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2018/07/16

進化論講話 丘淺次郎 第十七章 變異性の研究(三) 三 注射による變異

 

     三 注射による變異

 

[やぶちゃん注:この「三 注射による變異」というおどろおどろしい題名の条は、少なくとも、国立国会図書館デジタルコレクションの「進化論講話」の六種の版(国立国会図書館デジタルコレクションの「進化論講話」検索結果)の中で、底本とした東京開成館から大正一四(一九二五)年九月に刊行された『新補改版』(正確には第十三版)にのみ独立項として存在し、それ以前の諸版には影も形もないから、本第十三版(個人サイト「科学図書館」にある第十二版(PDF)にも存在しない)で新たに起されて挿入されたものであることが判る。所持する講談社文庫版は底本書誌を明記しないが、「はしがき」が大正三(一九一四)年十月をクレジットするので、同大正三年十一月開成館発行の修正十一版 進化論講話」(リンク先は国立国会図書館デジタルコレクションの同書)を底本としていることが判るが、そこには当然の如く、この条はまるまる存在しない。縦覧してみると、明治四二(一九〇九)年刊の(開成館新世紀叢書)の「第十五章 外界より動植物に及ぼす直接の影響」の中の「四 其結果の遺傳すること」の一節(国立国会図書館デジタルコレクションの当該書の当該ページ)に、

   *

又之少し種類の違ふ例は、アブリン・リチンなどといふ劇しい毒藥を普通の鼠に食はせれば、直に死んで仕舞ふが、エーリッヒといふ醫學者の實驗によれば、始め極少量を與へて、漸々其量を增して行くと、終には此毒に感ぜぬ性質が生じ、其所謂免疫性が子に傳はるとのことである。

   *

(「アブリン」abrinC12H14N2O2。毒性タンパク質(有毒アルブミン)で経口致死量は三マイクログラムとされる。「リチン」トウゴマ(ヒマ)の種子から抽出される強毒性タンパク質リシン(Ricin)のことであろう。「エーリッヒ」可能性としてはドイツの細菌学者・生化学者で血液学・免疫学・化学療法の基礎を築いたパウル・エールリヒ(Paul Ehrlich 一八五四年~一九一五年)が挙げられる)とあるのが、唯一、親和性のある話題叙述(免疫系の毒物馴化とその耐性性の遺伝)となっているばかりである。種々の事実から考えると、私はこの第十三版以降には本書の大きな改版はなされていないのではないかとも思われる。後に出た昭和四三(一九六八)年有精堂刊の「丘浅次郎著作集」(全五巻)でどの版が選ばれたか、通常なら最終版のはずだが(やや疑問もある)、であれば、「丘浅次郎著作集」の「進化論講話」には本条があるはずである。いつか図書館で確認してみたい。ともかくも、この条は特異点で、丘淺次郎「進化論講話」あることは疑いない。以下、お読みになれば判る通り、人工的な実験によって異物を注入することによって、現在で言う抗原抗体反応を惹起させ、そこから得た抗原抗体反応を持った血清を妊娠中のに与えると、奇形児が生まれるという、当時としてはショッキングな内容である。これは初学者向けの内容としては、かなりエグい内容ではあるにしても、しかし、カットされる(第十三版以降があったとして、カットされていないのかも知れぬ)決定打とは私には思われない。これは抗原抗体反応と免疫系の機序の初期研究には不可欠だったと私は思うからである(以下の実験は血清内の特定の成分物質が催奇形を促し、それが遺伝するとする内容である)。私は寧ろ、私がオリジナルに現代文の授業で行った、クローン羊ドリーのおぞましさ(実験内容というよりも巨乳女優からの命名のそれ)や、ヌード・マウスの背中にヒトの耳を発生させて悦に入っている現代の生物学者の方が、遙かにマッドでオゾマシいと考える人間である。

 

