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2018/08/07

諸國里人談卷之五 奇南

 

    ○奇南(きやら)

交趾國(かうちこく)の深山に朽木あつて、谷水に流來〔ながれ〕きたるを拾ひ取、これ、上品也。又、一木を伐りて、數年(すねん)、土に埋み、その腐(くさり)たる所を去りて、心を用る也。此木は日本の栧(ねずみもち)といふ木に似たり。【「通商考」】。

或人の曰〔いはく〕、「交址國占城國の數百里山奧に里あり。天竺にちかし。此所の人、猿のごとくにして、その詞(ことば)尤(もつとも)通ぜず。毎年、秋のころ、日數(〔ひ〕かずの限りありて、交址占城の商人(あきんど)、かの山の梺(ふもと)に假初(かりそめ)の小屋をしつらひ、市〔いち〕を立〔たて〕、金海鼠(きんこ)を煑(に)て待(まつ)に、かの奧山の人、木の根・朽木を一脊負(ひとせおひ)づゝ持來〔もちきた〕り、一荷を金海鼠一皿にかへて去る。その中に上品・下品の奇南(きやら)あり。又、一荷に一木もあらぬもあり。是れ、幸不幸にして、商人の過福[やぶちゃん注:ママ。「禍福」であろう。]也。持來〔もちきた〕る人は、何の弁(わきま)へもなく、たゞかえて、金海鼠をくらふをよろこぶのみなり。

[やぶちゃん注:「奇南(きやら)」伽羅(きゃら)は香木の一種。「キャラ」はサンスクリット語で「黒」の意。一説では、香気の優れたものは黒色であるということからこの名がついたとも言う。熱帯産のアオイ目ジンチョウゲ科 Thymelaeaceae の樹木が土中に埋もれ、樹脂が浸出して香木と変成したものである。日本では昔から珍重され、江戸時代には下級品は腹痛薬とされ、中級以上の品は精を増す薬ともされた。次の条で出る東大寺正倉院御物の蘭奢待(らんじゃたい)はその最高級品とされる。以上は辞書類の記載だが、そこでは「伽羅」を沈香(じんこう)・白檀(びゃくだん)などとともに珍重されたと記して、沈香とは別物とするがウィキの「沈香」によれば、『東南アジアに生息するジンチョウゲ科ジンコウ属』『の植物である沈香木』『(アクイラリア・アガローチャ Aquilaria agallocha)』『などが、風雨や病気・害虫などによって自分の木部を侵されたとき、その防御策としてダメージ部の内部に樹脂を分泌、蓄積したものを乾燥させ、木部を削り取ったものである。原木は、比重が0.4と非常に軽いが、樹脂が沈着することで比重が増し、水に沈むようになる。これが「沈水」の由来となっている。幹、花、葉ともに無香であるが、熱することで独特の芳香を放ち、同じ木から採取したものであっても微妙に香りが違うために、わずかな違いを利き分ける香道において、組香での利用に適している』。『沈香は香りの種類、産地などを手がかりとして、いくつかの種類に分類される。その中で特に質の良いものは伽羅(きゃら)と呼ばれ、非常に貴重なものとして乱獲された事から、現在では』、『沈香と伽羅を産するほぼすべての沈香属(ジンチョウゲ科ジンコウ属』Aquilaria『)及び(ジンチョウゲ科ゴニスティル属』Gonystylus『)全種はワシントン条約の希少品目第二種に指定されている』。『「沈香」には上記のような現象により、自然に樹脂化発生した、天然沈香と、植樹された沈香樹を故意にドリルなどで、穴をあけたり、化学薬品を投入して、人工的に樹脂化したものを採集した、栽培沈香が存在する』。『当然ながら、品質は前者が格段に優れている。稀に上記の製造過程から来たと思われる薬品臭の付いてしまっているものや、低品質な天然沈香に匹敵する栽培沈香も存在する。しかし、伽羅は現在のところ栽培に成功していない』。『また』、『栽培沈香は人工的に作ったものとして人工沈香ともよばれる』。『栽培沈香は天然沈香資源の乱獲により、原産国でも一般的になりつつあり、国内でも安価な香の原材料として相当数が流通している、なお、香木のにおい成分を含んだオイルに木のかけらを漬け込んだものや、沈香樹の沈香になっていない部分を着色した工芸品は、そもそも沈香とは呼べず、香木でもない。したがって栽培沈香でもない』。『「沈香」はサンスクリット語(梵語)でaguru(アグル)またはagaru(アガル)と言う。油分が多く色の濃いものをkālāguru(カーラーグル)、つまり「黒沈香」と呼び、これが「伽羅」の語源とされる。伽南香、奇南香の別名でも呼ばれる』(下線太字やぶちゃん)。『また、シャム沈香』『とは、インドシナ半島産の沈香を指し、香りの甘みが特徴である。タニ沈香』『は、インドネシア産の沈香を指し、香りの苦みが特徴』。『強壮、鎮静などの効果のある生薬でもあり、奇応丸などに配合されている』。『ラテン語では古来aloeの名で呼ばれ、英語にもaloeswoodの別名がある。このことからアロエ(aloe)が香木であるという誤解も生まれた。勿論、沈香とアロエはまったくの別物である』。『中東では』『自宅で焚いて香りを楽しむ文化がある』。本邦では、推古天皇三(五九五)年四月、『淡路島に香木が漂着したのが』、『沈香に関する最古の記録であり、沈香の日本伝来といわれる。漂着木片を火の中にくべたところ、よい香りがしたので、その木を朝廷に献上したところ重宝されたという伝説が』「日本書紀」に載る。『奈良の正倉院』には長さ百五十六センチメートル、最大径四十三センチメートル、重さ十一・六キログラムという『巨大な香木・黄熟香(おうじゅくこう)(蘭奢待』『とも)が納められている。これは、鎌倉時代以前に日本に入ってきたと見られており、以後、権力者たちがこれを切り取り、足利義政・織田信長・明治天皇の』三『人は付箋によって切り取り跡が明示されている。特に信長は、東大寺の記録によれば』、一寸四方で二個を『切り取ったとされている』。『徳川家康が』慶長一一(一六〇六)年頃から始めた『東南アジアへの朱印船貿易の主目的は』、この『伽羅(奇楠香)の入手で、特に極上とされた伽羅の買い付けに絞っていた』。これは『香気による気分の緩和を得るために、薫物(香道)の用材として必要としていたからである』とある。以上から、この「奇南」(きゃら)は広義の沈香と採ってよいと私は思う。

