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2018/08/14

和漢三才圖會第四十二 原禽類 錦雞(きんけい)

 

Kinkei

 

きんけい  鷩雉 金鷄

      山雞 采雞

 鵕䴊

錦雞

 

本綱【錦雞鷩雉】二物同類而稍有分別俗呼爲一矣

鷩雉狀如小雞其冠亦小背有黃赤文綠項紅腹紅嘴利

距而鬪以家雞鬪之卽可獲養之禳火災

錦雞狀小於鷩而背文揚赤膺前五色炫燿如孔雀羽其

文尤燦爛如錦故名【又名文】或云錦雞鷩雉之雄也亦通

[やぶちゃん注:」は取り敢えず東洋文庫版訳の漢字を当てたが、原典では明らかに違う。潰れてよく判らない箇所があるが、「鳥」の上に「車」+「余」(の字のように見える)か。なお、「本草綱目」の「鷩雉」(「錦雞」を別名で挙げる)には、この「又名文」という記載はなく、その後(次の次)にある「白鷴」という別項の鳥の記載の中で、『當作白如錦鷄謂之文也』とは出るから、東洋文庫がこの字を選んだ意図はよく判りはする

是一類不甚相遠也愛其羽毛照水卽舞目眩多死照鏡

亦然鸐雞愛尾餓死皆以文累其身者也

△按錦雞自異國來畜于樊中狀似雉而五色項白有黑

 細文冠亦白頰黃胸腹紅背緑翅黑腰帶細白毛尾長

 三尺黃黑紫斑下尾稍短純朱色觜淡紅脛灰黑利距

 善鬪價貴故畜之者少矣而未見鷩雉

柹雉 狀類錦雞而頭背尾紅如紅柹色帶黃有光彩是

 亦自中華來俗呼曰柹雉蓋此鷩雉乎

 

 

きんけい  鷩雉〔(へつち)〕 金鷄

      山雞 采雞

 鵕䴊〔(しゆんぎ)〕

錦雞

 

「本綱」、【錦雞・鷩雉】〔の〕二物、同類にして、稍〔(やや)〕分別有り〔といへども〕、俗、呼んで一〔(いつ)〕と爲す。

鷩雉は、狀、小雞〔(しやうけい)〕のごとく、其の冠〔(さか)〕も亦、小さく、背に、黃赤の文、有り。綠りの項〔(うなじ)〕、紅の腹、紅の嘴、利き距(けづめ)にして、鬪ふ。家雞(にはとり)を以つて之れに鬪はせて、卽ち、獲るべし。之れを養へば、火災を禳(はら)う[やぶちゃん注:ママ。]。

錦雞は、狀〔(かた)〕ち、鷩〔(へつ)〕より小にして、背の文、揚赤〔(ようせき)〕、膺(むね)の前、五色〔に〕炫-燿〔(ひかりかがや)き〕、孔雀の羽のごとし。其の文、尤も燦爛〔(さんらん)〕して錦のごとし。故に名づく【又、「文〔(ぶんかん)〕」と名づく。】。或いは云はく、『錦雞は乃〔(すなは)〕ち鷩雉の雄なり』〔と〕。亦、通〔(とほ)〕して、是れ、一類にして甚だ相ひ遠からざるなり。其の羽毛を愛し、水に照らして、卽ち、舞ふ。目-眩〔(めくるめ)〕きては、多く、死す。鏡を照しても、亦、然り。鸐雞の尾を愛して、餓死するも、皆、文〔(もん)〕を以つて其の身を累(わづら)はす者なり。

[やぶちゃん注:」は取り敢えず東洋文庫版訳の漢字を当てたが、原典では明らかに違う。潰れてよく判らない箇所があるが、「鳥」の上に「車」+「余」(の字のように見える)か。なお、「本草綱目」の「鷩雉」(「錦雞」を別名で挙げる)には、この「又名文」という記載はなく、その後(次の次)にある「白鷴」という別項の鳥の記載の中で、『當作白如錦鷄謂之文也』とは出るから、東洋文庫がこの字を選んだ意図はよく判りはする

△按ずるに、錦雞、異國より來りて樊(かご)の中に畜(か)ふ。狀、雉に似て、五色、項(うなじ)、白くして、黑く細〔(こま)〕かなる文、有り。冠〔(さか)〕も亦、白く、頰、黃。胸・腹、紅にて、背、緑。翅(〔つば〕さ)黑く、腰に細き白毛を帶す。尾、長きこと、三尺。黃・黑・紫の斑(まだら)。下の尾、稍や短く、純朱色。觜、淡紅。脛、灰黑。利き距(けづめ)、善く鬪ふ。價〔(あたひ)〕、貴し。故に之れを畜ふ者、少しなり。未だ鷩雉を見ず。

柹雉(かききじ) 狀、錦雞の類にして、頭・背・尾、紅にして紅柹色〔(べにがきいろ)〕のごとし。黃を帶びて、光彩、有り。是れ亦、中華より來りる。俗に呼んで「柹雉」と曰ふ。蓋し、此れ、「鷩雉」か。

