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2018/09/12

反古のうらがき 卷之二 胡麻の灰といふ賊 / 反古のうらがき 卷之二~了

 

    ○胡麻の灰といふ賊

 いづこにや、町家に年季奉公せし者、年季明ければ、

「本國に歸らん。」

とて、いとまを乞ひける。

 幼年なるに、金子三兩を持(もち)けり。

「いかにして行(ゆく)ぞ。」

ととへば、

「伊勢參宮となりて行なり。」

「金子は如何にするぞ。」

と問へば、

「いや。氣遣(きづかひ)なし。」

といゝ[やぶちゃん注:ママ。]て立出(たちいで)ける。

 「胡麻灰(ごまのはひ)」といふ賊ありて、これを見付(みつけ)、

「年季明けのでつちは、必(かならず)、金子を持たる者也。」

とて、一宿、二宿、付(つけ)たれども、いづくに隱しけん、しれがたかりければ、おめおめと、三日路、四日路、付行けり。

「かくして、手を空しくせんには本意(ほい)なし。是非に奪はざることを得ず。さりとて、金子を持(もち)たるには相違なし。」

と、心を困(こう)じめけるが、身に付(つけ)たる物は、宿にて、皆、ひそかに改(あらため)たれども、物、なし。

 髮の毛の内・かさの内より、行李(こり)・鞋(わらぢ)・わらづと・足袋(たび)・脚半(きやはん)・帶・衣服等迄、湯に入(いる)每(ごと)に、ひそかに改ける。

 これにてこうじ果(はて)けるが、或夜、あたりのを打(うち)たゝき、

「盜人あり。」

と呼(よば)はりければ、丁子(でつち)、起上り、先(まづ)、柱にかけたるひさくを見やり、又、打伏(うちふし)て寐(いね)けり。

『扨は、ひさくこそ曲物(くせもの)よ。』

と思ひ、奪ひとりて打破りければ、二重底にして、金三兩、入(いれ)ありける。

 これは賊が語りしこととて、いひ傳へ侍る。

[やぶちゃん注:以下は、底本でも改行がなされてある。]

 されば、人の家に入(いり)ても、金の置所は忽ちにしらるゝことと見へたり。

「常に大切と思ふ人程、置所(おきどころ)しるゝ道理なれば、吾もしらぬ程になし置(おき)て、『家の内には、必、あるべし』と所も定めず差置(さしおく)がよし。」

といふ人、ありける。

 但し、持(もた)ざるが第一なるべし。

[やぶちゃん注:以下は、底本では最後まで全体が二字下げ。改行は底本のママ。]

嘉永二年己酉(つちのととり)三月十日、下二條をしるす。

古きふみ讀めば、昔しの人に逢(あひ)たるこゝちするとは、みな人のいふことなるが、これにも倦果(うみはて)たる時は、自(みづ)から物語して人に告(きかす[やぶちゃん注:底本のルビ。])るこそ樂しけれ。これも人なき時は、壁に向ひて獨り言(ごと)いふもならぬものぞかし。詩作り、歌よむも、興、來らざれば能はず。この「反古のうらがき」は、かゝる時こそ、よけれ。世の人する業(わざ)さし置(おき)、おしき隙(ひま)、費して、かゝる業、なし玉ひそ。

◎桃野ハ白藤(はくとう)翁ノ子。鈴木孫兵衞トイフ。昌平黌ノ講官タリ。詩ヲヨクシ、最(もつとも)書法ニ通ジ、旁寫肖ヲ善クス。此「反古裏書」ハ一時ノ發興(はつきやう)ノミ。

[やぶちゃん注:臨場感を出すために本文部分に改行を施した。

「胡麻の灰」「護摩の灰」「胡麻の蠅」等とも表記する。昔、旅人の成りをして、道中で旅客の持ち物を盗み取った泥坊。高野聖の風体(ふうてい)をして、「弘法大師の護摩の灰だ」と称して押し売りして歩いた者があったところからの名とされる。

「三兩」江戸後期で現在の九~十五万円相当。

「伊勢參宮となりて行なり」「お伊勢参りの恰好をし、その触れ込みで故郷へ帰ります」。江戸時代、伊勢参詣をする人や動物(犬や豚の参詣記録が残る)は各宿場で丁重に扱われ、何くれとなく保護も受けた。

