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2018/04/24

和漢三才圖會第四十一 水禽類 善知鳥 (うとー)


Utoo

うとふ  正字未詳

善知鳥

     【俗云宇止布】

 

△按善知鳥鷗之屬形色似鷗而觜黃色末勾脚淡赤色奧

 州率土濱有之特津輕安潟浦邊多

信鳧 本綱鷗之屬隨潮而往來謂之信鳧

△按隨潮來徃形小於鷗脚赤觜末亦微赤者俗呼曰由

 利鷗恐是信鳧矣善知鳥亦近于此

 

 

 

うとふ  正字は未だ詳らかならず。

善知鳥

     【俗に「宇止布〔(うとふ)〕」と云ふ。】

 

△按ずるに、善知鳥(うとう[やぶちゃん注:誤り。あくまで「うとふ」が正しい。後注参照。])鷗の屬。形・色、鷗に似て、觜、黃色、末は勾(まが)り、脚は淡赤色。奧州率土(そと)の濱に之れ有り。特に津輕安潟(やすかた)の浦邊に多し。

信鳧〔(しんふ)〕 「本綱」、鷗の屬、潮に隨ひて往來す。之れを「信鳧」と謂ふ。

△按ずるに、潮に隨ひて來徃す〔るてふそれは〕、形、鷗より小さく、脚、赤く、觜の末、亦、微かに赤き者、俗に呼んで「由利鷗〔(ゆりかもめ)〕」と曰ふ。恐らくは是れ、「信鳧」か。善知鳥も亦〔(ま)〕た、此〔(これ)〕に近し。

 

[やぶちゃん注:確かに標準和名表記は鳥綱 Avesチドリ目 Charadriiformesウミスズメ科 Alcidaeウトウ属ウトウ Cerorhinca monocerata(一属一種)、即ち、「ウトウ」で「うとう」と読むのであるが、実は本種は見かけは勿論、種としても鵜(カツオドリ目 Suliformes ウ科 Phalacrocoracidae)の「鵜(う)」類とは全く縁のない鳥であり、ウィキの「ウトウ」によれば、『「ウト・ウ」ではなく「ウトー」と発音する』のが正しい、とある(下線太字やぶちゃん)。仰天した。

