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2018/09/03

大和本草卷之十三 魚之上 鯇(ミゴイ/ニゴイ)

 

鯇 又名順和名抄アメト訓ス不是ヨク鯉ニ似タリ

 ※ノ字ヲ和名抄ニミコイトヨム鯉ノ類也トイヘハ本草ニ

[やぶちゃん注:「※」=「魚」+(つくり)「癶」(上)+「虫」(下)。]

 靑白二色アリト云地ニヨリテ味ヨカラス近江ノ湖ニ多

 シ時珍云音混郭璞作陳藏噐曰生江湖

 中似鯉郭璞云子似鱒而大時珍曰其形長身

 圓肉厚而鬆状今案本草所云ミコイト合ス一統志曰

 白魚狀如鯉而色白或曰ミコイハ白魚ナリ是武王

 ノ舟中ニ入ルモノ也

○やぶちゃんの書き下し文

鯇(ミゴイ/ニゴイ[やぶちゃん注:前者は右ルビ、後者は左ルビ。]) 又、「〔(コン)〕」と名づく。順〔が〕「和名抄」、「アメ」と訓ず〔は〕是(ぜ)ならず。よく鯉に似たり。「※」[やぶちゃん注:「※」=「魚」+(つくり)「癶」(上)+「虫」(下)。]の字を、「和名抄」に「ミゴイ」とよむ。『鯉の類なり』といへば、「本草」に『靑・白。二色あり』と云ふ。地によりて、味、よからず。近江の湖〔うみ〕に多し。時珍、云はく、『音、混。郭璞、「」と作〔(な)〕す。陳藏噐曰はく、「江湖の中に生じ、鯉に似る」、郭璞云はく、「、子、鱒に似て大なり」、時珍曰はく、「其の形、長く、身、圓〔(まる)〕く、肉、厚くして鬆(もろ)し」。』〔と〕。今、案ずるに、「本草」の云ふ所、「ミゴイ」と合す。「一統志」曰はく、『白魚、狀〔(かたち)〕、鯉のごとくして、色、白』〔と〕。或いは曰はく、「ミゴイ」は白魚〔(はくぎよ)〕なり。是れ、武王の舟中に入るものなり〔と〕。

[やぶちゃん注:これは「本草綱目」に載る別種を一種として強引に纏めようとしており、問題のある記載となってしまっている。ともかくも、標題のルビの「ミゴイ」(身鯉・鮊)及び「ニゴイ」(似鯉)は、日本産固有種で、急流でない河川や湖沼などに棲息する、