「でつち」「丁子」丁稚。

「是非に奪はざることを得ず」「子どもじゃけんど、少々、手荒なことをしてでも、強引に奪わないわけには、もう、いかねえわな」。無為に時間を費やしてしまっていることから、焦りの色が濃いのである。それはこの後で「心を困(こう)じめけるが」「こうじ果(はて)けるが」(「困(こう)ず」(サ変動詞)とは「精神的に困る・辛く感じる・弱る」の意で、「めける」は「そのような状態になる・それに似たようすを示す」の意の動詞を作る接尾語(四段型活用)「めく」の已然形に、完了・存続の助動詞「り」(四段活用の已然形に接続)の連体形がついたもの)という表現からも窺える。

「かさ」笠。

「鞋(わらぢ)」底本では『わらし』のルビであるが、訂した。

「わらづと」「藁苞」藁を束ねて中へ物を包むようにしたもの。また、その苞で包んだ土産物。ここは少年の心尽くしの郷里への土産であろうに……。

「脚半」「脚絆」とも書、「はばき」とも言った。旅行・作業などの際に脛(すね)に巻きつけて足を保護した紺木綿などの布。

「あたりのを打(うち)たゝき」「盜人あり」「と呼(よば)はりければ」表現から見て、この「胡麻の灰」が誰かに頼んで(彼自身は少年の動きをごく近くで観察して居なくてならぬから)ヤラセとして行ったもののように見受けられる。

「されば、人の家に入(いり)ても」主語は一般的な押し込み強盗である。

「常に大切と思ふ人程、置所(おきどころ)しるゝ道理なれば」やや捩じれの在る表現に思われる。ややくどい言い換えをすると、「常に大切なものだからと気にかかっている人は、その大切なものの置き所をあれこれと考え、格別に通常の人の目に触れぬような場所に隠し置くものであるが、そうした場所ほど、押し込み強盗のような者には、一発で判ってしまうのが、その道の者の『蛇の道は蛇』の道理なので」の謂いであろう。

「吾もしらぬ程になし置(おき)て、『家の内には、必、あるべし』と所も定めず差置(さしおく)がよし」「自分でも、もうどこへ置いたか判らなくなるくらい、気にせずに置いておいて、『まあ、家の中には必ずあるからいいわい』ぐらいな気持ちで、特別な箇所を定めることなく、日常の品々と全く同様に、ぽんと放って置くのが、却ってよい」の謂いであろう。

「但し、持(もた)ざるが第一なるべし」ご説御尤も!

「嘉永二年己酉(つちのととり)」一八四九年。本「反古のうらがき」の成立が嘉永元(一八四八)年から嘉永三(一八五〇)年頃とされる一つの根拠。「己酉」は音で「キユウ」でもよい。

「下二條」「反古のうらがき」きはこの後、「卷之三」「卷之四」の二巻で終わるが、附記位置と「條」という表現から見ても、本「反古のうらがき 卷之二」の前の「僞金」と本末条を指している。

「告(きかす)る」「聽かする」。

「世の人する業(わざ)さし置(おき)」世間の人々が大切な生計(たつき)のための生業(なりわい)を誠実に成すのをよそにして。

「おしき隙(ひま)」貴重な僅かな暇。

「なし玉ひそ」(このような好事は)くれぐれもおやりなさるるなかれ。謙遜自戒。

「孫兵衞」桃野(号)の通称。名は成虁(「せいき」か)。

「昌平黌ノ講官タリ」天保一〇(一八三九)年に部屋住みから昌平坂学問所教授方出役となった。

「最(もつとも)書法ニ通ジ」特に書道に優れたとはデータにないが、以下に出るように画に優れていたし、漢詩もよくしたから、書もそうであったのであろう。

「旁寫肖」不詳だが、これで一語の名詞で、「ぼうしやしやう(ぼうしゃしょう)」と読むか。所謂、「旁」(かたわら)に素材を置いて、その形を似せて(「肖」の意に有る)、「寫」(うつ)すこと、ではあるまいか?

「一時ノ發興(はつきやう)ノミ」ちょっとした興味から始めたものに過ぎない。これは本書冒頭にある不詳の「天曉翁」の「評閲」で、優れた学者で文人であった桃野の余技に過ぎないと搦め手から褒めた評言である。]

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