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2018/05/15

大和本草卷之八 草之四 龍鬚菜 (シラモ)

 

【外】

龍鬚菜 王氏彙苑曰生海中石上莖如繒長僅尺

 許色始靑居人取之沃於水乃白又名繒菜人頗

 珍之今按備前ニ白藻アリ細絲ノ如ニシテ靑白水ニ

 浸セハ白クナル煮食シ或水ニヒタシスミソニテ食ス潔白ナリ

 若水曰又北土及他州ニモ有之ソウナト云

○やぶちゃんの書き下し文

【外】

「龍鬚菜(シラモ)」 「王氏彙苑」に曰はく、『海中の石の上に生ず。莖、繒(きぬいと)のごとく、長さ僅かに尺許〔(ばか)〕り。色、始め靑し。居人、之れを取り、水に沃(そゝ)げば、乃ち白し。又、「繒菜(ソウナ)」と名づく。人、頗〔(すこぶ)〕る之れを珍とす』〔と〕。今、按ずるに、備前に「白藻(シラモ)」あり。細き絲のごとくにして靑白。水に浸せば、白くなる。煮て食し、或いは水にひたし、すみそにて食す。潔白なり。若水〔(じやくすい)〕曰はく、『又、北土及び他州にも之れ有り、「ソウナ」と云ふ』〔と〕。

[やぶちゃん注:最近まで、本種は紅藻綱オゴノリ目オゴノリ科オゴノリ属シラモGracilaria bursa-pastoris(属名はラテン語「gracilis」(「細い」の意)由来。種小名は「bursa」が「袋」で、「-pastoris」が「羊飼いの」の意)とされてきたが、鈴木雅大サイト「生きもの好きの語る自然誌(Natural History of Algae and Protists)」ページに、『本種はこれまで地中海をタイプ産地とするGracilaria bursa-pastorisと同定されてき』たが、二〇〇八年の研究論文によれば、『日本と韓国』当該種『として報告されてきた種は』、『果皮の細胞の形態とrbcL遺伝子を用いた系統解析の結果から』、『ハワイをタイプ産地とする』、

紅藻綱オゴノリ目オゴノリ科オゴノリ属シラモ Gracilaria parvispora

に相当することが判明した、とあるので、それで示した(当該ページでは上位タクソンが細かに、紅藻植物亜界 Subkingdom Rhodobionta紅藻植物門 Phylum Rhodophyta 紅藻植物亜門 Subphylum Rhodophytina 真正紅藻綱 Class Florideophyceae マサゴシバリ亜綱 Subclass Rhodymeniophycidae オゴノリ目 Order Gracilariales と示されてある)。本種は、水によく溶けて粘性が高いことから食品用の糊料・安定剤・乳化剤として広汎に利用されているカラギーナン(carrageenan)精製の原藻としてよく知られる(なお、英名は、この成分の利用がアイルランドのカラギーン(Carrageen)村で始まり、各国に広まったことに由来する)。現在でも、茹でて、刺身のツマにしたり、酢味噌和えで食されている。但し、「心太(ココロフト=トコロテン)の項で示した通り、オゴノリ類の中毒死亡例が複数あること、それを説明するとされる、prostaglandin E2(プロスタグランジンE2)摂取に始まる人体内機序とは別に、ハワイで発生したオゴノリ食中毒の要因研究の過程では、その原因の一つにPGE2過剰等ではなく、アプリシアトキシンaplysiatoxinという消化管出血を引き起こす自然毒の存在が浮かび上がってきている。これは単細胞藻類である真正細菌 Bacteria 藍色植物門Cyanophyta の藍藻(シアノバクテリアCyanobacteria)が細胞内で生産する猛毒成分である。即ち、本邦の死亡例も、オゴノリに該当アプリシアトキシンを生成蓄積した藍藻がたまたま付着しており、オゴノリと一緒に摂取してしまった、とも考えられるのである以上、本種の種がアプリシアトキシン中毒例のあるオゴノリ属に含まれるかも知れない(そうでなくても「たまたま付着」は同種である条件を必要としない)、ハワイ産種に切り替えられた点と合わせて、別に、本種への安全神話がやや揺らいでくる観は否めない気はするのである。

「龍鬚菜(シラモ)」通常の漢字表記は「白藻」であるが、先の鈴木氏の記載にも『龍髭菜』とあるので、現在でも生きている。

「王氏彙苑」「彙書詳註」の別題。全三十六巻。恐らくは、明代の政治家で学者であった王世貞(一五二六年~一五九〇年)の著になる類書ではないかと思われる。

「繒(きぬいと)」(音「ソウ・ショウ」)圧織りの絹布。また、広く絹織物の総称。

「居人」そこに住む土着の民の謂いか。

「若水〔(じやくすい)〕」医師・本草学者・儒学者であった稲生若水(いのうじゃくすい 明暦元(一六五五)年~正徳五(一七一五)年)のことか。「若水」は号。益軒より二十五歳も年少であるが、没しているのは益軒死去の翌年である。ウィキの「稲生若水によれば、『父は淀藩の御典医稲生恒軒、本名は稲生正治。江戸の淀藩の屋敷で若水は生まれた』。『医学を父から学んだ。その後、本草学を大坂の本草学者福山徳潤に学び、京都の儒学者伊藤仁斎から古義学派の儒学を学んだ』。『元禄のころになると、彼の学識は広く知られるところとなり、学問、教育に熱心であった加賀金沢藩主前田綱紀も彼の名声を知り』、元禄六(一六九三)年に『彼を儒者として召抱えられることとなった』。『その際、彼は姓を中国風の一字で稲と称した。前田綱紀に「物類考」の編纂を申し出て採用され、当時における本草学のバイブルであった「本草綱目」を補う博物書である「庶物類纂」の編纂の下命を得た。そのため、彼は隔年詰』(づめ)『という』、『一年おきに金沢で出仕する特別待遇を与えられた。彼はその知遇に応えるべく』、『京都で研究に努め、支那の典籍』百七十四『種に記載されている動植物関係の記述を広く収集し、統合や整理、分類を施して』、元禄一〇(一六九七)年に『執筆を始め』三百六十二巻を書き上げて、『京都の北大路の家で死去した』。『後に八代将軍徳川吉宗の下命で、若水の子、稲生新助や弟子の丹羽正伯らが』六百三十八『巻を書き上げて、計』一千『巻にわたる大著が完成した。稲生若水は漢方、薬物などを中心とした本草学に、動植物全体を対象とする博物学への方向性を備えさせたといえる』とある。益軒は実は壮年の頃に京に遊学しただけで、その生涯の殆んどを福岡藩で送った。従って、この話も若水から書簡で得た情報であろうと推定される。

「ソウナ」「惣菜」ではあまりに芸がない。海藻で惣菜に使い勝手のよい「藻菜」ぐらいにしておこう。]

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