条鰭綱コイ目コイ科カマツカ亜科ニゴイ属ニゴイ Hemibarbus barbus

のことである。ウィキの「ニゴイ」によれば(太字やぶちゃん。以下同じ)、体長は最大六十センチメートルに達する大型淡水魚で、『成魚の体色は緑褐色』を呈し、一対の鬚を持つなど、和名通り、コイ(コイ科コイ亜科コイ属コイ Cyprinus carpio)に『似るが、口吻が長く突出し』、『口は下向きにつく』。『体型は細長い流線型を示し、より流水に適する形態を示す』。『背鰭はコイのような前後に長い不等脚台形ではなく、小さく』、三角形を成し、『尾びれは二又が深い』。『日本では本州、四国、九州北部に分布する。このうち』、『中部地方以北の本州と九州北部のものがニゴイで、本州西部と四国のものは近縁種コウライニゴイ』Hemibarbus labeo『であるとされて』おり、こちらの『コウライニゴイは朝鮮半島から中国、台湾まで分布』している。『川の中流から下流、大小の湖沼と、淡水域の極めて広範囲に生息する。水の汚れにも比較的強いが、低酸素への耐性は高くない。汽水域にも生息できるが』、『海水耐性は無く、塩分濃』〇・二%『以下の水域に多く、塩分濃度』一・五%『以上の水域では捕獲され』たことがないとする。『小石や砂底がある水域を好むが、それ以外でも生息している。また、低層を泳いでいることが多いが、止水を好むコイ』やフナ(コイ亜科フナ属 Carassius)『よりも流水への適応性が高い。産卵期は水温の高い地域ほど早く』、四~七月に直径三ミリメートル『ほどの粘着性の卵を産む。稚魚は体側に黒い斑点が』十『個前後並んでいるが、成長すると』、斑点は『消える。繁殖期のオス個体には、「追星」と呼ばれる白色の瘤状小突起物が出現する』。一九八〇『年代後半に筑後川で行われた調査によれば、生後』一『年から』三『年程度を感潮域』(河川等の潮汐現象の及ぶ、河口から当該上流部までを指す。生物の生産性は高いが、汚染され易い)『で過ごし、以降は』二十キロメートル『以上上流の産卵域のある浅瀬周辺に移動する』。『雑食性であるが』、『餌は季節毎に変化し、生息水域で利用しやすいものを餌としている』。体長四センチメートル『程度までの稚魚期はプランクトン、成長すると小魚、水生生物、藻類、小型二枚貝などを食べる』。『また、成長するにつれて顕著な魚食性を示し』、『大型個体はルアーでも釣れるようになる』。『なお、発達した咽頭骨と咽頭歯を備えており、摂食した餌はそこで噛み砕かれて消化管に送られる』。『ニゴイを目当てに漁獲することは少ないが、栃木県などではサイタタキ漁』(恐らくは「サイ叩き」で「サイ」はニゴイの地方名)『と呼ばれる専門の漁が行われる。コイやフナ、ウグイ、ウナギなどの大型淡水魚と一緒に漁獲(混獲)されることがある』。『その一方、商品価値が低く』、『大型に育ち』、『膨大な数に繁殖する雑魚であり』、ウナギの稚魚であるシラス鰻や『モクズガニなども捕食することから、地域の漁協によっては駆除目的の漁獲も実施され』ている。『小骨が多いが、白身の上品な肉質で』、『食味は良好な魚であり』、『唐揚げなどで食べられる他、ヒラメの代用魚とされたこともある。旬は春とされている』。『味は良いが』、『骨が多く』、『食べにくい雑魚として扱われ、蒲鉾や天ぷらの材料として使われてきた。「ミノ」(青森県)・「セータ」(関東地方)・「アラメ」(長野県)・「マジカ」(滋賀県・京都府)・「キツネゴイ」(大阪府)・「ヒバチゴイ」(奈良県)・「イダゴイ」(岡山県)など、別名が多い。『ニゴイ属(Hemibarbus)の魚は中国を中心とした東アジア地域に分布し』、八『種類ほどが知られ』、『日本ではニゴイ、コウライニゴイの他にズナガニゴイ』Hemibarbus longirostris『が近畿地方と中国地方に分布している。全長は』二十センチメートル『ほどで、体の背中側は黄褐色の地に小さな褐色の斑点がたくさんある。他の』二『種類に比べると』、『小型で外見も異なる』とある。

 以上の太字部を御覧になれば判る通り、本邦にしかいない点で、標題ルビの「ミゴイ」「ニゴイ」は、その代表種をニゴイ Hemibarbus barbus であると言ってよいものの、それ以外に

コウライニゴイ Hemibarbus labeo

及び

ズナガニゴイ Hemibarbus longirostris

をも含めねば不十分であることが判る。

 しかも困ったことに、「本草綱目」が言う「鯇」には、後の二種が含まれている可能性が、その分布域から言って排除出来ないこともお判りであろう。

 ところが、それだけでは、実は、混乱は収まらないのであり、

「鯇」というのは現代中国では専ら、「中国四大家魚」「大和本草卷之十三 魚之上 鰧魚 (ビワマス)」の最終注を参照)の一種として有名な、コイ科亜科クセノキプリス亜科 Oxygastrinaeソウギョ属ソウギョ Ctenopharyngodon idellus を指す語

