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2018/07/29

進化論講話 丘淺次郎 第十九章 自然に於ける人類の位置(四) 五 人は猿類に屬すること

 

     五 人は猿類に屬すること

 

 人間は獸類中の有胎盤類に屬することは前にも述べたが、胎盤の形にも種々あつて、人間・猿類などのは蓮の葉の如き圓盤狀であるが、牛・馬では胎盤は帶狀をなして胎兒を取り卷いて居る。また牛・馬の類では胎兒を包む膜と母の子官の壁との結び付き具合が簡單であるから、子官の内面の一部が胎盤の方へ著いて、一緒に出て來ることはない。さて人間は有胎盤類の中で、何の部に屬するかといふに、無論猿類である。猿類の特徴は、齒は門齒・犬齒・臼齒ともに具はつてあること、四肢ともに五本の指を有して、指の先端には扁平なる爪のあること、眼球のある處と顳顬筋[やぶちゃん注:「こめかみすぢ」。]のある處との間には、完全な骨の壁があつて、少しも連絡なきこと、眼は前面へ向ふこと、乳房は胸に一對よりないこと、胎盤の圓盤狀であることなどであるが、この中で人間に適せぬものは一もない。次に人間は猿類中の如何なる組に屬するかといふに、猿類には三つの亞目があつて、第一は左右の鼻の孔の間の距離が少く、上下兩顎ともに門齒が四本、犬齒が二本、臼齒が十本ある狹鼻類、第二は左右の鼻の孔が遠く相隔たつて各側面へ向いて居て、上下兩顎ともに門齒四本、犬齒二本と臼齒十二本とを有する扁鼻類、第三は四肢とも猫の如くに曲つた爪を具へた熊猿[やぶちゃん注:「くまさる」。]類であるが、人間は明に第一の狹鼻類に屬する。狹鼻類は猩々・日本猿を始め總べて東半球に産する猿類を含むもので、扁鼻類と熊猿類とは全く南アメリカの産ばかりであるが、その間には著しい相違がある。齒の形・數・列び方などは、獸類を分類する場合には最も大切なものであるが、人間はこの點に於て猩々・日本猿などと一致し、扁鼻類・熊猿類とは明に異なつて居るから、人間と猿類とを合せて置いて、之を分類するには先づ猩猩・日本猿・人間など一組として一亞目とし、他の亞目と區別せねばならぬ。またこの狹鼻類に屬する猿類と人間とだけを竝べて置いて、更に之を分類すれば、尾もなく、頰の囊もなく、尻胝(しりだこ)もない人猿類と、これらを有する尾長猿類[やぶちゃん注:オナガザル上科 Cercopithecoidea のオナガザル類。旧世界猿の主群。]との二部になるが、日本猿・尾長猿・狒々[やぶちゃん注:「ひひ」。霊長目直鼻猿亜目高等猿下目狭鼻小目オナガザル科オナガザル亜科ヒヒ属 Papio。]の如きは後者に屬し、猩々[やぶちゃん注:「しやうじやう(しょうじょう)」。霊長目ヒト科オランウータン属 Pongo。]・黑猩々[やぶちゃん注:「くろしやうじやう」。ヒト科チンパンジー属チンパンジーPan troglodytes]・人間などだけが前者の中に含まれることになる。されば生物學上から論ずれば、猩々と人間との相違は、猩々と日本猿または猩々との間の相違に比すれば遙に少く、日本猿と人間との間の相違は日本猿とアメリカ猿[やぶちゃん注:丘先生の言う南アメリカ産の「扁鼻類」「熊猿類」。後注参照。]との間の相違に比すれば、尚著しく少い。文明國の高等な人間と猩々と猿とを比べて見ると、ここに述べたことは眞でないやうな感じも起るが、身體の構造からいへば、全くこの通りで、若し最下等の野蠻人を人間の模範に取つたならば、この事は初めから疑も起らぬ。南洋の野蠻國に傳道に行つた宣教師の書いたものにも、文明人とそこの土人と猿とを竝べて分類する場合には、土人と猿とを一組とし、文明人を別に離さざるを得ぬなどと載せてあるが、かやうな野蠻人から最高の文明人までの間には、無數の階段があつて、何處にも判然たる境はないから、人間全體に就いて述べるときには、文明人のみを例に取ることは出來ぬ。

