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2018/05/30

諸國里人談卷之一 飽海神軍

 

   ○飽海神軍(あくみのかみいくさ)

出羽國庄内、飽海の社(やしろ)は大物忌(おほものいみ)太神と號す。祭神、倉稻魂神〔うかのみたまのかみ〕なり。年に一度、風、烈しく震動して、天氣、常に異なる雪・霰(あられ)の中に、矢の根、交りて降るなり。これを「神軍(かみいくさ)」とて、土人、大きに怖る。晴〔はれ〕て後、木蔭に、石にあらず、鐡(かね)にあらず、鏑(かぶら)矢・蟇股(かりまた)等の鏃(やのね)、數品(すひん)あり。これを雷斧(らいふ)と云〔いふ〕。鹿伏(かふし)の矢の根にかはらず。また、奧州・能州の中にもあり、常州鹿島にもありと云。これ、則〔すなはち〕、「本草」にいふ所の雷楔(らいけい)・雷斧の類ひなるべし。

[やぶちゃん注:沾涼明らかに前の「鹿伏神軍」の類例として続いて示している。この怪異については、サイト「日本歴史地名大系ジャーナル」の「地名拾遺」にある「第25回 神矢田 【かみやだ】18 神軍(かみいくさ)の鏃(やじり)降りそそぐ地 山形県飽海郡遊佐町」で詳細な科学的・考古学的・民俗学的考証がなされている。かなり長いものであるが、必見である。結論だけを引かせてもらうと、『現代からみれば、土中に埋没していた縄文・弥生時代の石器が、長雨によって表土が流出したために地上に現れたに過ぎないのだが、古代の人々は形態から弓箭の鏃であろうとは推察はしたものの、天上の神々が戦を起こした際に使用した鏃が降りそそいだのであり、石鏃を神与のものと考えた』のであるとある。

「出羽國庄内飽海の社(やしろ)は大物忌(おほものいみ)太神と號す」山形県飽海郡遊佐町にある鳥海山大物忌神社(ちょうかいさんおおものいみじんじゃ)であろう。本神社は鳥海山頂の本社及び麓の吹浦(ふくら)と蕨岡(わらびおか)の二か所の口之宮(里宮)の総称として大物忌神社と称しており、鳥海山を神体山とする鳥海山山岳信仰の中心を担う神社である。本文の叙述は山頂の本社をロケーションとしているようには見えないから、吹浦のそれ(ここ(グーグル・マップ・データ))或いは蕨岡のそれ(ここ(グーグル・マップ・データ))であろう。ウィキの「大物忌神」によれば、『鳥海山は古代のヤマト王権の支配圏の北辺にあることから、大物忌神は国家を守る神とされ、また、穢れを清める神ともされた。鳥海山は火山であり、鳥海山の噴火は大物忌神の怒りであると考えられ、噴火のたびにより高い神階が授けられた』とあり、『大物忌神は、倉稲魂命・豊受大神・大忌神・広瀬神などと同神とされる。鳥海山大物忌神社の社伝では神宮外宮の豊受大神と同神として』おり、『鳥海月山両所宮では鳥海山の神として倉稲魂命を祀っている』とある。

「倉稻魂神〔うかのみたまのかみ〕」「朝日日本歴史人物事典」より引く(コンマを読点に代えた)。『日本神話に登場する穀物神。伊奘諾尊が飢えたときに生まれた神。『延喜式』の祝詞では、「屋船豊宇気姫命」という神に「是は、稲の霊なり。俗の詞に宇賀能美多麻といふ」との説明があるほか、『日本書紀』の神武天皇の巻に「厳稲魂女」という神名がみえ、「うか」が穀物を意味する語であることがわかる。『日本書紀』の保食神』(うけのかみ)『や『古事記』の豊宇気毘売神』(とようけびめのかみ)『の「うけ」は、それが転じたもの。このように、古い文献に「うか」「うけ」を含む神名が多数みえるのは、穀物神、穀霊』(稲霊(いなだま)『が方々で祭られ、それに応じて種々の呼称が存在したことを反映するものらしく、この倉稲魂命もその一例と考えられる。『古事記』の宇迦之御魂神は、須佐之男と神大市比売』(かむおおいちひめ)『との間に生まれた神として出ているので、別神だろう』とある。

「蟇股(かりまた)」前の「鹿伏神軍」で注した「雁股」の意で記している。恐らくは、鏑矢の一種である「蟇目・引目(ひきめ)」と混同してしまった表記であろう。因みに「ひきめ」は、「響目(ひびきめ)」の略として射た際に音を響かせることからの名とも、また、鏑に開けた孔の形が蟇蛙の目に似ているからともいう。朴(ほお)又は桐製の大形の鏑で、犬追物(いぬおうもの)や笠懸(かさがけ)などに於いて、射る対象を傷つけないようにするために用いた。「ひきめの矢」は特にその音が、妖魔を退散させるとして、呪術的な処方としてもしばしば使われた。

「鏃(やのね)」「やじり」に同じい。

「雷斧(らいふ)」雷神の斧(おの)。石器時代の遺物の打製石斧などを、雷神の持ち物が落雷などで空から落ちてきたと考えたもの。「天狗のまさかり」「天狗の飯匕(めしかい:杓文字(しゃもじ)のこと)」などとも呼ぶ。

「奧州・能州の中にもあり、常州鹿島にもあり」前条に出した木内石亭の「雲根志」の「後編卷之三 像形(ざうぎやう)類」の「霹靂碪(へきれきちん)」(「雷神の砧(きぬた)」の意)には、能登の「所の口」という所の『畑の中より、天狗の爪を多く掘出す』とし、さらに、『奥州南部、出羽の羽黑山、越後馬正面(ばせうめん)村、東美濃客見野(かくみの)、飛彈國高原(たかはら)等に雷斧多し。其外、國々稀にありと見ゆ。細小なるは三、五分、巨大なるは尺余、かけ肌あり、みがき肌あり、諸方石を愛せる家每に雷斧・雷刀・雷鎚・雷碪・雷環・雷珠・雷鑽(さん)・雷楔(けつ)・雷墨・雷劍等あり。根元(こんげん)、一物なり。各形容によつて名を呼(よぶ)なるべし。予、數百種を蓄(たくはふ)。色・形・大小・産所、等しからず。按ずるに、雷に寄る事、非なり。意者 (おもふに)、上古の兵具(へうぐ)ならんか。口傳あり」と鮮やかに正しく述べている。また、「後編卷之四」の冒頭「鐫刻(せんこく)類」の冒頭の「鏃石(やじりいし) 一」には、「続日本紀」から始めて、本条の鳥海山の「神軍」の例も含め、詳細にこれを綴っており、そこには同現象の起こる場所を細かに羅列しており、その中に、まさに『常陸國鹿島海邊』『奥州津輕同松前仙臺南部左井(さい)村等』『能登七尾近所二の宮、又、「ヒラ」といふ所』『佐渡國鹿伏(かぶし)大明神境内』(前の「鹿伏神軍」である)を挙げて、『東國北國には所々にあるべし』とも記している(太字下線やぶちゃん)。

『「本草」にいふ所の雷楔(らいけい)・雷斧』明の李時珍撰の「本草綱目」の「卷十 金石之四」に「霹靂碪」の項を挙げ、そこに「雷揳」「雷斧」が載る。原文は「漢籍リポジトリ」の殆んど末尾(「雷墨」の前)で読める。これを見るに、前注の石亭の「雲根志」での「雷~」の名数はこれに拠ることが判る。]

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