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2018/09/05

反古のうらがき 卷之一 すりといふ盜人

 

  ○すりといふ盜人

 これも、竹崖子、語りたるは、杉並の何某とか、名は失す。としの暮に淺草觀音の市の賑ひ見んとて、家の男女、三、四人をゐて行(ゆき)けり。下谷を過(すぎ)る頃、思わず[やぶちゃん注:ママ。]、古き友人に行逢ひけり。たがひに昔し語りしつゝ打連れて行けるが、

「扨も、そこは、今、何國に何の業(わざ)して居玉ふ。」

ととへば、其人、聲を潛めて、

「吾は昔に似ず、色と酒とに身を持(もち)くずし、父兄の勘氣をさへに受(うけ)たれば、なすべき業もなく、今は『すり』といふ盜人の仲ヶ間に入(いり)て、かゝる人立(ひとだち)繁き所に立入(たちいり)、人の懷中物及び腰の下げ物等を奪ひて、これをなりわひとはしつる也。世になせる業も多きに、かく淺間敷(あさましき)ことしつる恥かしさを思へば、淚こぼるゝ業なれども、又、一と度、此業をし侍れば、かゝる面白きこと、世に又とあるまじと思ふにぞ、あしゝとはしれど、止(やむ)ること能はず。今、かく身なりも見苦しからず、金銀に不自由なけれども、人立多き所へ立入が身過(みす)ぎなれば、是非なし。猶、又、同じ業する者、幾たりありともしりがたし。今日は一年の賑ひ日なれば、われわれ一年の元手をかせぐ日なり。あらあら、危し。早く歸り玉へ。われこそ、君とふるきよしみあれ、其餘のもの、誰(たれ)か君をしらん。女子ども引連たるは殊に危し。金銀は誰もさし當りて失ひつれば、俄(にはか)に事(こと)かく物ぞ。よくよく心付(こころづき)て持(もち)玉へ。」

といひける。

 其樣、あたりを憚る樣(やう)もなし。

 何某、心に思ふよふ[やぶちゃん注:ママ。]、

『かゝる一大事を路(みち)行(ゆき)ながら語るは、誠にてはよもあるまじ。』

と思ひ、打笑ひつゝ行けるが、せちに

「歸り玉へ、歸り玉へ。」

とすゝむるものから、餘りにいとわしく、

「ここ迄來つる者が、何とて今更に歸るべき。されども、今、そこがいふところ理(ことは)りあれば、日の暮ざらん前に歸るべし。」

とて、こゝより、別れけり。

 程もなく淺草觀音前にいたりて、ふと心付けるに、懷中にありける鼻紙袋なし。

「こは。口惜(くちをし)。」

とあたりを顧(かへりみ)るに、多くの人ごみなれば、しるよしもなし。

「扨は。奪はれけり。げに彼(かの)人がいゝしこと、いたづらにてはあらざりけり。」

とて、千度萬度(ちたびもゝたび)悔ゆれども、甲斐なし。

 さし當りて食事しつべき料(れう)もなければ、

「如何(いかが)すべき。」

と案んじ煩ふ程に、はや、日も暮に近づきたれば、興もさめ果て、人々、引連れ、家路に趣く樣(さま)、いとあわれにこそ見えける。

[やぶちゃん注:底本でも以下は改行されてある。]

 かくて、先に其人に逢(あひ)ける下谷のあたり過る頃、跡より、

「是(これ)かへし侍らん。」

とて、物もて肩のあたり、たゝく人、あり。

 かへり見れば、其人なり。

 手に持てるは吾(わが)鼻紙袋なれば、

「あしくも戲(たはむ)るゝものかな。」

とて受取、懷に入けるが、うらめしくも、又、うれしくも有ける。

 其人いふ。

「吾、先にいへるは、いかに餘りの人ならば、歸すといふ法なし。君が飢(うゑ)玉はんを思ひて、たふべ物の料に歸しぬるなれば、いざ、此處(ここ)にて、ともに蕎麥切(そばきり)など、たうべ候はん。」

