃したと記録している』これは小宮輝之「ニホンコウノトリ 衰退と飼育の歴史」『世界の動物 分類と飼育8(コウノトリ目・フラミンゴ目)』(黒田長久・森岡弘之監修/東京動物園協会/一九八五年・五十九~六十四頁からの引用と注があるのだが、気になって調べた限りでは、ハーゲンベック本人が明治初期に来日した記録を確認出来なかった。識者の御教授を乞う)。しかし、『明治時代に乱獲により激減し』、『日本での繁殖個体群は兵庫県但馬地区と福井県若狭地区の個体群を除いて絶滅した』。『但馬地区(豊岡市周辺)では出石藩であった頃に藩主により本種が霊鳥として保護されていたことから、保護意識があり絶滅をまぬがれたとされている』。明治四一(一九〇八)年に『禁猟とされ』、大正一〇(一九二一)年には『生息地が天然記念物に指定された』。昭和五(一九三〇)年の『但馬地区での生息数は最大で』約』百『羽と推定されている』が、『第二次世界大戦中に営巣地であった松林が松根油を採取するために伐採されたことや、食糧増産のための水田を荒らす害鳥として駆除されたことにより豊岡市周辺でも生息数が激減し』、『太平洋戦争前後の食料不足の中で食用にされたこと』などもあった。戦後も高度経済成長期の水質・土壌汚染によって個体数減少に歯止めがかからず、昭和四六(一九七一)年、『豊岡市で野生個体を捕獲したことで、日本産の個体群は野生絶滅した』。その後、中国やロシアから譲り受けた個体群の人工繁殖に成功、二〇一二年現在では『再導入された個体数は』約六十羽『に達し』、『大陸から飛来し』、『周年生息するようになった個体と繁殖させる試みも進められている』とある(下線太字やぶちゃん)。

「酸(さく)」以前にぎ」で注した漢方の「五味」の一つ。「五臓」の「肝」に対応し、筋肉等を引き締める収斂効果を持つ。

「小毒あり」といっても、後述される、恐らくはアレルギー性の「腫病(はれやまひ)」(蕁麻疹)、或いは、浮腫(むくみ)を発症させることがあることを指している。]

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