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2018/09/13

反古のうらがき 卷之三 くるしきいつはりごと

 

   ○くるしきいつはりごと

[やぶちゃん注:一部の注を各段落の後に入れ込んだ。第二段落は長いので、適宜改行を施した。]

 これは余がしれる人なれども、其名、明(あか)し難し。此人、常に、ばくゑき・飮酒を好みて、世にいふ藏宿師(くらやどし)といふことを業となせり。かゝる人は思はざるこがねを得るによりて、そのこがねあらん限りは、花柳(くるわ)に遊び、美食を食ひ、こがね盡(つく)れば、再び、あしき謀事(はかりごと)を思ひ付(つき)て、筋にもあらざる小金を得るを每(つね)のこととは、なせり。故に今日は美服美食におごりくらすかと思へば、明日は破れたる衣服に、かしぐべき米もなくて暮らすを常とす。

[やぶちゃん注:「ばくゑき」「博奕」。歴史的仮名遣は「ばくえき」でよい。

「藏宿師」旗本・御家人などに雇われて、札差との間の金の貸借についての周旋や交渉・談判に臨んだ者。主に浪人で、幕府はこれを取り締まった。また、札差もこれに対抗して屈強な者を置いた(小学館「大辞泉」に拠る)。]

 一とせ、年の暮に當りて、仕合(しあはせ)あしく、一人の娘が衣服さへ破れ果て、春を迎ふべき手立(てだて)もなく、已に大つごもりの夜に成(なり)にたり。

 おひめをはたる人は、入替り、立替り、來れども、元よりつぐのふべき手當もなければ、皆、こふじ果て歸るにぞ、反(かへ)りて心安きことに思ふべけれど、娘が、

「春着の衣服を着せてたべ。」

とこふがくるしさに、金貮分斗(ばかり)の工面をせでは、かなはざる時宜(じぎ)とはなりにけり。

[やぶちゃん注:「おひめをはたる人」「おひめ」は「負ひ目」で「はたる」は「徴る・債る」で、借金を取り立てに来る人の意。]

 常の日さへ、かゝる人がこがねをからんといふに、こゝろよくかす人あらん理(ことわり)なきに、かく、年のつごもりになりて、何れへか、いゝよるべき。又、あしき謀事も、人々の心ゆるき時こそおこなへ、此時に望みて誰をかあざむかん。纔(わづか)に貮分のこがねの手に入(いる)べき術(すべ)の盡果(つきはて)ければ、やがて思ひ出(いで)し計りごとこそ、ふしぎにも、くるしかりけり。

 程近き所の、料理仕出して飮食うる家に行て、

「唯今、大一座の客來りたれば、あたへ、三兩斗(ばかり)の飮食を料理して卽時におくり越すべし。其品々には何にまれ、大やかなる魚を第一とし、塗りひらのうつわゝ、大きなる程こそよけれ、皿にまれ、臺にまれ、皆々、大やかなるに盛りてこせよ、とくとく。」

といひて、かへりぬ。

[やぶちゃん注:「あたへ」「價(あたひ)」。

「うつわゝ」「器は」。国立国会図書館版もママ。]

 程もあらで、もて來にけり。

 藍染付の大皿に鯛の魚の濱燒にしたるを、頭(かしら)・尾の外に出(いづ)る斗にもり、其傍にいろいろの取合せを盛りたり。同じ程の平らめる皿に、しびの魚と、ひら目の差身(さしみ)をしきならべ、くさぐさの、靑き紅き、海の草、山の草を盛り添(そへ)たり。沈金に朱塗りの大平のうつわには、魚の肉、鳥の肉、海山の珍味、打(うち)まぜて、葛のたまり、うすらかになして打かけ、山葵(わさび)の根のすり碎きたるを上におきたれば、湯げの烟りに蒸し立られて、かほり深く、めでたし。又、物の蓋(ふた)めけるふち高き板の、黑漆以(も)て塗(ぬり)たるに、金の箔(はく)切(きり)ふせ、其間に金粉(きんぷん)もて、山川の景色ゑもいわれず、手を盡して畫(ゑが)きたるに、魚の肉、鷄の卵、木の實、草の根、いろいろの物を五色に色取(いろど)りたるを、山の形(かた)、川の形、七曜の形などに、手を盡して盛り並べたり。其外、器にそれぞれの酸(す)き、辛らき、甘き、五味の外の味迄も取揃へて差出(さしいだ)しければ、