であることが、益軒の叙述の分析の混迷を倍加させてしまうのである。

 何故、「混迷」というかと言えば、「本草綱目」の「鯇」の叙述は当然、このソウギョであると読むのが自然であり、しかもソウギョは本邦には、本来は、いない魚だからである(現在は本邦に棲息し、水草を有意に食害して生態系を破壊する要注意外来生物に指定されているウィキの「ソウギョによれば、日本には明治一一(一八七八)年以降に、他の「四大家魚」とともに、日本人の有益な蛋白源として、日本列島内に導入され、『各地の川や湖沼に放流された。利根川水系への移植は、食糧難の解決のため』、昭和一八(一九四三)年と昭和二十年の二回で、合せて二万三千尾、全国へは三百七十万尾もが放流されてしまった。『また、戦後の農業形態の変化に伴って、湖沼に繁茂する水草が農業肥料などとして利用されなくなり、その繁茂を嫌った世論もあって』、『各地で』、『湖沼の水草を制限する意図』から、『利根川水系産のソウギョが各地に放流された。しかし』、『巨大に成長したソウギョは旺盛な食欲で各地の湖沼の水草を食いつくし、水草帯を生息地とする在来魚や水生昆虫の生息を脅かすなど』、『生態系に深刻な悪影響を与えることが認識されるようになった。かつて水草の繁茂する湖だった長野県の野尻湖は、ソウギョの放流後』、『水草が激減し、現在では網で囲った保護区域を除き』、『ほとんど見ることができない』。無論、水草の減少要因は『ソウギョだけでないとしても、ソウギョの放流と水草の減少が同期していることから鑑みれば、食害が原因である可能性は高い。また、水草を消化吸収した後に出す膨大な糞が湖沼底に堆積し、却って水質汚濁の原因ともなることが理解されるに至ったため、自然環境に好ましくない負荷をかける外来種と認識されるようになった』。『長野県木崎湖では、キザキフラスコモ(学名: Nitella minispora Imahori)が食害の結果、絶滅したことが報告されている』『利根川、江戸川以外では繁殖できなくとも、ソウギョ自体の寿命や放流の継続により、これらの影響は長く続くと考えられている』とある)。

 ソウギョは、体長が実に二メートルにも達する超『大型魚だが、日本で見られるのは殆どが体長』一・二メートル『程度の個体である。体は一様に緑灰色で、腹面は黄白色をしており、特に目立つ模様はない。コイに似ているが、コイの背びれは前後に細長いのに対し、ソウギョの背びれは小さくて丸っこい』。体長三センチメートル『程度までの間は、雑食性で』、『植物性プランクトンのランソウ類、ケイソウ類、緑藻類、ベンソウ類等のほか動物性プランクトン』『のワムシやミジンコを餌として』おり、体長三~十三センチメートル『程度までの間は、植物性プランクトン以外に浮遊する動物性ものやユスリカをエサとしている』。体長は十三センチメートル『程度を越えた個体は草食性で、水中で成長する藻や』、『水面で成長するウキクサやヒシなどの他、マコモやヨシなどの抽水植物や水面上に垂れ下がった雑草なども食べる。口に歯はないが、喉に丈夫な咽頭歯をもち、これで植物を刈り取って摂食する。緑色をした』一センチメートル『くらいの丸い糞が新鮮な状態で確認できたら』、『ソウギョが近くにいる可能性が高い』とある。

