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2018/06/08

諸國里人談卷之二 釣鐘石

 

    ○釣鐘石(つりがねいし)

攝津國能勢(のせの)郡大丸村にあり。大さ、方二間ばかり、其形、鉦皷(しやうこ)のごとし。これを磬(うて)ば、撞鐘(つきがね)のひゞき、あり。よつて、此名あり。相傳ふ、貝川三位、當鄕、開發の時、しばらく此所に遊歷して、はなはだ祕藏する所の名石なり。

[やぶちゃん注:「能勢(のせの)郡大丸村」旧能勢郡は現在の豊能郡能勢町の全域と豊能郡豊能町の大部分であるが、旧郡域内に「大丸村」は見出せない。しかし、ウィキの「能勢郡」を見ると、明治五(一八七二)年のこと、『切畑村が分割して大円村・中野西村・中野東村・西野村となる』も、たった四年後の明治九年には分離した四村総てが、また、『合併して切畑村とな』っているのを見出せた。明治になって、一度、分離しちゃおう、というのは、もともと江戸時代には村として独立していた可能性が高いように思うのである。しかも「大円村」と「大丸村」だ。ちょっと相性がいい感じがするではないか? バス停が現存するのでナビゲーション・サイトで読みを調べると、「だいまる」! ここだろ! ここなら、大阪府豊能郡豊能町ちょう)切畑地区大円集落に当たる(グーグル・マップ・データ)。

「方二間」三メートル六十四センチ弱四方。

「鉦皷(しやうこ)」(しょうこ)はまず、「しょうご」とも読み、本来は、雅楽に用いる打楽器の一つを指す。青銅又は黄銅製の皿形のもので、釣り枠につるして凹面を二本の桴(ばち)で打つもの。大(おお)鉦鼓・釣(つり)鉦鼓・荷(にない)鉦鼓の三タイプがあるが、通常は釣鉦鼓を指す。中型の銅鑼(どら)のような形態を考えればよい。また、別に仏家で勤行・法会の際に敲く円形で小型の皿状をした青銅製の鉦(かね)も指し(雅楽のそれのように吊るす中型のものも仏具にはあるが)、ここは後者であろう。要は非常に高く有意に強い金属音がするのである。思うに、この石は火山岩の安山岩の一種であるサヌカイト(sanukite:讃岐岩(さぬきがん))なのではなかろうかウィキの「讃岐によれば、「サヌカイト」の名称は香川県坂出市国分台周辺で採れることによるが、大阪府と奈良県の境にある二上山周辺でも採取される。非常に緻密な古銅輝石安山岩で、固く、叩くと、高く澄んだ音がすることから古来、「カンカン石」とも呼ばれるのである。伏木の勝興寺にあったなぁ、おそこじゃ「天から降ってきた石」=隕石(国分浜に落ちたって)だって言ってたけど、あんなでっかいのがオッこったら、巨大クレーターで伏木なんか吹っ飛んでるぜ。

「磬(うて)ば」「磬」は音「ケイ」で、元来は文字から判る通り(音を示す「聲」の上部に「石」)、中国の雅楽で用いられた石製の楽器で、本邦では仏教楽器として用いる。中国の元のものは平らな石片(稀れに金属片)の一端に孔を空け、そこに紐を通して立てた木製の枠に吊るし、獣角製或いは木製の撞木を以って打ち鳴らす。石片が一個から成る特磬と、十数個から成る編磬(へんけい)があった。石片の形はさまざまであるが、「へ」の字形が新しくて多く見られる。本邦へは、後者が仏教楽器として伝来したが、日本では銅・鉄の鋳製となり、左右均等の山形を成して、中央に蓮華座の撞座がを置く。木製の磬架に吊って、通常は導師の座の右脇に置かれる。ここはそれを動詞として用いたもの。

「撞鐘(つきがね)」鋳造された梵鐘を撞いたような音。

「貝川三位」長乗(かいかわさんみながのり ?~康治二(一一四三)年)伝承によれば、一族を率いてこの切畑・木代・大円の山間部に来たって三村を開発し、ここに葬られたとされる人物で、個人サイト「摂津名所図会に、「従三位藤原朝臣貝川長乗、大職冠鎌足公十八世之孫貝川乗政三男、善騎射、任検非違使兼佐渡守、年六月二十四日卒、墓在摂津国能勢郡木代村」とある(「大阪府全志」の中の「本朝人物篇」(引用?))。]

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