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2018/07/11

諸國里人談卷之三 入方火

 

    ○入方火(いりかたのひ)

越後國蒲原郡(かんばらこほり)入方村、庄右衞門と云〔いふ〕村長(むらおさ)の居宅(きよたく)の庭に、火の燃出(もへ〔いづ〕[やぶちゃん注:ママ])る穴あり。常は石臼を以〔もつて〕、蓋(ふた)とす。其臼の穴より、炬松(たいまつ)のごとく、嚇々(かくかく)として、家内(かない)を光(てら)し、燈火(よゐのひ[やぶちゃん注:ママ。])に十倍す。夜(よる)は、近隣の家々に大竹を以〔もつて〕筧(かけひ)とし、あなた此方(こなた)へわたし、此火をとり、夜(よる)の營(いとなみ)のあかしとする也。陰火なれば、これがために物を燒(やか)ず。希代(きだい)の重宝なり。寒火(かんくわ)といふは、是なり。

[やぶちゃん注:挿絵有り(リンク先は早稲田大学図書館古典総合データベースの①の画像)。この話は私の橘崑崙の「北越奇談 巻之二 古の七奇」(文化九(一八一二)年刊。本書(寛保三(一七四三)年刊)の六十九年後)の「火井(くはせい)」で詳細に語られてある(しょぼくらしい本挿絵より遙かに勝れた葛飾北斎の絵もある)ので参照されたい。言わずもがなであるが、これは無論、天然ガスである。石油が地熱で温められて気化し、概ね、地層が地上に向かって山型に曲がった部分に溜まったもので、成分の殆んどはメタン(CH4)で、有害な一酸化炭素は含まれていない。空気より軽いため、家屋内では高い所(天井)に貯留する。この話は例えば、寺島良安の「和漢三才図会」の巻第五十八の「火類」の「寒火(かんくは)」にも載る。同項目は冒頭にまさにこの次の次の「寒火」に引く明の李時珍の「本草綱目」を引用しており、私は多分に沾涼は「和漢三才図会」(正徳二(一七一二)年頃刊)を参照したのではないかと考えている。以下にここに関わる当該部を示す。

   *

越後蒲原郡入方村寛文年中初出寒火有村長名莊右衞門構宅圍之用一磨蓋火光出於磨孔而嘗不假燈油隣家亦用筧取光橫斜數條任意其竹木紙帛觸之而不焚也晝則覆石塞孔於今無斷絶所謂火山軍寒火之類而實是陰火也

○やぶちゃんの書き下し文

越後の蒲原(かんばら)郡入方村に、寛文年中[やぶちゃん注:一六六一年~一六七三年]、初めて寒火を出(いだ)す。村長有り、莊右衞門と名づく。宅を構へて之れを圍み、一磨(うす)を用ひて火を蓋(おほ)ふ。光、磨(うす)の孔より出でて、嘗(かつ)て燈油を假(か)らず[やぶちゃん注:用いない。]。隣家にも亦、筧(かけひ)を用ひて光を取りて、橫斜[やぶちゃん注:傾斜をつけて横に配することであろう。]數條、意に任す[やぶちゃん注:ガスの分配使用を許可したのである。]。其れ、竹木・紙・帛(はく[やぶちゃん注:布。])、之れに觸れて焚(やか)ず。晝(ひる)、則(すなはち)、石を覆ひて孔を塞ぐ。今に於いて斷絶無し。所謂(いはゆ)る「火山軍の寒火」の類ひにして、實(げ)に是れ、「陰火」なり。

   *

「火山軍」山西省河曲県とその東北に接する偏関県一帯の旧称(ここ(グーグル・マップ・データ))。「本草綱目」に出る。本「諸國里人談卷之三」最終条の「寒火」を参照。

なお、沾涼の本記載に遅れること五十二年後の天明六(一七八六)年刊の橘南谿著「東遊記」(但し、こちらは実見旅行記)にも出、そこでははっきり「如法寺村」「百姓庄右衞門」とある。この話は鈴木牧之著「北越雪譜」の「三之卷」の「地獄谷の火」の冒頭に記されおり(同巻は天保一二(一八四一)年刊)にも載る(そこでは「莊衞右ヱ門」)、牧之の執筆時に現役であったとすれば、ガス発見の寛文年中から実に百八十年もの間、噴出し続けていたことになる

「越後國蒲原郡(かんばらこほり)入方村」現在の新潟県三条市如法寺(にょほうじ)。ここ(グーグル・マップ・データ)。沾涼は「いりかた」とルビするが、これは実は前に掲げた「北越奇談」で判る通り、これで実は「入方村(によほうじむら)」と読む。寺社名の神聖を憚って漢字表記を変えるのは民俗社会では普通に行われる。

「陰火なれば、これがために物を燒(やか)ず。希代(きだい)の重宝なり。寒火(かんくわ)といふは、是なり」完全に誤り。ちゃんと焼けちゃいますよ、沾涼はん!]

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