 以上から判然とするように、益軒が「本草綱目」の記載は本邦のニゴイとよく一致する、などと如何にもしたり顔で能天気なことを言っているのであるが、そもそもが

二種は、観察能力の低い魚に詳しくない素人が見ると「コイ」に似ている

のであり、当然、

中型個体なんぞを言葉だけで中途半端に説明されたならば、「ニゴイ」と「ソウギョ」は同じ魚だ、と誤認するに違いない

のである。

〔(コン)〕」中文ウィキの「草魚」(=ソウギョ)に、晋の郭璞の「爾雅注」に「鯇、今、魚、似鱒而大」とある。

『順〔が〕「和名抄」、「アメ」と訓ず〔は〕是(ぜ)ならず』『「」の字を、「和名抄」に「ミゴイ」とよむ。『鯉の類なり』といへば』(「」=「魚」+(つくり)「癶」(上)+「虫」(下))まず、私はこの文末の「いへば」は、ややジョイントの悪いものとして響く。「いふ」で終止しておいた方がよい。恐らくは『「アメ」と訓ず〔は〕是(ぜ)ならず』と先にやらかした結果、表現に捩じれが生じたのだと思う(こうしたこなれない日本語の言い回しも、本条を判り難くしている)。源順の「和名類聚鈔」の記載というのは、まず、「」は「鯉」「鮒」の次にあり(国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを参照)、

   *

(ミ) 文字集略【音漢語抄】鯉

[やぶちゃん注:「」=「馬」+(つくり)「癶」(上)+「虫」。]

   *

である。この「ミ」というルビはまさに「ミゴイ」(=ニゴイ)の「ミ」であろう。「鮒」を挟んで「」とあり、「鯉の類ひなり」とあるのだから。因みに、「」は「羔」(音「コウ」・子羊の意)の異体字である。

 さらに「鯇」はというと、まさに前の「」の後の「鰣(ハソ)」(コイ目コイ科クセノキプリス亜科ハス属ハス Opsariichthys uncirostris であろう)「鱸」の次に出(国立国会図書館デジタルコレクションの画像では前のリンク先の次のページ)

   *

鯇(アメ) 爾雅集注云鯇【胡本反上声之重字亦作和名阿米】似タルㇾ鱒者也楊氏漢語抄云水鮏【一云江鮏今案本文未ㇾ詳】

   *

とある。益軒の否定している「アメ」という呼び名は「アメノウヲ」に違いない。所謂、以前にも注で出した、。琵琶湖固有種(但し、現在は各地に人為移入されている)の条鰭綱サケ目サケ科サケ亜科タイヘイヨウサケ属サクラマス(ヤマメ)亜種ビワマス Oncorhynchus masou rhodurus の異名である(産卵期の特に大雨の日に群れを成して河川を遡上することに由来する「雨の魚」は異名としてかなり知られている)。確かに、ここでの益軒の否定は、

「鯇」を「ニゴイ」と訓ずるならば、ニゴイアメノウオという意味で正しい

ことにはなる。しかし、

現在でもなお、ビワマスは漢字表記で「鯇」と書くし、「江鮭」とも書く

のであってみれば、また、ここに出る「鮏」という漢字は本邦では「鮭」(サケ科サケ属サケ(シロザケ)Oncorhynchus keta)の別字として知られ(ご覧の通り、アメノウオ(ビワマス)はサケ亜科 Salmoninae なのだ。但し、漢語としては「魚の腥(なまぐさ)さ」を示す他は「魚の名」とするものの、どのような魚か不明である)、益軒が偉そうに否定するのは実はお門違いなのであって、順の「和名類聚鈔」のそれは、