 以下、主に同記載(一部は辞書に代えた)から引く。『体長は』三十八センチメートル『ほどで、ハトよりも大きい』。『頭から胸、背にかけて灰黒色の羽毛に覆われるが、腹は白い。くちばしはやや大きく橙色である。夏羽では上のくちばしのつけ根に突起ができ、目とくちばしの後ろにも眉毛とひげのような白い飾り羽が現れて独特の風貌となるが、冬羽ではくちばしの突起と飾り羽がなくなる』。背面・咽喉・胸は黒く、腹は白い。嘴は橙色を呈し、繁殖期には上部に突起が生じる。『北日本沿岸からカリフォルニア州までの北太平洋沿岸に広く分布する。日本でも北海道の天売島、大黒島、渡島小島、岩手県の椿島、宮城県の足島などで繁殖する。天売島は約』百『万羽が繁殖するといわれ、世界最大の繁殖地となっている。足島は日本での繁殖地の南限とされ』(ここ(グーグル・マップ・データ))、『「陸前江ノ島のウミネコおよびウトウ繁殖地」として、「天売島海鳥繁殖地」とともに国の天然記念物に指定されている』。『非繁殖期は沿岸の海上で小さな群れを作って過ごすが、南下する個体もおり、本州沿岸などでも観察される。他のウミスズメ科同様、潜水してイカナゴなど小魚やオキアミ、イカなどを捕食する』。『潜水能力は高く、翼を使用して水中を泳ぎまわることができる。個体に深度計を装着した研究によると、水深』六十メートル『まで潜り、また』、二『分間の潜水時間が観察されている』。『繁殖地では断崖の上の地面にコロニーを作り、深さ』一~五メートル『ほどの穴を斜めに掘って巣とする。メスは』一『個だけ産卵し、両親が交代で』四十五『日抱卵し、ヒナが孵化すると巣立ちまでの約』五十日の間、『餌を運ぶ。この時期は毎日夜明け前に巣穴から一斉に親鳥が飛び立ち、夕方暗くなった頃にイワシやイカナゴをくちばしに大量にぶらさげ、鳴き声をあげながら帰ってくる。暗い時間帯に巣を出入りするのは、餌を横取りするカモメ類や捕食者への対応策と考えられている』。古い伝承で『子を奪われると鳴くという』。これは、ウィキの「善知鳥峠」(長野県塩尻市にある峠。ここ(グーグル・マップ・データ))によれば、以下の『地元に伝わる善知鳥(ウトウ)と猟師の民話』があるとする。『猟師が北国の浜辺で珍しい鳥の雛を捕らえ、息子を伴い、都に売りに行った』が、『親鳥はわが子を取り戻そうと「ウトウ、ウトウ」と鳴き、猟師の後を追い続けた』。『やがて猟師親子は険しい峠道に差し掛かり、さらに激しい吹雪に見舞われた』。『吹雪のなか無理に峠を越えようとする猟師に、親鳥もなお追い続ける。地元の村人たちには吹雪の中ずっと「ウトウ、ウトウ」と鳴き続ける鳥の声が響いたという』。『やがて猟師は激しい吹雪のなか力尽き、峠を越えること叶わず、その地に果てた』。『吹雪の収まったあと村人たちが峠に出ると、泣きじゃくる息子とわが子をかばように覆って死んだ猟師の姿があった』。『またすぐ脇には、同じように鳴き続ける雛鳥と子をかばうように覆って死んだ親鳥の姿もあった』。『どちらも、命を賭してわが子を吹雪から守ったのであった』。『村人たちはその鳥が善知鳥(ウトウ)であると知って猟師とともに手厚く弔い、その地を「善知鳥峠」と呼ぶようになったという』とある。『また、能の大家世阿弥が作ったとされる謡曲「善知鳥」ではその後とされる話が描かれている。概要は以下のとおり』。『立山(富山県立山町)を訪れた僧が、陸奥の外の浜(津軽半島東部地域)』(現在の青森県東津軽郡外ヶ浜町附近。ここ一帯(グーグル・マップ・データ))『の出身だという猟師の霊と出会う』。『この猟師、生前に善知鳥を捕まえた報いで地獄に堕ち、苦しんでいるのだという』。『猟師は僧に、自分の形見だと言って簑笠と麻衣を渡し、妻子に届けてくれと頼んだ』。『僧は猟師の妻子を訪ね、猟師の形見を渡した』。『妻子が僧に頼んで形見を供養すると、猟師の霊が現れ、地獄で善知鳥に責め苦しめられる様子を見せた』。『青森県青森市の中心部に善知鳥神社という神社があるが(青森市=旧善知鳥村の発祥の地とされる)、これと関連する伝説が残る』とある。しかし、興を削ぐようだが、前者の長野県塩尻市の善知鳥峠の「善知鳥」は沿岸域に棲息する本種ではあり得ないから、何か「ウトー」と鳴く別の鳥の名であり、それが後の(或いは共時的に)謡曲の「善知鳥」(こちらは確かに間違いなく本種である)と共鳴連鎖されて、本種にずらされて定型化したもののように思われる

 

なお、しばしば人名のようにまことしやかに語られる、以上の応報譚の元になった「善知鳥安方(うとうやすかた)」は、「ウトウ」とされる鳥の鳴き声に纏わる和歌説話で(この原説話自体が或いは種としての「ウトウ」ではなかったのではないか)、母鳥が空中で「ウトー」と鳴くと、地上に隠れている子が「ヤスカタ」と応じたという話に由来する。西行作ともされる一首に、

   * 

 子を思ふ淚の雨の笠の上にかかるもわびしやすかたの鳥

   *

があり、また、藤原定家作とする一首に、

   *

 陸奥の外の濱なる呼子鳥鳴くなる聲は善知鳥安方(うとふやすかた)