とて、東叡山の門前なる蕎麥切うる家に入(いり)けり。

「久々にての面會なれば、一盃酌(くま)ん。」

とて、此處は酒肴もうるなれば、多く物取出させてたうべける。

 いやが上に、物とりよせて、人々、大(おほい)に醉(ゑひ)ける。

 日も暮に及びければ、立歸らんとする時、何某、いふ。

「今日は君が情けにて、懷中物、得たれば、酒食の料餘り有り。いで其價(あた)ひとらせん。」

といひて懷の物出(いだ)しぬれば、彼(かの)人、笑ひていふ樣(やう)、

「何の料ありてか、かくはの玉ふぞ。」

といふに、驚きて見るに、金子は、なし。

 彼(かの)人、いふ。

「これは吾輩の法なれば、歸すことなし。其外、要用(いりよう)の品々、あるべし。一品も動かすことなければ、氣遣ひ玉ふことなし。さらば、いざ、立別(たちわかれ)ん。」

とて、先に立(たち)て去りにけり。

 何某、つらつら思ふに、

『かゝる惡徒なれば、いかなることをか、たくみて、吾(わが)金子を奪ひたる上に、又も、酒食の價ひさへ吾につぐのわせぬる哉(かな)。』

と、いと口惜しく、且は、一錢のたくはへもなければ、

『こゝより、人、走らせて、さる方にてや、からん。又、家までや、歸さん。』

など、あんじ煩ひけるが、今、はた、せんかたなく、殊に此日は物うる家、ことに忙がはしくこみ合ふ中に、心なく、

「いつ迄かはおらん。」

と心ぐるしき折に、此家の小女が、取ちらせし器ども、取集めて持(もち)てさるにぞ、ともこふもあれ[やぶちゃん注:ママ。]、

「先程よりの價ひは幾ばくぞ。」

と問ひければ、

「吾は深くも存(ぞんじ)侍らねども、先の御客が給はりたれば、もはや、事濟果(ことすみは)て候へば、覺へ[やぶちゃん注:ママ。]侍らず。」

とぞ答(こたへ)けり。

「扨は。昔のよしみは捨(すて)ざりけり、あな、うれし。」

とて、急ぎて家に歸りけるとなん。

[やぶちゃん注:臨場感を出すために、改行を施した。

「竹崖子」既出の「小野竹崖」であるが、不詳。

「身過(みす)ぎ」生活の手段。生業(なりわい)。

「あらあら」「粗粗」。だいたいからして。

「鼻紙袋」財布。元禄・宝永年間(一七〇〇年前後)にはすでに「財布」の名が浮世草子の作中等に見えているが、江戸時代は「巾着(きんちゃく)」或いは、この「鼻紙袋」の名称の方が一般的であった(平凡社「世界大百科事典」に拠る)。

「吾、先にいへるは、いかに餘りの人ならば、歸すといふ法なし」やや台詞として腑に落ちない。「私は先に言った通り(掏摸)なんであるからして、さても他の人間だったなら、掏(す)った物を返すという道理はないんだ」という意味で採っておく。

「たふべ物」「食(た)ふべる物」。

「東叡山」寛永寺の山号。

「これは吾輩の法なれば、歸すことなし。其外、要用(いりよう)の品々、あるべし」掏摸として、掏った財布の金子は決して掏った奴には返さない、というのが私の掏摸としての矜持である。財布に入れていた金子以外のもので大事な品々もあることであろう。

「一錢のたくはへもなければ」財布以外には金子を持っていないし、連れの者たちも大した金子は持ってきていなかったということであろう。

「あんじ」「案じ」。

「いつ迄かはおらん」反語。何時までもいられるもんでもない。

「ともこふもあれ」正しくは「ともかくもあれ」のウ音便で「ともかうもあれ」。「ともかくも」に同じい。]

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