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2018/07/21

諸國里人談卷之四 十六桜

 

    ○十六桜(いざよひざくら)

伊与國和氣(わけ)山越村(〔やま〕こし〔むら〕)了恩寺の林の中に一木のさくらあり。毎年正月十六日に、花、咲(さく)。よつて此名あり。むかし、當寺の住僧、実(み)より此櫻をうへて[やぶちゃん注:ママ。]、「我子桜(わがこざくら)」と寵愛せり。老衰に及(およん)で病(やまひ)に臥す。「ことし、此はなを見るまでは、存命(ながらふ)べからず」と、木にむかひて餘浪(なごり)をおしみければ、その翌(あくるひ)、花、咲亂(さきみだ)れたり。これ、正月十六日也。それよりして、此日、花咲(さく)と也。

[やぶちゃん注:この「十六桜」、小泉八雲(当時はまだLafcadio Hearn)の「怪談」(KWAIDAN Stories and Studies of Strange Things)に「十六櫻(じゅうろくざくら)」(JIU-ROKU-ZAKURA:標題添え句「Uso no yona,—Jiu-roku-zakura Saki ni keri!」(「/」は改行)で「噓のような十六櫻咲きにけり」)として載り(題名及び以下の引用は国立国会図書館デジタルコレクションの昭和二五(一九五〇)年小峰書店刊の山宮允訳「耳なし芳一」のここを用いた)、その冒頭も『伊豫國和気[やぶちゃん注:ママ。]郡に「十六桜(ざくら)」という、たいへん有名なさくらの古木があります。十六櫻というわけは、每年正月十六日――それもその日にだけ――花が咲くからです。それで――さくらは春の時候になるのを待って。花が咲き出すならわしですが――この木が花を持つのは大寒の季節なのです。しかし十六櫻は、その木のもっていない――さもなければ、少なくとも本来その木のもっていなかった――生命(いのち)によって花を咲かせるのです。その木の中にはひとりの男の、魂魄(たましい)が宿っているのです。』という序で始まるので、本条とロケーションが完全に一致する(但し、展開は小泉八雲によって豊かに膨らませてあるのであって、最後に主人公(老武士)は桜に寿命を与えるために切腹するのである!)全話は小林幸治訳のサイト「怪談 妖しい物の話と研究」(原文も有る、素敵なサイト)こちらを読まれたいが、なお、小泉八雲のこの話は講談社学術文庫版小泉八雲(平川祐弘編)「怪談・奇談」の「解説」によれば、「文藝倶楽部」(表記ママ)第七巻第三号(明治三四(一九〇一)年二月発行)の「諸国奇談」六篇の一つである淡水生なる作者の「十六櫻 愛媛」を原拠としているとするのであるが、そのロケーションは伊予国温泉郡(おんせんごほり)山越村竜穏寺(りゅうおんじ)(同書「原拠」を参考とした)となっていて、「和気」ではない(八雲は寺名を記していない)。布村弘氏の「解説」では『地名を「伊予の国和気郡」としたのは、』「怪談」の前話である『「乳母桜」で、同じ伊予の温泉郡とあったことからの反復を避けるためだろう』としておられるが、それはおかしい。小泉八雲は本「諸國里人談」或いは類伝記載を見たからこそ、「Wakégōri」としたのである。以下の注も参照されたい。

「伊与國和氣(わけ)山越(こし)村了恩寺」「和氣」は旧郡名で「わけ」と読む。現在の愛媛県松山市山越はここ(グーグル・マップ・データ)であるが、「了恩寺」という寺は周辺にも見当たらない。廃寺となったか。因みに、「データベース『えひめの記憶』|生涯学習情報提供システム」のこちらの「名木伝説」は、本条の話を枕に、本書より後の「翁草」(神沢杜口貞幹著になる随筆。全二百巻。寛政三(一七九一)年成立)の「四」の「巻三十九」に「伊予国の十六日桜の事」として同様のことが記載されているとあった。同箇所を国立国会図書館デジタルコレクションの画像(ここ)から起こす。

   *

     伊豫國の十六櫻の事

伊豫國和氣山越了恩寺の林中に一本の櫻あり。正月十六日に花咲くなり。故に十六櫻といへりと。

   *

しかし、これはどうも本「諸國里人談」の本条の受け売りとしか見えず、他の追加情報もない。因みに上記リンク先では、その後に橘南谿の紀行「西遊記」(寛政七年から同十年にかけて刊行)の続編巻一の「扶桑木」の条を紹介し(同書は私も所持しているので改めて確認した)、そこに出る「伊与の国の沙門明月」(南谿に黒檀に木理(きめ)があるような扶桑木の木片というものを見せて呉れた僧)というのは『松山の円光寺(現松山市湊町四丁目)の住職』であるとしている。しかし、これは「扶桑木」の話であって桜ではなく、場所的にも寺蹟を調べても、この円光寺が了恩寺であるわけでもないようだ。翻って、先の講談社学術文庫版が原拠とする「文藝倶楽部」に出る「竜穏寺(りゅうおんじ)」はどうかというと、これは「龍穏寺(りょうおんじ)」として現在の山越地区の東隣りの松山市御幸あることが判った。(サイト「葬儀本com.」の「龍穏寺」のページだが、宗派等の詳細はない。単立寺院である)。位置的は問題ないと思われ、しかも「龍穩寺(りようおんじ)」は「了恩寺(りようおんじ)」と同音であるから、ここで間違いないであろう。この検証だけで一時間もかかってしまったが、最後にかなりすっきりした。]

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