   *

がある。平凡社の「世界大百科事典」によれば、その習性を利用して猟師が子鳥を捕らえると、母鳥は血の涙を流して嘆くため、血の涙を避けるため、猟師は簑笠を被らなければならなかったとする。架空の「善知鳥文治安方」なる人物は、近松半二らの合作になる浄瑠璃「奥州安達原」(宝暦一二(一七六二)年初演)や山東京伝の読本「善知鳥安方忠義伝」(文化三(一八〇六)年刊)などによって、罪ある亡き主人の、世に秘すべき遺児を匿う役所を負って活躍している、とある。なお、このそれらしい名は、実在したとされる、外ヶ浜に流罪にされた烏頭(うとう)大納言藤原安方或いは烏頭中納言藤原安方朝臣という貴族が流罪となり、辿り着いた外ヶ浜で亡くなり、その霊がこの鳥となって海に群がり沢山鳴いていたのを、その名を採って「うとう」と名付けたという流離譚が濫觴であるらしい(但し、同姓同名はいるが、流罪になった事実はなく、それに該当する「藤原安方」は調べた限りではいない)。ともかくも、どうもこれらの伝承や和歌(「呼子鳥」は「万葉集」に既に出る)を見ると、明らかに「ウトウ」でない鳥も含まれて、混同されているとしか思われない。奥州行脚した西行はいいとして、定家までくると、単なる想像歌では迫力に乏しい。そこでさらに調べてみると、北海道野鳥百五十六号・平成二〇(二〇〇八六月発行)(PDF)に札幌市の武沢和義氏の「ウトウという名の鳥」という優れた考証があるのを見出した。そこではまず、藤原定家の「呼子鳥」について、『呼子鳥は万葉集にも詠まれている鳥であるが、どの鳥を指すのか諸説があって不明である。中西悟堂は『「万葉集」中難解の鳥』で、古くはツツドリとカッコウは混同されていたとした上で、呼子鳥はツツドリかカッコウであることを示唆している』とされており、これはツツドリやカッコウの鳴き声からも私にはすこぶる腑に落ちる(しかもそれなら定家がも聴ける)。さらに、『善知鳥と書いて「うとう」と読み、それが何故ウトウを意味することになるのか、ということは江戸時代から多くの人が、鳥名と地名の両方の立場から議論している。滝沢馬琴は善知鳥の地名の由来については、突き出た岬、つまり出崎の意としている。これはウトウの噂に付いている突起に喩えたと理解されている。浅虫温泉の近くに善知鳥崎がある。江戸時代の歌人・菅江真澄は、ここを訪れ有多宇末井と表記している。真澄は、鳥名、地名あわせて、「うとう」とは何かということを、とりわけ熱心に追及した人である』。『「うとうまい」という地名はアイヌ語を連想させる。アイヌ語では、ウトウは突起という意味である。また、ウは場所を表す接頭語であり、トは湖沼である。従って沼のある所とする解釈もある。湖沼であれば、安潟のことと見ることができる』とある。以下、古典や菅江真澄の文献での、「善知鳥」の千鳥(チドリ類)やコガモやトモエガモとの混同や誤認について記され、最後に、時代的には近くても『室町時代に』は、『群れる鳥を共通因子として、葦千鳥と「うとう」が混同して後世に伝えられた可能性は強いと思う。つまり葦千鳥=善知鳥と鴇=ウトウは、元は別の鳥であったが、それらが「群れる鳥」と「善知鳥という漢字」の解釈が原因になって生まれたのが善知鳥=ウトウであったかと思う』と結論づけらえておられ、私はすこぶる納得がいった(下線太字やぶちゃん)。

 

「津輕安潟(やすかた)」青森県青森市安方か。ここ(グーグル・マップ・データ)。表記が異なるが、近年ここで開かれる青森商工会議所青年部主催のフェスティバルは「青森安潟みなとまつり」という。文脈上は外ヶ浜地区にあるように読めるが、江戸時代、「津輕」とは現在の青森県西部を指し(津軽藩領)、外ヶ浜のある下北半島は南部藩(盛岡藩)の領地で「南部」と別称したから、それはあり得ない。この安方にはまさに「善知鳥神社」がある((グーグル・マップ・データ))。ウィキの「善知鳥神社によれば、『海の神、航海安全の神として知られる市杵島姫命・多岐津姫命・多紀理姫命の宗像三女神を主祭神として祀る。他に祭神として倉稲魂命、宮比命、猿田彦命、海津見大神が祀られている』が、『允恭天皇の時代』(五世紀前半)『に善知鳥中納言安方という者が勅勘を受けて外ヶ浜に蟄居していた時に高倉明神の霊夢に感じて干潟に小さな祠を建設し、宗像三神を祀ったのが神社の起こりと伝わる。安方が亡くなると、見慣れない一番の鳥が小祠のほとりに飛んできて雄はウトウと鳴き、雌はヤスカタと鳴くので、人々はこの鳥を安方の化身として恐れ敬ったが、ある日猟師が誤ってこの雄鳥を狙撃してしまい、以後雄鳥によって田畑が荒らされた。狙撃した猟師も変死したため、祟りを恐れた同郷の人々は雄鳥を丁重に弔った』という伝承を記す。

「信鳧〔(しんふ)〕」「本草綱目」の記載なので音で読んだ。但し、「鷗」の項のごく一部で、『海中一種隨潮往來謂之信鳬』としか載らないので、とても種同定など出来ない。

 「本綱」、鷗の屬、潮に隨ひて往來す。之れを「信鳧」と謂ふ。

「由利鷗〔(ゆりかもめ)〕」鳥綱 Avesチドリ目 Charadriiformesカモメ科 Laridaeカモメ属ユリカモメ Larus ridibundus

「善知鳥も亦〔(ま)〕た、此〔(これ)〕に近し」残念ながら、良安先生、同じチドリ目で沿岸性の海鳥ではありますが、見た目も全然違い、科で異なっていて、近縁ではありません。]

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