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2018/09/20

反古のうらがき 卷之三 狼

 

    ○狼

 いつの頃にかありけん、「鬼面山(きめんざん)」といへりける、すまひのほて、なん、ありけり。身のたけ九尺斗り、身の重り四十貫にすぎて、力もすぐれて、つよかりけり。江のすまひ事、はてゝ、いづれの國にか趣くとて出けるが、おしえ子等、多く從ひて行けり。所用のことありて、道より、只、獨り行けり。此道は山にかゝりて、日暮よりは狼出て往來をなやますと聞(きき)けれども、少し酒に醉(ゑひ)たるまゝに、人のとゞむるをも聞かで行(ゆき)けり。元より大男なれば、ふつうの人の十人廿人よりは、つよからんとおもふにぞ、人々も、おしても、とゞめざりけり。明けの朝にいたる迄、歸り來(こ)ざりければ、人々、怪しみて、其道筋、尋ね行て見るに、山より、山に入る道筋に、小高き所ありて、其あたりに狼壹つ、切(きり)ころして有りけり。「扨こそ」とて尋行(たづねゆく)に、又、狼の打殺したるもあり、引さきたるもあり、五つ六つぞありける。其あたりに、草履・竹笠など取ちらしたれども、其人はあらざりけり。おちこち走り𢌞りて見れども、血のしたゞりなど、少づゝ見へて、其人の行衞はしれざるにぞ、「扨は、狼に取られ玉ひつらん」と、人々、言合(いひあ)へり。「かゝる猛者(もさ)のやみやみと食殺さるゝといふは、定めて、狼、いくつとなく集りたるならん、五つ六つは切(きり)もしつ、引さきもしつらんが、手に獲物のあらざれば、はては、つかれ果て、取られたるなるべし。其時の樣、さこそすさまじかりつらん」と思われて[やぶちゃん注:ママ。]、殘(なご)り惜しかり。予が見たる「鬼面山」は、身の重さ四十貫と聞へし。四ツ谷に住(すみ)けり。それが師にや、または、又の師にや。

[やぶちゃん注:「鬼面山」四股名。因みに、鈴木桃野(寛政一二(一八〇〇)年~嘉永五(一八五二)年)の後半生と交わる時期に生きた、文政九(一八二六)年生まれの大相撲力士に第十三代横綱となった美濃国鷲巣村(現在の岐阜県養老町)出身の鬼面山谷五郎(きめんざんたにごろう 明治四(一八七一)年没:本名・田中新一)がいる。身長百八十八センチメートル、体重百四十キログラム。武隈部屋。嘉永五(一八五二)年二月場所で「濱碇(はまいかり)」の四股名で初土俵を踏み、安政四(一八五七)年一月場所で新入幕を果たし、「鬼面山 谷五郎」に改名、この頃には徳島藩抱え力士となっている(ウィキの「鬼面谷五郎に拠る)。しかし、本「反古のうらがき」の成立は嘉永元(一八四八)年から嘉永三(一八五〇)年頃で、この鬼面山谷五郎が初土俵を踏んだ年(未だ四股名は「濱碇」)に桃野は亡くなっているから、ここに出る四股名を有する複数の「鬼面山」は彼ではなく、彼の先輩格に当たる力士らと思われる。

「すまひのほて」「すまひ」は「相撲(すまひ)」で力士。「ほて」は「最手」「秀手」で、最上位に位置する強い相撲取りを指す語。

「九尺斗り」約二メートル七十三センチメートル。誇張があろうが、恐るべき身長である。

「四十貫にすぎて」百五十キログラム超。

「所用のことありて、道より」後に「明けの朝にいたる迄、歸り來ざりければ」とあることから、ある集落(①)を起点として、別な山を越えた集落(②)に私的な所用があり、①を出て、②に戻る予定であったことが判り、「道より」は、とある「道から」は弟子らと別行動で「寄り」「道」をしたのである。

「おしても、とゞめざりけり」「押しても、止めざりけり」。強いては止めなかったのであった。

「おちこち」「遠近」「彼方此方」。場所や時を示す指示代名詞。あちらこちら。ここかしこ。

「したゞり」「下垂り」。「滴(したた)り」に同じい。

「やみやみと」「闇闇と」。副詞。どうすることも出来ないさま。みすみす。やすやすと。

「獲物」「得物」。武器。

「取られたる」目的語は「命」。

「思われて」ママ。

「殘(なご)り惜しかり」誠に残念無念なことであった。

「それが師にや、または、又の師にや」この狼に襲われて行方不明になった「鬼面山」は、私の見た四谷の力士「鬼面山」の師匠だったのか、又は、師匠のそのまた師匠に当たる人だったのだろうか。]

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