「鯇」を「アメオノヲ」と訓じたのであるから、アメノウヲ=ビワマスという意味で正しい

のである。

『「本草」に『靑・白。二色あり』と云ふ』「本草綱目」の「鯇魚」の記載は以下である。

   *

鯇魚【音「患」。「拾遺」。】

釋名鰀魚【音「緩」。】。草魚。時珍曰、鯇、又、音混。郭璞作。其性舒緩。故曰「鯇」、曰「鰀」。俗名「草魚」。因其食草也。江閩畜魚者以草飼之也。

集解藏器曰、鯇、生江湖中、似鯉。時珍曰、郭璞云、子、似鱒而大是矣。其形長身圓、肉厚而鬆狀類靑魚。有青鯇白鯇二色。白者味勝、商人多之。

氣味甘、溫。無毒。時珍曰、李廷飛云、能發諸瘡。

主治暖胃和中【時珍。】。膽臘月收取陰乾。氣味、苦、寒。無毒。主治、喉痺飛尸、水和攪服【藏器。】。一切骨鯁、竹木刺在喉中、以酒化二枚、溫呷取吐【時珍。】。

   *

はっきりと「草魚」の文字が見える。因みに、メンドクサいことに「鰀」の字は本邦では「アメノウオ」=「ビワマス」に与えられているのである。

鱒」漢語のこれもマスを指す。但し、以前に述べたが、「マス」という種はいない。「マス」とは、本邦の場合は、条鰭綱原棘鰭上目サケ目サケ科 Salmonidae に属する魚類の内で和名・和名異名に「マス」が附く多くの魚、或いは、本邦で一般に「サケ」(サケ/鮭/シロザケ:サケ科サケ属サケ Oncorhynchus keta)・ベニザケ(サケ亜科タイヘイヨウサケ属ベニザケ[本邦ではベニザケの陸封型の「ヒメマス」が択捉島・阿寒湖及びチミケップ湖《網走管内網走郡津別町字沼沢》)に自然分布する]Oncorhynchus nerka)・マスノスケ(=キング・サーモン:サケ亜科タイヘイヨウサケ属マスノスケ Oncorhynchus tschawytscha)など)と呼ばれる魚以外のサケ科の魚(但し、この場合、前者の定義とは「ヒメマス」「マスノスケ」などは矛盾することになる)を纏めた総称である。「マス」・「トラウト」ともにサケ類の陸封型の魚類及び降海する前の型の魚を指すことが多く主にイワナ(サケ科イワナ属 Salvelinus)・ヤマメ(サケ亜科タイヘイヨウサケ属サクラマス亜種ヤマメ(サクラマス)Oncorhynchus masou masou)・アマゴ(タイヘイヨウサケ属サクラマス亜種サツキマス Oncorhynchus masou ishikawae)・ニジマス(タイヘイヨウサケ属ニジマス Oncorhynchus mykiss)などが「マス」類と呼ばれる

「一統志」「大明一統志」。明の英宗の勅撰地理書(但し、先行する景泰帝の命じた一四五六年完成の「寰宇通志」の改訂版)。一四六一年に完成。全九十巻。最終の二巻は「外夷」(朝鮮国・女直・日本国・琉球国他)に当てられているが、説明は沿革・風俗・山川・土産のみで、簡略である。

『「ミゴイ」は白魚なり』漢和辞典でも、「白魚」を鯉に似た魚とし、白花魚、ニゴイ(大陸産)に当ててある。

「武王の舟中に入る」「史記」「周本紀」に、周の武王が殷の紂(ちゅう)王を討伐する兵を挙げ、黄河を渡った際、武王の乗る船に、白色の魚が飛び込んで来た。白は殷の色(周は赤)であったことから、これを捕って神に供え祀り、これこそ殷が周の手中に落ちる吉兆と解釈したという故事を指す(但し、原文は『武王渡河、中流、白魚躍入王舟中、武王俯取以祭。既渡、有火自上復于下、至于王屋、流爲烏、其色赤、其聲魄云。是時、諸侯不期而會盟津者八百諸侯。諸侯皆曰、「紂可伐矣。」。武王曰、「女未知天命、未可也。」乃還師歸』となっており、他にも、黄河を渡り切った時には火の塊りが川を溯ってきて、また、下って行き、武王の陣の上まで来ると、一羽の真っ赤な鴉となって「魄(ハク)!」と鳴いた(魄には安定の意がある)というのも瑞兆で、ばらばらにたまたまやってきた諸侯らも期せずして口を揃えて「紂、討つべし!」と鬨を挙げたのだが、何故か。武王はこの時、「未だ殷の天命は尽きていない」と言って帰国している。これには幾つかの解釈があるようであるが、私は吉兆があまりにも続けて出現したことが、却って危ぶまれ、それに誇って慎重さを失って逆に敗れることを恐れたという説を採る)。]

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