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2018/09/13

反古のうらがき 卷之三 金貮枚刀

 

  ○金貮枚刀

 大判(おほばん)の黃金(こがね)、小判七兩貮分に換(かは)ることなるに、今は、小判の黃金、位(あたひ)おとりて、貮拾五、六兩に當ることとは成(なり)にたり。故をもて、金壹枚といふを小判七兩、本金一枚七兩貮分と定め、いにしへのあたへ[やぶちゃん注:ママ。]の名のみ殘し、刀劒の折紙などにしるす時のみ、此ことばを用ひ、常の賣買ごとに用ゆること、なし。又、小判一ひらを一枚といふ人もありて區々(まちまち)なれば、あやまることも多くありけり。

 天保弘化の頃、刀劒、大(おほい)に世に行はれ、刀師・とぎ師・拵師(こしらへし)、各(おのおの)かけ走りて利を得るとき也。

 予がしれるとぎ師が持(もち)ける刀は【銘、誰なるか失念。】、さる方に賴みて、

「金貮枚に賣りくれよ。」

と云ひやりしが、めぐりめぐりて、吾が弟子の方へ持來りけり。

 それともしらで、價ひを問ふに、

「貮枚。」

と答ふ【枚といふは大判金のことにて、小判なれば兩といふなり。】。世の稱呼、區々(まちまち)なれば、忽ち誤りて、「小判貮兩」と心得、とくと見るに名刀なり。

『いかに見おとすといへども、五、六兩をば下るまじ。』

とおもひけれども、さし當り、手元金子、間合兼(まにあひかね)たれば、先づ師が許に持行(もちうき)て、

「金貮兩貮分なり。いかにも、あたへ[やぶちゃん注:ママ。]、いやし。取置給へ。」

といひて、貮分の口錢のみを所德とする心なりけり。

 師、一目見ると、

「これは、大(おほい)に、價、安し。直(ただち)に代金を渡すべし。」

とて、出して買ひけり。

 弟子、うれしくて、刀屋が許に行て、金二兩を出(いだ)し、

「さる方にて、かひたり。」

といへば、刀屋、大におどろき、

「最初より貮枚といゝ[やぶちゃん注:ママ。]たるに、貮兩とはいかに。同じどしの刀・脇差やり取(とり)に、大判小判といはずとも、貮枚といはゞ大金、貮兩といはゞ、小金と聞(きき)しるは、われわれのみならず、何方(いづかた)も同じことなるを。今、かくの玉ふは餘りにおろかなり。且、又、品物も物によるべし、あの品が貮兩や三兩の品と見ゆる品なるか。かへすがへすもおろか敷(しき)人也(なり)。早々(はやばや)、取かへし來(きた)るべし。」

といふにぞ、

「さては。さありけり。いかさま、餘り、價の品より賤しと思ひしも、理(ことわ)りにてぞありける。間違(まちがひ)といふ物なれば、是非なし。取かへし來るべし。」

とて、再び師の許に來りて、いふよふ[やぶちゃん注:ママ。]、

「先の價は間違なり。大金(おほがね)貮枚なれば、小金十四兩なりけるを、只『貮枚』とのみいひて、大金といはざれば、吾、誤りて小金貮兩と心得、かくは謀らひける也。いざ、戾させ玉へ。代金はかへし奉る。」

といへば、師、且、笑ひ、且、怒りていふ、

「此刀は元吾が品にて、何某へ賴みて賣(うり)に出(いだ)せしが、價貮枚と申約(まうしやく)せし也。然るを、汝、おろかにして貮兩と聞(きき)誤りしは、理(ことわ)りあるに似たり。されども、汝、吾方に來りうるに至りて、『貮兩貮分也』といゝ[やぶちゃん注:ママ。]けり。故に、吾、其儘に價を取らせしぞ。但し、貮枚貮分といふ價なし。さすれば、貮分とは何の聞誤りぞ。もし、師弟の間にて口錢貮分を取らんとならば、恩をしらざるくせ者也。更に亦、罪あり。數年來の弟子なるに目きゝもなくて、金貮枚の品物、小判貮兩の品物と分(わか)ちなきは、おしへて甲斐なきおろか者也。此二罪あれば、師弟の約をも絶(たつ)べきやつなれども、只一つのゆるすべきことあるによりて、さし置(おく)なり。初め、此刀、『よき品』と見て、少しの所德もあるべしと思はゞ、他所(よそ)へこそ持(もち)あるくべきを、他所へは行かで、先(まづ)、吾方にもて來りしは、師によき物得させんと思ひしに似たり。此一點、良心あるにより、此度はさしゆるす。」

