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2018/05/25

月夜の濱邊   中原中也

 

    月 夜 の 濱 邊

 

月夜の晚に、ボタンが一つ

波打際に、落ちてゐた。

 

それを拾つて、役立てようと

僕は思つたわけでもないが

なぜだかそれを捨てるに忍びず

僕はそれを、袂に入れた。

 

月夜の晚に、ボタンが一つ

波打際に、落ちてゐた。

 

それを拾つて、役立てようと

僕は思つたわけでもないが

   月に向つてそれは抛れず

   浪に向つてそれは抛れず

僕はそれを、袂に入れた。

 

月夜の晚に、拾つたボタンは

指先に沁(し)み、心に沁みた。

 

月夜の晚に、拾つたボタンは

どうしてそれが、捨てられようか?

 

[やぶちゃん注:「北の海」とともに私の中也遺愛の歌。サイト「中原中也・全詩アーカイブ」の本詩篇の解説によれば、本篇は昭和一二(一九三七)年二月号『新女苑』に『発表されたのが初出で』あるが、実はやはり、『制作は文也の死んだ』昭和十一年十一月十日『以前と推定されてい』るとある。そこで、サイト主合地舜介氏は、『となれば』、『ミステリーじみてくる』が、この詩は、文也急逝から三ヶ月後の『新女苑』に『発表された詩』ではあるが、創作は明らかにそれ以前であり、本詩の詠吟(その感懐)は文也の死と直接は関わらないものであった。しかし、『「在りし日の歌」に収録される』詩篇が『編集』された『時期は文也の死後であり』、『偶然にも「月夜の浜辺」が追悼詩としても成立すると見なした詩人が「永訣の秋」の中に配置した、と考えれば矛盾しないはずで』ある、と述べておられる。『新女苑』はこの前月昭和一二(一九三七)年一月から実業之日本社が『少女の友』の姉妹誌として創刊した若い女性向け雑誌(昭和三四(一九五九)年七月終刊)で、これも如何にも掲載誌を意識して作った感は強い。]

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