[やぶちゃん注:本章には実は「黑人と猩々」とキャプションした、左右二人の黒人の少年の間にオランウータンのいる絵が載るが、私にはこれは非常に厭な挿絵であり(講談社学術文庫にも載るが、今まで幾つもの挿絵を割愛してきた同書が、何故、これを入れたのか甚だ不審である)、ここは特異的に挿絵を載せないこととする。丘先生の意図は見た目の類似性を以って文明人を区別して認識する誤りを寧ろ示唆するものなのであろうが、これでは挿絵だけが独り歩きをして差別的印象を与えるからである)。その代り、底本の国立国会図書館デジタルコレクションのその挿絵のある当該ページの画像をリンクさせておくに留める。

「人間は猿類中の如何なる組に屬するかといふに、猿類には三つの亞目があつて、第一は左右の鼻の孔の間の距離が少く、上下兩顎ともに門齒が四本、犬齒が二本、臼齒が十本ある狹鼻類、第二は左右の鼻の孔が遠く相隔たつて各〻側面へ向いて居て、上下兩顎ともに門齒四本、犬齒二本と臼齒十二本とを有する扁鼻類、第三は四肢とも猫の如くに曲つた爪を具へた熊猿類である」現行ではヒトは、

真核生物ドメイン Eukaryota 動物界 Animalia真正後生動物亜界 Eumetazoa 新口動物上門 Deuterostomia 脊索動物門 Chordata 脊椎動物亜門 Vertebrata 四肢動物上綱 Tetrapoda 哺乳綱 Mammalia 真獣下綱 Eutheria 真主齧上目 Euarchontoglires 真主獣大目 Euarchonta 霊長目 Primate 直鼻猿亜目 Haplorrhini 狭鼻下目 Catarrhini ヒト上科 Hominoidea ヒト科 Hominidae ヒト亜科 Homininae ヒト族 Hominini ヒト亜族 Hominina ヒト属 Homo ヒト Homo sapiens Linnaeus, 1758

分類学上の位置である。丘先生は「猿類」を、狹鼻類・扁鼻類・熊猿類に分けておられるが、これらの内の「扁鼻類」「熊猿類」というのは、現在では全く使われていない分類系用語である。「扁鼻類」は現在の広鼻小目 Platyrrhini でよかろうが、「熊猿類」は困った。しかし、「四肢とも猫の如くに曲つた爪を具へた」とあるところから、これは現在の哺乳綱異節上目有毛目ナマケモノ亜目 Folivora ナマケモノ類のことではないだろうか? この時代、怠け者がサルの仲間と思われていた(思われてもやや納得は出来るし、実際にサルの仲間だと思っている人も優位にいるようだ)のだろうかという不審が起こるが、そうでもしないと、ここでの疑問を解消出来ないのである。なお、ウィキの「サルによれば、『以前は主に脳が小型で嗅覚が発達し鼻面の長いキツネザル類・ロリス類・メガネザル類を原猿亜目Prosimii、それ以外の主に脳が大型で視覚が発達し』、『鼻面の短い分類群を真猿亜目Anthropoideaとしてまとめていた』が、『研究の進展により、メガネザルがいわゆる原猿類の他のグループよりも真猿類により近いことが判明した。このことから、現在ではキツネザル類・ロリス類をまとめて「曲鼻猿類(曲鼻猿亜目、曲鼻類、曲鼻亜目)」、メガネザル類を含むその他の霊長類を「直鼻猿類(直鼻猿亜目、直鼻類、直鼻亜目)」と呼び、正式な分類体系では、「原猿類」という名称は用いなくなっている』とある。]

 

 生物界現象の一大歸納的結論である進化論を、人間に當て嵌めて演繹的に論ずれば、人間と猩々とが共同の先祖から二つに分かれたのは、人猿類が尾長猿類から分離したときよりは遙かに後のことで、人猿類と尾長猿類とが分かれたのは、狹鼻類が扁鼻類と相分かれたときよりは、また餘程後のことであると考へねばならぬ。この進化の往路を時の順序に從つていひ換へれば、昔獸類の總先祖が陸上に蔓延り、この子孫が漸々幾組にも分れ、その中の一組は四肢ともに物を握る性を得て森林等の中に住み、果實・小鳥などを食つて生活し、子孫が益緊殖して各地に擴がり、後[やぶちゃん注:「のち」。]交通の路が絶えたためにアメリカに住するものは扁鼻類・熊猿類、東半球に住するものは狹鼻類となつて、三亞目に分れ、東半球に住するものはまた住處・習性等の相違によつて、漸々人猿類と尾長猿類とに分れ、人猿類の先祖から降つた子孫の中、一部は森林の中に住し、前後の肢を以て枝を握つて運動し、終に猩々・黑握々の類として今日まで生存し、他の一部は平原の方へ出で、後足だけで直立して走り廻り、前足は運動には用ゐず、他の働きに用ゐ、前後の足の間に分業が行はれた結果、後足は益走行に適するやうになり、前足は益他の精密な仕事に適するやうになり、そのため經驗も增し、且前から多少あつた言語の基が盛に發達して、眞の言語となり、終に人間となつて、今日地球上到る處に棲息して居るのであらう。

