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2018/05/04

大和本草卷之十四 水蟲 介類 龜(イシガメ)

 

龜 イシカメ西州ニテコウズト云背ニ文アリ春水邊ノ土

 中ニ子ヲウム龜肉ハ食フヘカラス龜甲龜板ハ一物

 ナリ二物ニアラス藥ニ用ユ古ノ龜卜ハ腹ノ板ヲ用ヒ

 以荊ヤク其文ニヨリテ吉凶ヲ知ル法アリ○今按龜

 甲ハ石カメノ腹下ノ版ヲ用ユヘシ背上甲ヲ不可用本

 草又稱敗龜板龜甲モ龜板モ同物也大明曰龜

 小而腹下曾鑽十遍者名敗龜版入藥良龜ノ背

 腹上下共ニ甲ト云然ドモ龜甲ハ卽龜板腹下ノ板ナ

 リ敗龜板トハ龜卜ニ久ク用タル腹下ノ板ヲ云板モ亦

 甲ト云背ノ殻ニハ非ス蘓頌曰殻圓版白者陽龜也

 是殻ハ背ノ甲ナリ版ハ腹ノ甲ナリ時珍曰厴ハ可供卜

 殻可入藥則古者上下甲皆用之至日華始用龜

 板而後人遂主之矣今按本草主治ニモ殻ト板トヲ

 ワカツ丹溪曰下甲補陰主陰血不足綱目附方曰

 補陰丸丹溪方用龜下甲蒙筌云只取底版是皆

 腹ノ板ヲ可用也○本邦藥鋪往々以龜背上甲爲

 龜甲今考數書決可以腹下版爲龜甲也○龜尿

 ヲ用テ石ニ文字ヲ書ケハ墨石中ニ疾ク入リテ數百年ヲ

 歷テモ不滅尿ヲ取法朱ニテ塗タル平折敷ニ龜ヲ置其

 影朱折敷ニウルヲ見レハ尿出ル又時珍食物本草註

 ニ龜ヲ荷葉ノ上ニ置鏡ヲ見スレハ尿ス草木子曰龜尿

 可以和墨寫字入石

○やぶちゃんの書き下し文

「龜」 「イシガメ」。西州にて「コウズ」と云ふ。背に文あり。春、水邊の土中に子をうむ。龜の肉は食ふべからず。龜の甲・龜の板は一物なり、二物にあらず。藥に用ゆ。古〔(いにしへ)〕の「龜卜(〔き〕ぼく)」は、腹の板を用ひ、荊〔(いばら)〕を以つて、やく。其の文〔(もん)〕によりて吉凶を知る法あり。

○今、按ずるに龜甲〔(きつかう)〕は「石ガメ」の腹の下の版を用ゆべし。背の上の甲を用ゆべらず。「本草」、又、「敗龜板〔(はいきばん)〕」と稱す。龜甲も龜板も同物なり。大明、曰はく、『龜、小にして腹の下、曾〔(かつ)〕て鑽〔(さん)〕すること、十遍なる者は、「敗龜版」と名づく。藥に入るるに良し』〔と〕。龜の背腹・上下共に、「甲」と云ふ。然れども、龜甲は、卽ち、龜板、腹の下の板なり。「敗龜板」とは龜卜に久しく用ひたる腹下の板を云ふ。板も亦、甲と云ひ、背の殻には非ず。蘓頌、曰はく、『殻、圓〔(まる)〕く、版、白き者は「陽龜」なり』〔と〕。是〔の〕殻は背の甲なり。版は腹の甲なり。時珍、曰はく、『厴〔(へた)〕は卜〔(ぼく)〕に供〔(きよう)〕すべし。殻は藥に入るるべし。則ち、古〔(いにしへ)〕は上下の甲、皆、之れに用ふ。日華に至りて、始めて龜板を用ふ。而して後人、遂に之れを主(しゆ)とす』〔と〕。今、按ずるに、「本草」が「主治」にも、殻と板とをわかつ。丹溪、曰はく、『下甲は陰を補し、陰血の不足を主〔(つかさど)〕る。「綱目」が「附方」に曰はく、『「補陰丸」。丹溪の方〔は〕、龜の下の甲を用ふ』〔と〕。蒙筌、云はく、『只だ、底の版を取る』〔と〕。是れ、皆、腹の板を用ふべきなり。

○本邦の藥鋪、往々〔にして〕龜の背上の甲を以つて龜甲と爲す。今、數書を考ふるに、決して、腹の下の版を以つて龜甲と爲すべき〔もの〕なり。

○龜の尿〔(いばり)〕を用ひて石に文字を書けば、墨、石中に疾〔(と)〕く入りて、數百年を歷〔(へ)〕ても滅(き)えず。尿を取る法は、朱にて塗(ぬ)りたる平折敷〔(ひらをしき)〕に龜を置き、其の影、朱折敷にうつるを見れば、尿、出づる。又、時珍、「食物本草の註」に、龜を荷葉〔(はすのは)〕の上に置き、鏡を見すれば、尿す。草木子、曰はく、龜の尿、可以つて墨に和し、字を寫して、〔これ、〕石に入るべし〔と〕。