 食物や溫度の變化によつて、動物の身體に一定の變異が現れる通りに、人工的に藥物を注射することによつても變異を生ぜしめることが出來る。之に就いて最近アメリカガイヤーの行つた甚だ面白い實驗がある。總べて動物の身體には外から入り來つた有害物に對して身を護るための不思議な力があつて、そのために常に害を免れて居る。例へば、少量の毒が入つて來ると血液の中に抗毒素と名づける物質が生じて、その毒の働に反抗して之を打ち消してしまふ。病原バクテリヤなどが入り込んだ場合にも之と同樣で、血液中に種々の成分が生じて、或はバクテリヤの繁殖を止め、或はその生じた毒素を中和し、或は白血球をしてバクテリヤを容易に喰はしめなどして、その害を受けずに濟むことが多い。今日傅染病の治療や豫防に用ゐる血淸やワクチンは皆この理を應用したものに過ぎぬ。ガイヤーの行つた實驗も同じく、この理窟に基づいたもので、その大略を述べれば次の如くである。

[やぶちゃん注:「ガイヤー」不詳。識者の御教授を乞う。

「バクテリヤ」バクテリア=真正細菌=細菌(ラテン語:bacterium/複数形:bacteria)は「sn-グリセロール3-リン酸の脂肪酸エステルより構成される細胞膜を持つ原核生物」と定義される。「古細菌」ドメイン及び「真核生物」ドメインとともに全生物界を三分する。参照したウィキの「真正細菌によれば、『真核生物と比較した場合、構造は非常に単純である。しかしながら、はるかに多様な代謝系や栄養要求性を示し、生息環境も生物圏と考えられる全ての環境に広がっている。その生物量は膨大である。腸内細菌や発酵細菌、あるいは病原細菌として人との関わりも深い。語源はギリシャ語の「小さな杖」』『に由来』する。]

 

 先づ或る動物、例へば鷄の眼球を取り出し、その内の水晶體だけを磨り潰してどろどろの液體とする。水晶體といふのは眼球の内にあつて、強く光線を屈折する小さな玉である。生(なま)のときは勿論無色透明であるが、煮れば白色不透明となる。煮肴の眼球を箸でつゝくと、白い球形の玉が出て来るが、それは魚の眼の内の水晶體である。水晶體が曇れば白内障と名づける盲目になる。かやうに大切な器官であるが、之を磨り潰したものを兎の體内に注射すると、兎の血液の中に一種の成分が生じて、水晶體なるものに反抗する性質を帶びて来る。この性質は、かやうな兎の血液から製した血淸の中に當然移つて行く。さて、この血清を更に兎に注射して見るに生長し終つた兎であれば、そのために何の變化ち起らぬが、妊娠中の牝兎に注射すると胎内の子兎の發育が、その影響を蒙つて、眼球が完全に出來上らず、或は水晶體がなかつたり、または眼球全體が甚だ小さかつたりなどして恰も盲目のものが出來る。ガイヤーは、この實驗を多數の兎に施して見たが、たゞ眼球の發生の不完全である程度に種々の差がゐつただけで、いつも略同樣の結果を得た。これから推して考へると母の身體に外界から何らかの物質が入り來ると、胎内の子が、その影響を蒙つて定規の發生を遂げず、普通とは異なつた形に出來上つて生れ出るといふことは、他の場合にも往々あり得べきことと考へられる。

 以上の如き變化は、子兎が生れる前に起つたものではあるが、哺乳類の胎兒は腹の内に居る間も已に一疋の動物であつて、たゞそこに場處を借りて居るだけ故、決して、先天的の變化ではない。動物の一生涯は卵から始まるから、若しも卵のときから已に、發生後或る變化を現すべき性質を持つて居たのならば、これは眞に先天的の變化であるが、妊娠の途中に起つた事件のために、胎内の子に變化が生じた場合には、之は勿論子の一生涯の間に新に獲た性質といはねばならぬ。なぜといふに、母の胎内に留まつて居る期間も實は子の一生涯の中に含まれて居るからである。

 こゝに面白いことは、かやうな變化が更に子に遺傳することでゐる。ガイヤーは以上の實驗によつて得た眼球の不完全な子兎を飼つて置いて、生長させ繁殖させた所が、このたびは別に母親に注射などをせずとも、先天的に眼球の不完全な子兎が生れた。この實驗は近年行はれた遺傳に關する種々の實驗の中でも理論上最も重大な價値を有するものと思はれるから、特にこゝに書き加へて置く次第である。

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