[やぶちゃん注:「人間と猩々とが共同の先祖から二つに分かれたのは、人猿類が尾長猿類から分離したときよりは遙かに後のことで、人猿類と尾長猿類とが分かれたのは、狹鼻類が扁鼻類と相分かれたときよりは、また餘程後のことである」ヒト亜科とオランウータン亜科(「猩々」)の分岐は約千四百万年前と推定されており、狭鼻下目であるそのヒト上科がオナガザル上科から分岐したのは、二千八百万年から二千四百万年前頃、さらにその前段の霊長類真猿下目の狭鼻下目(旧世界ザル)と広鼻下目(新世界ザル)とが分岐したのは三千~四千万年前と言われている。また、ウィキの「ホモサピエンスによれば、『人類が共通の祖先を持つとする仮説は』一八七一年に『チャールズ・ダーウィンが著した』The Descent of Man, and Selection in Relation to Sex(「人間の由来と性に関連した選択」)の『中で発表された。この説は』、『古い標本に基づいた自然人類学上の証拠と』、『近年のミトコンドリアDNAの研究の進展により』、一九八〇年代『以降に立証された。遺伝的な証拠や化石の証拠によると、非現生人類のホモ・サピエンスは』二十万年前から十万年前に『かけて』、『おもにアフリカで現生人類へ進化したのち』、六『万年前にアフリカを離れ』、『長い歳月を経て』、『世界各地へ広がり、先住のネアンデルタール人やホモ・エレクトスなどの初期人類集団との交代劇を繰り広げた』とある。]

 

 されば、現今生きて居る一種の猿が進化して人間になつたのでは無論ないが、人間と猿とが共同の先祖から分れ降つたといふことは、最早今日は學問上既に確定した事實と見倣して宜しい。而して猿類の中でも猩々・黑猩々などとは比較的近い頃になつて漸く分かれたことも確である。これらのことに就いては、解剖學・發生學・生理學上の證據の外に、尚後に述べるやうな爭はれぬ證據もあつて、如何に疑はうと思つても、理窟上からは到底疑ふことは出來ぬ。

[やぶちゃん注:ヒト族からチンパンジー亜族(「黑猩々」)とヒト亜族とが分岐したのは約七百万年前と推定されている。]

 

 人間は猿類の一種であつて、他の猿等と共同な先祖から降つたといふ考が初めて發表せられたときには、世聞から非常な攻擊を被つた。今日ではこの事は最早確定した事實であるが、尚之を疑つて攻擊する人々が決して少くない。倂しかやうに攻擊の劇しい理由を探ると、決して理會力から起るのではなく、皆感情に基づくやうである。獸類は自分と甚だ似たものであるに拘らず、特に畜生と名づけて常に之を卑み、他人に向つて、獸とか犬・猫とか畜生とかいふのは非常な惡口であると心得て居る所へ、人間は猿類と共同な先祖から降つたといひ聞かされたのであるから、自分の價値を甚だしく下げられた如くに感じ、折角、今まで萬物の靈であつたのを、急に畜生と同等な段まで引き落さうとは、實にけしからぬ説であるとの情[やぶちゃん注:「じやう」。]が基礎となつて、種々の方面から攻擊が起つたのに過ぎぬ。我が先祖は藤原の朝臣某であるとか、我が兄の妻は從何位侯爵某の落胤であるとかいうて、自慢したいのが普通の人情であることを思へば、先祖は獸類で、親類は猿であると聞いて、喜ばぬのも無理ではないが、善く考へて見るに、下等の獸類から起りながら、今日の文明開化の度までに進んだと思へば、尚この後も益進步すべき望があるから、極めて嬉しく感ずべき筈である。若し之に反して完全無缺の神とでもいふべきものから降つた人間が、新聞紙の三面記事に每目無限の材料を供給するやうになつたと考へたならば、この先何處まで墮落するか解らぬとの感じが起つて、甚だ心細くなるわけである。それ故、聊でも理窟を考へる人であれば、感情の點からいふても進化論を嫌ふべき理由は少しもない。

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