[やぶちゃん注:老婆心乍ら、最初に一言言い添えておくと、「介類」パートなのに前の「鼈」(スッポン)といい、この「龜」といい、何で? と思われる方がいるかも知れぬ。そもそもが今までこの「大和本草」にしてからが「介類」パートに入ってからも、頭足類の「タコブネ」(これはタコが入っている貝という誤認だから違和感はない)や腕足動物の「メクハジヤ」(シャミセンガイ。これも未だに普通の貝類の仲間だと勘違いしている人も多いから問題ない)どころか、棘皮動物の「海膽(ウニ)」に、広義のエビの仲間である蔓脚類である「石蜐(カメノテ)」、或いは、真正のそれである節足動物門甲殻亜門軟甲綱真軟甲亜綱フクロエビ上目端脚目の「ワレカラ」だって、既にして「貝」類ではない。言っておくが、「介」と「貝」は微妙に違うのである。「貝」は現行では斧足類(二枚貝)・腹足(巻貝)と、せいぜい後鰓類(ウミウシの仲間)の中の有殻保有生物(陸生を含む)までであるが、僕らが小さな頃の「魚貝の図鑑」にイカ・タコの頭足類・蟹や蝦といった甲殻類、ヒトデやウニ・ナマコといった棘皮動物が載っていても何らの違和感がなかったように、「魚貝」類は元は「魚介」類なのであり、「貝」の原義は「水中に棲息する介虫(かいちゅう)類」であって、「介」の方はもっと広く「外側から覆って中身を守るもの」を指し、鎧状の甲殻物質や器官を指す語なのであり、されば、貝でないが、甲羅を持つカメや甲殻(或いはヤドカリのように防禦用の異物を取り入れる)を有するエビ・カニ、棘や骨片で形成された身体を持つヒトデもナマコも「介」類なのである。頭足類は今も体内にそれやその痕跡を有する種もある通り、元はちゃんとした甲殻を持っていた連中なのであり、そもそもが軟体であっても、それを蔽う外套膜は「外套」なのであって、内臓を守る立派な遮蔽防禦器官なのである。

 閑話休題。「大和本草」である以上はここに記された「イシガメ」は日本固有種(本来の分布は本州・四国・九州・隠岐諸島・五島列島・対馬・淡路島・壱岐島・佐渡島・種子島。東北地方でも記録があるが人為移入によるものとされ、本来の分布の北限は関東地方と考えられている。ここはウィキの「イシガメ」に拠った)である、

カメ目イシガメ科イシガメ属ニホンイシガメ Mauremys japonica

としてよい。但し、以下の「本草綱目」に出るそれは、本種ではない。それらは、イシガメ属 Mauremys というより、私はその上のイシガメ科 Geoemydidae 或いは、その上のカメ目 Testudines に留めておくべきかと考えている(後注「厴〔(へた)〕」を参照)。

「「龜卜(〔き〕ぼく)」平凡社「世界大百科事典」によれば、中国ではそれ以前に、山東省城子崖(竜山文化)などの新石器時代後期の遺跡から、既に羊・牛・豚或いは猪及び鹿の肩甲骨(これは本邦にも移入されて「鹿占」(ろくぼく/まにぶと)と呼んだ)を占いに用いたものが出土しており、灼(や)く個所を、あらかじめ、彫りくぼめた「鑽(さん)」をもつものもある(本文にも出る。「鑽」は「穴を空ける・穿つ」の意である。全く割れ目が入らないのでは占いの判じようがないので、プラグマティクに割れ易くするために、特定箇所をごく薄くするのではないかと私は思う)とあり、河南省安陽の殷墟からは、国事の決定を占うために用いた卜甲(ぼっこう:カメの甲羅を用いた亀卜。ここで益軒が拘っているように、事実、出土したものは背より腹の甲の方が多いとわざわざ注がある)や、牛・羊などの肩甲骨を材料とする鑽のある卜骨が大量に発掘されており、その数は何と十万点を超えるという、とある。

