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2018/04/14

栗本丹洲自筆「蛸水月烏賊類図巻」 クモヒトデ三個体

 

にくのて

 

Nikunote

 

[やぶちゃん注:底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらの画像を用いた。掲げた図も同じで、上下左右をトリミングしてある。キャプションは上記一行のみ。このキャプションは正直、頭の文字の判読に悩んだ。当初は「わくのて」或いは「りくのて」と読んだが、「り」の崩しはどう簡略化してもこうはならないから、やっぱり「王」の崩しの「わ」だなと思い、「わくのて」で「枠の手」、盤を枠としたものかとも思ったのだが、「輪」ならまだしも(しかしそれでは「く」が始末出来ない)、ありゃ、どう見ても枠とは言わんだろ、と思い直し、再考した。「もくのて」で「くものて」を誤記したのかもなどとも考えたのだが、「毛」の崩し字はやはりこうはならないと思うし、何より丹洲先生に失礼だからヤメにした。すると、「耳」の崩しの「に」に思い当たった「にくのて」、「肉の手」だ! クモヒトデ類はヒトデ類(後で述べるが、クモヒトデはヒトデの一類ではなく、ヒトデに近縁のヒトデと対等な群(タクソン)である)と異なり、移動には管足を用いず(管足はあるが、吸盤を持たないから、運動はおろか捕食にも使用しないようで、粘液分泌や一種の感覚器官として用いているらしい)、腕を盛んにくねらせることによって、意想外に敏捷に移動する。腕には有意な柔軟性があって蛇ののたくるような動き、或いは漕いだり、泳いだりするような動きを見せるので、あれは柔軟な奇体な「肉の手」に相応しいじゃないか! と独りごちたのである。大方の御叱正を俟つが、諸本をひっくり返し、ネット・フレーズ検索も掛けたが、「にくのて」も「わくのて」も、「~のて」という語尾を持つクモヒトデの異名は見出せなかった。

 さて、同定になると、これが難しい。色で見りゃいいと思われる方も多いだろうが、実はクモヒトデは同一種でもカラー・ヴァリエーションが驚くほど多いものがゴマンといるからそれは比定条件になりにくいのである。以下、参考資料としては佐波征機(まさき)・入村精一著「ヒトデガイドブック」(TBSブリタニカ二〇〇二年刊)を用いた。

 一つ言えることは、右上方の一個体と、中央下及び左上方の二個体は明らかに違う種であるということである。前者は盤上面にびっしりと鱗があり、腕の根元に当たる部分に、飯粒が二つ配されたような輻楯(ふくじゅん)が明瞭に描かれている(なお、これによってこれが腹面側でないことは明らかである)こと、盤の中央に花のような紋があるのに対し、後者二個体は盤上面に何らの紋様や鱗も輻楯の隆起さえも見られない。則ちこの二個体の盤上面はかなり厚い皮で一様に覆われているのだと考えるのが自然である。

 しかし、クモヒトデ類は現生種で、世界で二千種ほどが知られており、正直、失礼乍ら、この丹洲のお粗末な絵ではとても同定は出来ないというのが本音である。通常のクモヒトデなら普通はあるはずの腕にびっしりと生えている腕針が全く描かれていないのも困りものである。

 それでも挑戦してみよう。

 まず、前者は、既に述べた通り、盤上面が露わになって鱗や輻楯が明瞭に見てとれることから、

クモヒトデ目 Ophiurida

であることは間違いない。本邦の岩礁帯や磯の転石の下に見られる一般的なクモヒトデ類は本群に属するものが殆んどで、チビクモヒトデ科 Ophiactidae・スナクモヒトデ科 Amphiuridae・トゲクモヒトデ科Ophiotrichidae・トゲナガクモヒトデ科Ophiacanthidae・リュウコツクモヒトデ科Ophiochitonidae・アワハダクモヒトデ科Ophiodermatidae・フサクモヒトデ科Ophiocomidae・クモヒトデ科Ophiuridae・キヌハダクモヒトデ科Ophiomyxidae・アミメクモヒトデ科Ophionereididae 等に分かれる。その中でも、本邦の日本海及び銚子以南の潮間帯下部や潮下体の転石下によく見つかる中型個体で、ここまで輻楯がはっきり見え、個体によっては盤上面中央に白い斑紋があって何となく丸い紋があるように見えるのは、

クモヒトデ科ニホンクモヒトデ亜科ニホンクモヒトデOphioplocus japonicus

である。しかし、残念なことに本種は暗緑色或いは暗褐色でこんなに明るい色ではない(本図が乾燥標本で色が脱色していたものの模写であったのなら、この同定で私はいいと思う)

他に候補を挙げるとすると、カラー・ヴァリエーションの多く、こうした明るい肌色のものもいる、

クモヒトデ目 Ophiurina 亜目 Gnathophiurina 下目チビクモヒトデ科 Ophiopholis 属ジュズクモヒトデ Ophiopholis japonica

であろうか。ジュズクモヒトデは北方系でベーリング海・アラスカ沖・カムチャッカ沖から紀伊半島までと、日本海に分布している(但し、本州沿岸では水深五百~千メートルの深海に多く棲息する)。気になるのは、本種はかなり目立った腕針を持つことで、生体或いは死後あまり時間が経過していない個体を丹洲が見て描いたのであれば、その棘状突起を描くであろうと思う点か。しかし、翻ってよく図を見ると、この一個体にのみ、腕に細かな節を描いていることが判るから、或いは多数飛び出る腕針を速成で簡易に描こうとした結果が、この節なのかも知れぬとも思った。他にも候補はあるが、キリがないのと、正直、原画がショボいので、取り敢えず、ここまでとしておく。

 次に後者の、盤が皮で覆われていて輻楯が殆んど見えず、鱗を持たないのは、

クモヒトデ(蛇尾)綱カワクモヒトデ(革蛇尾)目カワクモヒトデ亜目キヌカワクモヒトデ科Ophiomyxidae

の特徴である。同科では、本邦では津軽海峡以南の本州・四国・九州の水深五十~五百メートルに棲息している、

キヌハダクモヒトデ Ophiomyxa australis

が最同定比定候補となろうか。但し、同種は盤の辺縁に一列に並んだ板があり、細長い輻楯とともに皮に覆われているが、よく観察すると、それらの輪郭は確認出来る。本図を見ると、二個体とも盤の辺縁部円周全体に複数の膨らみの連続が見られ、丹洲はそこでは色を有意に幽かに脱(ぬ)いていることが判る。これは或いは、その円周に存在する「板」の形を模したものとも思われなくもない。キヌハダクモヒトデの生態写真を見ると、実際に、辺縁はこうした微かな曲線の凸凹を呈しているのである。カラー・ヴァリエーションは多く、ネットの海外の画像を見ると、図の下のような紅色、黄褐色、赤褐色の個体の外、草色・灰色・暗色のものもあるから、この二個体を同定候補とすることには色の点では問題はない。ただ、ここに大きな問題が一つある。それは同種の腕には斑紋状或いは縞状の有意な模様があることで、この図には拡大して見てもそれが全く描かれていないのである。しかし、この図は、底本画像(ここ)を見て戴くと判るように、えらく小さいものであること、筆痕を見ても、彩色が腕からはみ出しているように見える箇所もあって、精魂は入っていないことなどから、模様まで手が回らなかったとも言えなくもない。]

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