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2018/08/31

反古のうらがき 卷之一 母を熊と見る事

 

    ○母を熊と見る事

 予が家より北に、榎町といへる所ありて、組屋敷なり。その中程に明屋敷(あきやしき)ありて、今に人の住(すむ)事なし。

 百年ばかり跡の事かとよ、同心何某といへる人、或時、外より家に歸りけるに、燈火、かすかに見へて、留守を守るは其母なり。

「今歸り侍る。」

といへど、音もなし。

 入(いり)て見てければ、いとも大きなる熊の、打伏(うちふ)してありければ、矢庭(やには)に、刀もて、一打(ひとうち)に切付(きりつけ)たり。

「あ。」

と、いいて[やぶちゃん注:ママ。]、おき上るを、おこしも立(たたさ)ず、切伏(きりふせ)たり。

「母人、母人。」[やぶちゃん注:後半は底本では「々々」。]

と、いく聲か呼(よび)たれども、答(こたへ)、なし。

 隣あたりより、集りて、

「何事にや。」

と、とふに、

「今、家の内に、大熊、入(いり)てあれば、打留(うちとめ)たり。人々、見玉へ。」

とて、よりて見れば、熊にはあらで、母なり。

「こは、いかに。」

とて、いだきおこしけれども、深手、數箇所なれば、はや、事切(こときれ)たり。

 人々、

「親殺しよ。」

とて取圍(とりかこ)み置(おき)て、其事は頭(かしら)つかさにつげたり。

 自(みづ)からも生(いく)べき罪にしもあらぬこともしりたれば、尋常に、おきての如く行はれける。

[やぶちゃん注:以下は底本も改行している。]

 此人、常にかゝる惡事なすべき人にもあらざりけれども、如何なる因果の報ひにや、母を熊と見しより、打留(うちとめ)たれば、是非もなし。もし實(まこと)の熊ならば、打取間敷(うちとりまじき)ものにもあらず、されども、人家多き所に熊の入(いる)べき理(ことわ)りもなし。又、入間敷(いるまじき)と定(さだめ)たる事にもあらず。

 打留たるは、是非なし。但し、狂氣の俄におこりし事なるべけれども、かゝる大逆(だいぎやく)となりしは、口惜しきことなりけり。

 されば、妖恠は多くは眼の眩惑(げんはく[やぶちゃん注:底本のルビのママ。])して、『恠しき物を見るよ』と心得て、打留ざる方(はう)、武士の心懸(こころがけ)なるべし。妖怪は打留て、させる手柄にもあらず、驚(おどろき)おそれて逃(にぐ)る事さへなくば、手出しせぬこそ、よけれ。もし、飛(とび)かゝりて喰殺(くひころ)さんとせば、其時こそ、日頃の嗜(たしな)みもあれば、妖恠に取らるべきこともあるまじ。實(まこと)の妖怪も手取(てどり)にこそすべけれ。刄物用ゆるは第二義(だいにぎ[やぶちゃん注:底本のルビ。])【にのつぎ】なり、まして心の迷ひより出(いづ)る恠を哉(や)[やぶちゃん注:ママ。]。

[やぶちゃん注:前半は臨場感を出すために、後半は読み易さを考えて改行を施した。

「榎町」既出であるが、再掲しておくと、底本の以前の条の朝倉氏の注に、『新宿区内。榎町御先手組屋敷があった』とある。(グーグル・マップ・データ)。

「百年ばかり跡の事かとよ」「百年ほども前の、昔の出来事とか言うようだ」。この言い方と、えらく昔の出来事なれば、都市伝説の可能性が高い。本「反古のうらがき」の成立は嘉永元(一八四八)年から嘉永三(一八五〇)年頃(第十二代将軍徳川家慶の治世)であるから、単純計算なら、延享五・寛延元(一七四八)年~寛延三年前後で、第九代徳川家重の治世である。

「おこしも立(たたさ)ず、切伏(きりふせ)たり」読みは自然な感じにするための、私の推定訓。

「母人」「ははびと」と訓じておく。

「頭(かしら)つかさ」この主人公は「同心」とあり、榎木町が御先手組屋敷であったことから考えると、御先手組の統括者である先手頭のことと考えてよいように思われる。

「自(みづ)からも生(いく)べき罪にしもあらぬこともしりたれば」江戸時代の親殺しは主(しゅう)殺しに次ぐ、最大級の重罪(刑法の旧尊属殺人。養子でも同じ)とされ、如何なる事情があっても、情状酌量の余地は一切なく、磔獄門となった。しかも彼が武官で、荒っぽいことで江戸庶民から恐れられた御先手組同心であれば、なおのことである。

「母を熊と見しより」単なる錯誤(誤認)とは思われない。急性の統合失調症或いは内因性脳疾患による強い幻覚症状によるか。

「入間敷(いるまじき)と定(さだめ)たる事にもあらず」熊が榎木町の人家に絶対に侵入しないと決まったものでもないことである、の意。無論、自然のツキノワグマが江戸にいることはないにしても、香具師が興行のために捕まえて市中に持ち込むことは普通にあったから、それが逃げて、入り込むことを考えれば、絶対ない、とは言えない。

「口惜しきこと」被害者にとっても親殺しになってしまった子の同心双方にとって「残念なこと」である。

「眩惑(げんはく)」歴史的仮名遣でも「げんわく」。目が眩(くら)んで正しい判断が出来なくなること。

「妖怪は打留て、させる手柄にもあらず」「妖怪は打」ち「留」め「て」も「させる手柄にもあら」ざるものにして。

「驚(おどろき)おそれて逃(にぐ)る事さへなくば」やや判りにくいが、「あまりの驚きと怖ろしさのために、居ても立ってもいられず、自分の家であってもそこから逃げ去らざるを得ないような事態でない限りは」の謂いであろう。要は、多少、奇怪な存在や現象であっても、直接の人的・物的な損傷を伴う危険性が殆んど認められないものなのであれば、というような感じである。

「日頃の嗜(たしな)み」武士としての常日頃の武芸の鍛錬。

「手取(てどり)」素手或いは棒などの鈍体を用いて制圧或いは確保すること。

「まして心の迷ひより出(いづ)る恠を哉(や)」最後の「を哉」は間投助詞「を」+間投助詞「や」の「をや」で、程度の低いものを述べた後、程度の高いことを類推させて、これを強調する、漢文訓読的用法。「まして、本人の心の迷い(ここは神経の違乱・乱心)から生じた幻覚としての怪異となれば、これ(相手を殺傷するような刃物を用いてはいけないこと)はもう、言うまでもないことである」。]

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