[やぶちゃん注:キジ目キジ科 Chrysolophus 属キンケイ Chrysolophus pictus属名クリソロフスはギリシャ語で「金の羽冠」の意。私にとっては小学校時代の鳥小屋の定番記憶であった。ウィキの「キンケイ」によれば、『主に中国南西部からチベット、ミャンマー北部にかけて分布。標高』九百~千百メートルの『山地に棲息し、住環境としてササやシャクナゲの密生した藪のような場所を好む』。『全長はオスで』九十センチメートル前後、メスは五十~六十センチメートルほどで、『オスは赤と金属光沢のある黄色を基調とした派手な色彩をしている。網目模様が入った褐色の尾羽、毛髪状の金色の冠羽、襟首の日本兜のしころ状を呈する明るい黄色と黒の飾り羽が特徴。全身が明るい黄色を呈する飼養品種があり、俗に「黄金キンケイ」と呼ばれる。メスは他種のキジ類同様褐色に黒っぽい斑模様で比較的地味である』。『用心深く身を隠すのが巧いため、派手な色彩とは裏腹に、棲息地でも野外で見かけることは困難である。そのため、野生下での繁殖行動や食性については不明な点があるが、飼育が容易で』、『動物園や個人で飼育される機会が多く、ある程度のデータは判明している。発情期になると』、『オスは金属的な声をあげて他のオスを牽制し、同時にメスを呼ぶ。また、メスの前に立ったオスは尾羽を広げる、襟の飾り羽を広げるなどの求愛行動を示してメスの気を惹く。前述の通り飼育が容易であるため』、一七四〇年頃(本邦では元文五年相当)から『海外に愛玩目的で輸出されていた。原産地では古くから知られ、装飾品や絵画の題材にされていたが、西欧の学者間では』、『あまりにも豪奢な体色から実在が信じられず、長らく想像上の鳥と思われていた。なお、『山海経』の記述によると古代の中国では、この鳥類の羽毛を火伏せの護符として用いていたらしい』とある。しかし、このウィキの謂いはどうか? 本「和漢三才図会」は正徳二(一七一二)年の自序で、ウィキの言う元文五年よりも二十八年も前である。さすれば、実はキンケイは実際には一七一〇年前後には日本に移入されていたのではあるまいか?

「鷩雉〔(へつち)〕」「錦雞」は既に前項の「山雞(やまどり)」でも挙げられており、どうも「本草綱目」を書いている李時珍自身も明確に使い分けが出来ていない感じが濃厚に漂ってくる。当然、良安自身の記述や表記もそうした錯雑に呑まれがちになっているのであるが、「本草綱目」に載るある種の鳥が、本邦には棲息しない中国産のものであるということをちゃんと主張している点で(本件では正鵠を射ている)、私は彼を相応に評価したい。無批判にして安易に、大陸にしかいない種を、本邦産の別種や固有種に平気で同定している本草学の大家は、後々まで、ゴマンといるからである。

『「本綱」、【錦雞・鷩雉】〔の〕二物、同類にして、稍〔(やや)〕分別有り〔といへども〕、俗、呼んで一〔(いつ)〕と爲す』やはりここでも、同類ではあるが、種としては違う近縁種という時珍のニュアンスを私は強く受ける。

「小雞〔(しやうけい)〕」当初、「にはとり」と訓じようと思ったが、同一の文章内で「家雞(にはとり)」と訓じているからには、少なくとも良安は別なものとして扱っていると考え、前者を敢えて音読みとした。まあ、ヤケイ(野鶏)とそれが家畜化されたニワトリであるから、別に区別しなくてもいいようにも実は思うのだが。

「之れを養へば、火災を禳(はら)う」前のウィキの引用の最後を参照されたい。

「揚赤〔(ようせき)〕」赤い色が浮き揚がるようにくっきりとしていることを指す。

「膺(むね)」「胸」に同じい。

「文〔(ぶんかん)〕」もし、この「」は音は「翰」(カン)で、肥えた雉の謂いらしい。鮮やかでくっきりとした紋を持っているから、目立って肥えて見えるというのではなろうかなどと勝手に想像したりした。だったら、読みは「もんかん」の方がいい気がする。

「通〔(とほ)〕して」一般的総合的に比較観察するならば。

「一類にして甚だ相ひ遠からざるなり」この「甚だ~ざる」は明らかに「殆んど~ない」であるから、この見解を示す連中は、同種或いは亜種或いは個体変異に過ぎない(近縁種より近い意味)と考えていることが判る。

「其の羽毛を愛し、水に照らして、卽ち、舞ふ。目-眩〔(めくるめ)〕きては、多く、死す。鏡を照しても、亦、然し」錦雞(キンケイ)は、その自分の鮮やかにして煌びやかな異羽毛を自愛し、ナルキッソスの如く、その己が姿を水に映しては、無闇矢鱈に舞い踊り続け、遂には眩暈を引き起こして昏倒し、頓死してしまう。人がキンケイの前に鏡を持ち出して、彼らに彼らの姿を映し見せても、全く同じ現象が起こる、というのである。

「鸐雞の尾を愛して、餓死する」「山雞」を参照。

「文〔(もん)〕を以つて其の身を累(わづら)はす者なり」その美しい豪奢な紋様によって、あたら、身を煩わし、遂には亡ぼされるのである、とは、如何にも中国文学の載道派的牽強付会のトンデモ解釈で甚だ面白い。

「柹雉(かききじ)」不詳。キンケイの色彩変異個体ではなかろうか。]

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