「三ひら斗(ばかり)の黃金(こがね)にて、かゝる品品の揃ひしは、思ふにもましたり。」

など、いひつゝ、物をば取收(おちりをさ)めて、其人をば歸しやりけり。

[やぶちゃん注:「しびの魚」「鮪(しび)」。まぐろ。

「葛のたまり」葛餡(くずあん)のこと。醤油や砂糖で味つけした汁に、水で溶いた葛粉を加え、とろ火で煮たもの。

「ゑもいわれず」「ゑ」も「いわれ」もママ。「えも言はれず」。言いようもなく素晴らしく。

「七曜の形」肉眼で見える惑星を五行と対応させた火星・水星・木星・金星・土星及び太陽・月(陰陽)を合わせた七曜(天体)を当てた、円い或いは半円などを組み合わせた紋型・図形。]

 扨、客ありといひしは初より詭(いつは)りなれば、いかゞするやと思へば、打寄(うちよ)りても食はで、皆、前の小溝へ打捨(うちすて)たり。

 井の水、汲上(くみあげ)て、器ども、取集(とりあつ)め、其汚れをば洗ひ落し、打重(うちかさね)て廣布(ひろぬの)の風呂敷につゝみ、持出(もちい)で、ほとり近き質屋がり持行(もてゆき)て、こがね二分をぞかりてけり。其歸るさに古き衣類うる家に行て、娘が春着になるべき一ひらのきる物かひて歸りにけり。

[やぶちゃん注:「質屋がり」質屋へ。「がり」は接尾語で、通常は、人を表わす名詞・代名詞に付いて、「~のもとに・~の所へ」を添える。漢字表記では「許(がり)」。この後も結構、出るが、以下では注さない。誰もが、高校の古文で習ったはずだからである。]

 娘も吾も、

「よくしてけり。」

とて、喜びて年を越(こえ)けり。

 明けの日、飮食うる家より使ひ來りて、よべの器どもと其あたへとを乞ふに、

「今少し食ひ殘りて、器もの、みな、明(あ)き兼たれば、後にこそ。」

とて歸しぬ。後の刻に行(ゆけ)ば、

「客がりおくりたれば、器の歸らん時、歸さん。」

といふ。

「こなたにも、用ゆることのしげきによりて、送り玉へる方に行(ゆき)て請(こ)ひ取侍(とりはべ)らん。」

といへば、

「其方(そのかた)は彼、方(かなた)なり、此方(こなた)なり。」

などいふを聞けば、いづれも、一さと二里隔りたる方なれば、ゑ[やぶちゃん注:ママ。]ゆかで歸りけり。

[やぶちゃん注:「一さと」は「一里」ではなく、村一つ分越えた所の意と採っておく。]

 二日三日過(すぎ)ぬれども、音もなければ[やぶちゃん注:一向、音沙汰なしなので。]、

「こは、あやし。」

とて、行(ゆき)てなじり問ふに、前のごとく答へて、明(あか)ら樣(さま)にもしりがたければ、

「扨は、いつはりにかゝりたるなり。飮食のあたへは思ひもよらず。せめてものことに、器どもの行衞にても知(しれ)たらば、請ひ取(とり)てかへれ。」

と、いひてやるに、

「今、しばしく。」

とて返さず。

[やぶちゃん注:「せめてものことに」底本も国立国会図書館版も「せめてものごとに」であるが、濁音を除去した。]

 こふじ果たれば、こなたより、わびていふよふ[やぶちゃん注:ママ。]、

「飮食のあたへは請(こ)ひ奉らず。たゞ、器もののみ返し給はらば、上へなき御慈悲なり。いづちかへおくり玉ふ。それのみ、あかさせ玉へ。」

といへば、

「いや。飮食のあたへもあすは取らすべし。などて、故(ゆゑ)なく、たゞに食ふべき。器も其折(そのをり)こそ返し與(あた)ふべし。」

といふにぞ、いよいよ持(も)てあぐみて、ひたもの、器の行衞を問ふに、

「さらば。何屋がり行(ゆき)て取れ。」

といふ。「何屋」とは、近きあたりの質やなり。

「扨こそ、思ふには出ざりけり。此器のあたへ、飮食の料にたぐふべきならねば、利足、かさまざるまに、はや、行(ゆき)て請(う)け戾せ。」

とて、行て見れば、纔に貮分の質物に利足の付(つけ)たるまゝなれば、

「いと心安し。」

とて受戾(うえもど)して歸りにけり。

 器の中なる品々の飮食、人にもおくり、自分もたべたらんに、さこそうまかりつらんに、かゝる人は、ものおしみはせぬものなり。

[やぶちゃん注:「こふじ果たれば」歴史的仮名遣は誤り。「困(こう)じ果てたれば」。困り果てたので。

「あたへ」「價(あたひ)」。]

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