とて、ことすみけり。

[やぶちゃん注:読み易さを考えて改行を施した。

「大判の黃金(こがね)、小判七兩貮分に換(かは)ることなるに」大判とは広義には十六世紀以降の日本に於いて生産された延金(のしきん/のべきん:槌やローラー状の機器で薄く広げた金塊)の内、楕円形で大型のものを指す。小判が単に「金」と呼ばれるのに対し、大判は特に「黄金(こがね)」と呼ばれ、「大判金(おおばんきん)」とも称した。享保大判金(享保一〇(一七二五)年~天保八(一八三七)年)は一枚を七両二分とする公定価格が設定されたと参照したウィキの「大判にあるのと一致する。なお、ウィキの「小判」によれば、『小判に対し、大判(大判金)も江戸時代を通して発行されていたが、大判は一般通貨ではなく、恩賞、贈答用のもので』、『金一枚(四十四匁』『)という基準でつくられ』、『計数貨幣としてではなく、品位と量目および需要を基に大判相場によって取引された(強いて言えば秤量貨幣に近く、現代的に解釈すれば、金地金(インゴット)に相当するものと言える)。また、天保年間に大判と小判の中間的な貨幣として五両判が発行されたが、金含有量の劣る定位貨幣でありほとんど流通しなかった』とある。

「今は、小判の黃金、位(あたひ)おとりて、貮拾五、六兩に當ることとは成(なり)にたり」Q&Aサイトの回答によれば、江戸前期・中期(明和九・安永元(一七七二年)頃(田沼意次が老中に就任した年である)まで)は一両は現在の十万円、後期(嘉永六~七年(一八五四)年頃(嘉永七年三月三日に日米和親条約が締結)まで)は八万円であった(それ以降の幕末期はインフレが進み、五万円相当まで下がった)から、この「貮拾五、六兩」は二百万円から二百八万円相当となる(本「反古のうらがき」の成立は嘉永元(一八四八)年から嘉永三(一八五〇)年頃である)。

「天保弘化」一八三一年から一八四八年。

「拵師」日本刀の状態を確認したり、修理して使用可能な状態に仕立てる職人の総称。正確にはここに出る「研師」や鞘と柄を彫る「鞘師」、柄を鮫皮と柄糸で巻く「柄巻師」、刀身の手元部分に嵌める金具であるハバキを作る「白金師(しろがねし)・塗師などのさまざまな刀剣職人が、分業で一振りの刀剣を製作・修理した。

「予がしれるとぎ師」「吾が弟子の方へ」則ち、本一件の当事者の二人と桃野は知り合いであったのである。従って一読、落語のネタかと思わせるものの、まぎれもない事実譚なのである。

「それともしらで」ネタバレとまでいかないにしても、やや話を先取りしてしまった感のある表現ではあるが、或いは、私の弟子であっただけでなく、仲介した研師も知っていた、されば、この一件は後に、確実な情報として私の耳に入ることになってしまった、のニュアンスでの言い添えかも知れぬ。

「いかに見おとすといへども」どんなに安く見積もっても。しかし、「五、六兩をば下るまじ」で、大判金二枚=五十~五十二両の品をば、かく見積もったのでは、これまた実は救い難い目利き出来ぬ「かへすがへすもおろか敷(しき)」馬鹿弟子(桃野のそれではなく、後に出る(恐らくは剣術の)「師」のそれ)と言わざるを得ない

「あたへ」「あたひ」で「價」。

「いやし」「賤し」。安い。

「どし」「同士」。「どうし」または「どち」の音変化という。刀剣関連業の仲間同士。

「聞(きき)しる」~と認識する。~の意と採る。

「口錢」「こうせん」「くちせん」両様に読む。取引の仲立ちをした仲介手数料のこと。]

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