「大明」宋の本草学者。後に出る「日華」は「日華本草」で、彼の書いた本草書。「本草綱目」にはよく引かれている。

『曾〔(かつ)〕て鑽〔(さん)〕すること、十遍なる者は、「敗龜版」と名づく。藥に入るるに良し』思い至らなかったのであるが、亀卜も実は結構、発祥地である本家本元の中国でも、ごく倹約的な使用が、則ち、実用的な使い回しがなされていたことがこれで明らかになる。私などは、御大層に華々しく燃やした焚火の中に、カメの甲羅を投げ入れて占う、一回使い切りかとずっと思っていたが、確かに、勿体ない。割れ目は実はでっかくなくていいんだ。だから、大きなカメの甲羅のごく一部に割れ目を生じさせるための小さな鑽、窪みを作って薄くし、荊(茨)のごく小規模な焚火の中に入れて、たいして時間を経ずして取り出し、その鑽の箇所の小さな割れ目を見て占い、その後も何度も使い回しをしていたのだろう。「敗龜板」の「敗」は十数回も使用して、甲羅一面が罅(ひび)割れ、各所に孔が開いて敗れて=破れてしまった腹の下の甲の板を指すのであった。

「蘓頌」(そしょう 一〇二〇年~一一〇一年)は北宋の博物学者・機械学者(科学技術者)で宰相。ウィキの「蘓頌によれば、第七代皇帝『哲宗の命を受け、世界最初の天文時計「水運儀象台」を設計し』一〇九二年『に工事が完成』すると、『蘇頌は丞相に任ぜられた』とある。

「厴〔(へた)〕」総てのカメではないが、カメの中には、首及び四肢を収縮させた上、手足のある当該部分の甲ハコガメ(イシガメ科 Geoemydidae のハコガメ属 Cuora。インド・東アジア・中国南部・台湾等に分布し、日本では石垣島・西表島のみに棲息する)の仲間は腹甲に、セオレガメ(リクガメ上科リクガメ科リクガメ亜科セオレガメ属 Kinixys。但し、総てアフリカ産熱帯種で本邦にはいない)の仲間は背甲に蝶番(ちょうつがい)があるを曲げて、完全に蓋をすることが出来る種がいる。ここはその蓋に相当する部分を「へた」(貝の「へた」と同じ)と称したものであろう。ここからも「本草綱目」のカメを私がカメ目 Testudines に留めておくべきだと考えたことが正しかったことが判る。ニホンイシガメは画像や動画を見る限り、それは出来ないようだからである。

「陰血不足」「陰血」は漢方で広義の血を指す。血は陰気に属するので、かく呼ばれる。

「丹溪の方」朱震亨(しゅしんこう 一二八一年~一三五八年:元代の医師。丹溪は号。初め、儒学を学んだが、後に医学に転じ、李杲(りこう:号は東垣)の系統の医学を学んだ。後に李杲と併称されて「李朱医学」と呼ばれた。著書に「局方発揮」「格致餘論」「丹溪心方」などがある)の処方。或いは前に出した「丹溪心方」のことかも知れない。

「蒙筌」明の本草学者陳嘉謨の撰になる実用を主眼とした本草書「本草蒙筌」。一五六五年成立。

「藥鋪」薬種屋。

「龜の尿〔(いばり)〕を用ひて石に文字を書けば、墨、石中に疾〔(と)〕く入りて、數百年を歷〔(へ)〕ても滅(き)えず」これについては、貴族院議員・衆議院議員を務め、美食家としても知られた木下謙次郎(明治二(一八六九)年~昭和二二(一九四七)年)が大正一四(一九二五)年に啓成社から出した「美味求真」の中で考証されており、木下氏は本「大和本草」のこの記載も紹介している。国立国会図書館デジタルコレクションの画像のから原典を視認出来るが、実に幸いなことに現代語訳原典擬古文)上に、では河田容英氏によって詳細を極めた解説考証がなされてある! 必見!!!

「平折敷〔(ひらをしき)〕」角(かど)を切らない折敷。現在の四角な盆と同じい。

『時珍、「食物本草の註」に、龜を荷葉〔(はすのは)〕の上に置き、鏡を見すれば、尿す』これは「本草綱目」を調べてみると、「水龜」の項に出る次の部分(太字下線はやぶちゃん)である。

   *

頌曰按孫光憲北夢𤨏言云龜性妬而與蛇交惟取龜置瓦盆中以鑑照之龜見其影則發失尿急以物收取之又法以紙炷火以其尻亦致失尿但差緩耳時珍曰今人惟以猪鬃或松葉刺其鼻卽尿出似更簡

   *

しかし、「食物本草」は元の李杲著とされるが、刊行は明代の一六二〇年のもので、上記の冒頭の部分は前に注した宋の蘓頌の記載だからおかしい。さらにそこで蘓頌が引く「北夢𤨏言」は五代宋初の学者孫光憲の著作である。

「草木子」元末明初の葉子奇の撰になる、旧元の諸制度・見聞した事件の風聞及び、北宋の邵康節の自然哲学に基づいた天文地理学・生物学に関する記述などを記した、一種の随筆風評論。]

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