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2018/06/04

諸國里人談卷之一 高野山ニ禁ㇾ笛

 

    ○高野山禁ㇾ笛(ふへをいむこと)

太閤秀吉公、高野山に參詣あり。しばらく逗留の折から、觀世太夫(かんぜたゆう)を供(ぐ)せられしが、つれづれの慰(なぐさみ)、または、一山(いつさん)の衆徒(しゆと)にも見せんとて、能を興行ありける時、僧侶、申けるは、

「御能はさる事なれども、當山は開山大師の制法にて、笛の音(ね)を禁(いまし)む也。」

秀吉公、

「ふしぎの事をきくものかな。さまざま調(しらべ)の中に、笛にかぎりて制する事、いかん。」

「さん候。其、謂(いはれ)あり。蛇柳(じややなぎ)のあなたに、空劫(くうこう)以前より、大虵(たいじや)、すめり。大師、かれに向ひ、

『我、此山を佛法の灵地(れいち)となさん。汝、茲(こゝ)にありては、凡人(ぼんじん)の恐れあり。急ぎ所をかゆべし。』

となり。大龍(だいりう)曰、

『此山に住所(すむところ)、星霜無量なり。なんぞ此所(ここ)を去らんや。』

于ㇾ時(ときに)、大師、祕法を以〔もつて〕、龍の鱗の間に毒虫を生じさせて、躰(たい)をやぶらしむ。

大龍、これをかなしみ、降(こう)して、

『地を去らん。』

となれば、毒虫、忽(たちまち)に滅せり。

それより半里がほど後(うしろ)の山中(さんちう)に竄(かくる)。

笛は龍(りやう)の吟ずる聲なれば、をのれが友と心得、はたして、大龍、うごき出〔いづ〕るにより、その音を禁むるなり。」

太閤、かさねて、

「よし。笛はなくとも、くるしからじ。」

と、能をはじめ、三番過(すぎ)て、仰(おゝせ)あるは、

「山法(さんはう)にまかせ、三番は愼みぬ。これより、笛を大師に詫ぶべし。」

とて、吹(ふか)せけるに、晴天、俄に曇り、黑雲(くろくも)、地に覆ひ、大風(たいふう)、古木(こぼく)を折り、大雨、軒を崩し、雷(いかづち)、八方に滿(みち)て、山谷(さんこく)、鳴動せり。

さしもの太閤、居とゞまらず、二十町あまり、ふもと、櫻本(さくらもと)といふまで、立退(たちの)き、賤(しづ)が家(や)に入〔いり〕て、鎭(しづま)るを待(まち)給ふに、二時〔ふたとき〕ばかりありて、やうやうと晴〔はれ〕ける、となり。

それより太閤、大師の制法をいよいよ、信じ給ふとなり。

[やぶちゃん注:珍しい会話形式であるので、特異的に改行を施して読み易くした。文頭の一字下げが本書にはないので、改行だけに留めた。

「觀世太夫」不詳。左近(与三郎)身愛(黒雪)か(永禄九(一五六六)年〜寛永三(一六二六)年)。家康に仕えて四座の地位を占めた人物。但し、豊臣秀吉は金春流を愛好し、観世流は重用されなかった。

「蛇柳(じややなぎ)」高野山で破戒僧を処刑する場所の一つで、最も重い死罪、石子詰(いしこづめ)、生き埋めの刑が執行された所とされる。位置は個人ブログ「クワウグワ記」の蛇柳供養塔(高野山・奥の院)及び個人ブログ「高野山への道」の「出る」所(蛇柳 #01を参照されたい。

「空劫(くうこう)」世界が全く壊滅して、次にまた、新たに生成の時が始まるまでの長い空無の期間。四劫 (しこう) の第四。四劫とは、成劫(じょうごう:山河・大地・草木などの自然界と生き物とが成立する期間。・住劫(自然界と生き物とが安穏に持続していく期間)・壊劫(えこう:まず生き物が破壊消滅していき,次に自然界が破壊されていく期間)・空劫を指す。

「灵地」「靈地」。

「凡人(ぼんじん)」人々。

「かゆ」「替ゆ」。

「降(こう)して」降参して。

「笛は龍の吟ずる聲」雅楽で使う管楽器としての笛は龍笛(りゅうてき)と呼ぶ。

「これより笛を大師に詫ぶべし。」よく判らぬが、この「詫ぶ」は自動詞を他動詞的に用いたもので、「静かな境地を楽しませる・閑寂な情趣を感じとらせる」の謂いで、「これから後は、一つ、笛を以って弘法大師さまに静謐なる情趣の音(ね)を味わって戴こうか。」と謂った意味か。

「二十町」約ニキロ百八十二メートル。

「ふもと」高野山の麓。

「櫻本(さくらもと)」不詳。奈良県吉野郡吉野町にある大峯山寺の護持院一つである桜本坊を思い出したが(ここは文禄三(一五九四)年に行われた豊臣秀吉の花見の際に関白秀次の宿舎となった)、これは高野山から三十キロ以上も離れており、明治初年の神仏分離の際に「桜本坊」と改称されたので、この時代は金峯山寺の蔵王堂の前にあった「密乗院」だから、違う。私は高野山に行ったことがない。識者の御教授を乞う。

「二時」四時間。]

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