「交趾國(かうちこく)」ベトナム北部の旧称。

「栧(ねずみもち)」ゴマノハグサ目モクセイ科イボタノキ属ネズミモチ Ligustrum japonicum

「通商考」「華夷通商考」。江戸前期、中国を始め、諸外国の位置・風土・人口・産物・風俗などを記した海外一般地誌。上下二巻。長崎通詞で天文学者でもあった西川如見(慶安元(一六四八)年~享保九(一七二四)年)の著。オランダ人との接触によって得られた外国事情に関する知識によって書かれたもので、元禄八(一六九五)年に初版が出、さらに宝永五(一七〇八)年には訂正増補された全五巻が刊行された。鎖国下の日本に於ける最初の本格的蘭学研究書、代表的な海外事情紹介書である(以上は「ブリタニカ国際大百科事典」に拠った)。

「交址占城」ベトナム中部沿海地方(北中部及び南中部を合わせた地域)に一九二年から一八三二年まで存在したチャンパ王国。中国では唐代まで「林邑」と呼び、一時、「環王国」と自称したが、宋代以降は「占城」と呼んだ。詳しくは参照したウィキの「チャンパ王国を読まれたい。

「金海鼠(きんこ)」現代なら、棘皮動物門ナマコ綱樹手目キンコ科キンコ属キンコ Cucumaria frondosa japonica を指すことになる(食用。体長十五~二十センチメートルで、全体に甚だ太った芋虫型を成し、体色は灰褐色乃至暗褐色時に黄白色で、特に生殖腺が鮮やかな黄色を呈する(「きん(金)」はそれに由来)。口部に同形同大の十本の触手を持つ)が、同種は北方種で、本邦では東北地方から北海道・千島列島にしか分布しないし、現在は棲息数が減少し、漁獲はレアである(私自身、一度しか食べたことがない)。現在も乾燥品が他の海鼠とともに中華食材に用いられてはいるが、当時でも、そんなに多量に獲れたとは思われないから、私はこれは中国人が加工した、普通の上質の干し海鼠(キンコを含むとしてもよい)を指しているものと思う

「一荷に一木もあらぬもあり」丸ごと買い取った一荷(ひとに)の中に伽羅が一木も入っていないただの木切れの山であることある。]

 

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