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2018/05/23

初夏の夜   中原中也

 

    

 

また今年(こんねん)も夏が來て、

夜は、蒸氣で出來た白熊が、

沼をわたつてやつてくる。

――色々のことがあつたんです。

色々のことをして來たものです。

嬉しいことも、あつたのですが、

囘想されては、すべてがかなしい

鐵製の、軋音さながら

なべては夕暮迫るけはひに

幼年も、老年も、靑年も壯年も、

共々に餘りに可憐な聲をばあげて、

薄暮の中で舞ふ蛾の下で

はかなくも可憐な顎をしてゐるのです。

されば今夜(こんや)六月の良夜(あたらよ)なりとはいへ、

遠いい物音が、心地よく風に送られて來るとはいへ、

なにがなし悲しい思ひであるのは、

消えたばかしの鐵橋の響音、

大河(おほかは)の、その鐵橋の上方に、空はぼんやりと石盤色であるのです。

 

[やぶちゃん注:サイト「中原中也・全詩アーカイブ」の本詩篇の解説によれば、本篇もまた、創作年月日がはっきりしており、昭和一〇(一九三五)六月六日とあって、初出は『文學界』同年八月号である。

「軋音」新潮社「日本詩人全集」第二十二巻「中原中也」に『きつおん』とルビするが、「軋」の字は「キツ」という音は持たない。呉音で「エチ」、漢音で「アツ」である。ここは「あつおん」と読んでおく。「軋(きし)み音」である。

「顎」上記新潮社版では『あぎと』とルビする。「可憐な」の形容を考えると、この読みを私は支持する。

「良夜(あたらよ)」「可惜夜(あたらよ)」で、「明けるのが惜しいほどに素晴らしい夜」の謂い

「響音」「きやうおん(きょうおん)」と読んでおく。汽車が鉄橋を渡って行く、その反響音である。

「石盤色」英語の色名「スレート・グレイ」(slate grey)の訳語。濃い灰色。「スレート」は屋根を葺くのに用いる粘板岩の薄板のこと。]

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