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2018/08/02

譚海 卷之三 (同御所作同御近侍)(その二)

 

(同御所作同御近侍)

○節會(せちゑ)の日、凡人(ぼんじん)禁中縱觀(しようくわん)をゆるさるゝ事、正月十七日・三月三日・盆業(ぼんげふ)の日、その外も有(あり)。其時に至尊を拜し奉る事有。廊より紫宸殿(ししんでん)へ渡御の時、女嬬(ぢよじゆ)前後に扈從(こじゆう)し、ひあふぎを開き連接して龍顏(りやうがん)を障翳(しやうえい)し奉る、一片の霞の如し、唯袞敞(こんしやう)以下を拜み奉る事也とぞ。正月十七日は、關東より舊年鷹野にて獲られし鶴を必ず獻ぜらるゝを料理有(ある)事也。殿前に舞樂を陳列し、其間殿上にて鶴を料理す、鶴の庖丁とて恆例の事也。上巳(じやうし)は鷄合(とりあはせ)、盆には燈籠を點ぜらる、皆諸人拜見を許さるゝ事とぞ。

[やぶちゃん注:本条は独立して「○」で始まっているが、目次には当該項がないので、前条を丸括弧附きで掲げておいた。

「縱觀」自由に見ること。無論、ある程度である。

「盆業」盂蘭盆の儀式。

「龍顏」天皇の顏(かんばせ)の尊称。

「障翳」遮り隠すこと。

「袞敞」(現代仮名遣「こんしょう」)よく判らぬ。袞衣(こんえ・こんい)ならば、唐風の天皇の礼服の一種で、孝明天皇までは即位の儀などに於いて冕冠(べんかん)とともに用いられた。「敞」は「高い・広い」の意であるが、尊敬、或いは「ゆったりとしているさま」の添え辞か。

「上巳」三月三日の桃の節句。

「鷄合」同日、宮中では雄鶏を闘わせる儀式が行われた。伝承では唐の玄宗が乙酉の年の生れであったことから闘鶏を好み、また闘鶏を行って後に間もなく位に就いたため、治鶏坊を建てて闘鶏を吉祥としたからという。本邦では「日本書紀」雄略紀に雄鶏を闘わせた記事が見えることから、中国文化伝来と共時的に奈良時代以前から行われていたことが知られるものの、遊戯として流行をみたのは平安以降であった。しかし、ある記載では、「上巳の祓禊(みそぎはらえ)」から派生した知られた風雅な「曲水の宴」などは実は室町以降は殆んど行なわれなくなり、専ら、この鶏合せが流行ったともある。]

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